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八人のアダム  作者: 猪熊洋介
一章 ギャランシティ
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アダムとの思い出

シティで爆発音がした時から、数時間前。


ピップはモルゴンの整備を終えて、アパートへの帰路についていた。

すでに日暮れ時であり、ピップは夕焼けが照らす道を歩いていた。

モルゴンの清掃と整備に集中したことで幾分か気分は落ち着き、ピップはある疑念と向き合っていた。

(あの巨大なスターズは、本当にアダムじいちゃんの作ったスターズだろうか?)

そのことが、どうしても信じられなかった。


アダム博士、本名はアダム=アルファード。

ログディス博士とともに、スターエネルギーの発見者として知られ、その発見は世界のエネルギー産業に革命を起こしたことから、「歴史上、最も偉大な科学者」とも称される。


ピップにとっては、アダムは祖父であり、師であり、七歳以降は育ての親でもあった。

ピップは兄弟のいない一人っ子である。自然に恵まれた山河の美しい街で生まれ育ち、両親の愛情を一身に受けて、穏やかに暮らしていた。祖父アダムの存在は聞かされていたが、実際に会った記憶はピップにはほとんどなかった。

その生活が一変したのは七歳のときである。テロに巻き込まれ、両親を亡くしたのだ。身寄りのないピップを、すでに妻も亡く、独り身であった祖父アダムが引き取ることになった。


その頃のアダムは、医療向けのスターズをおもに製作する世界有数のメーカー<アダムカンパニー>の創業者兼、CEOという立場であった。

ピップはこれまでほとんど面識のなかった祖父と、大都会で暮らすことになった。

このときのピップは、両親を失ったショックにより、心因性の失声状態にあったという。ピップはこの頃の記憶がほとんどなく、あとからアダムに聞いた話では、以下のようなことがあったらしい。


アダムはピップとコミュニケーションを取ろうとしたが、ピップはどんな言葉にも反応を示すことがなかった。何人かのカウンセラーにピップを診てもらったものの、今のピップは「外世界への窓を完全に閉じている状態」であり、症状に改善の兆しはなかった。

ある日、アダムはピップが人間には反応をしないものの、スターズに対してわずかに関心を示していることに気がついた。

アダムは自分からピップに何かをしようとすることはやめた。代わりに職場に連れて行き、玩具スターズなどをピップの横に置いて、自分はそのそばで通常通りに仕事をすることにした。

それから数ヶ月が経過した。

あるとき、アダムが仕事をしていると、アダムはピップに服の袖を引っ張られていることに気がついた。ピップはおもちゃのスターズを指差した。どうやら、ピップはそのスターズを落として壊してしまったらしい。

アダムはピップに、そのおもちゃを修理してゆく過程を見せた。

ピップはじっとそれを見ていた。

破損していたパーツを取りかえ、最後にケーブルを接続するとき、アダムはピップの手をそっと取った。

「ピップ、ここを繋ぐんだ」

そのとき、ピップははじめてアダムの言うことを聞いた、らしい。

ピップはケーブルをコネクタにつないだ。

そして、そのスターズが再起動したとき、ピップはアダムの前ではじめて声を発したという。

それは、驚きのような、歓声のような、言葉にならない声であったそうだ。

それ以来、アダムはピップにスターズの修理をさせてみるようになった。

はじめは、極めてかんたんな修理を任せた。そして、少しずつ難易度を上げた。

あるとき、ついに、ピップは自分からアダムに声をかけてきた。


「教えて」と。


「多分、あのときピップも再起動した」

のちに、アダムはビールを飲みながらピップにそう語った。この出来事はアダムにとってよほど印象深かったらしく、酔っ払うと上機嫌で何度も同じ話をした。それを聞いたピップは

「じいちゃん、俺はスターズじゃないぜ」

と笑うのだった。


このようにして、ピップの心の窓は、少しずつ開いていった。

そして、通常の生活が送れる状態になってからも、ピップは時間を見つけてアダムの職場に通いつめた。

アダムの背中を見ながら、ピップはスターズに関するあらゆることを学んだ。

アダムはCEOという立場でありながら、徹底的に現場の人であり、理論よりも手を動かすことを好んだ。どれだけ会社が大きくなっても、アダムカンパニーの基本は町工場であり、自分はそのメカニックであろうとした。

そして、現場においては、誰に対しても対等に意見を交わし合った。それは入社したばかりの新人でも、経験豊富なベテランでも、まだ幼いピップに対してさえも、同じだった。アダムカンパニーには、祖父アダムをはじめ、世界トップレベルの科学者や技術者が揃っていた。ピップは彼らを見て、学び、真似をし、憧れた。

そして、恐るべきスピードでスターエネルギーやスターズの知識を学習していった。


だが、ピップが祖父と暮らしていたのは十三歳の頃までである。

ドルグ帝国と連合国の戦争の激化に伴い、アダムはピップだけを疎開させると決めた。ピップは全力で抵抗した。

涙を流し、「どうして自分を一人にするのか」と祖父に食ってかかった。

だが、アダムはピップに残ることを許さなかった。アダムには珍しく、それは対話ではなく、命令だった。

「なら、俺はスターエンジニアになる。そしてじいちゃんの会社にスターエンジニアとして入る。それなら文句はないよな」

別れの時、ピップはアダムに宣言した。

アダムは無言でうなずき、力強くピップを抱きしめた。それは二人が実際に顔を合わせた最後となった。

その後、ピップは、アダムとネットワーク通信を介したメッセージや動画でしか話していない。そして、<別れの日>の半年ほど前からは、そういった通信もできないほど、戦争はさらに激化していた。


日が落ちたギャランシティを歩きながら、ピップは考える。

(じいちゃんは、軍事用スターズを作ることだけは絶対に拒んでいた。どれだけ金を積まれても、圧力をかけられても、それだけは受け入れなかった)

「でも」

とピップは立ちどまる。

「でも、じいちゃんはそれ以上に、戦争を心の底から憎んでいた」

ピップは戦争のニュースを見たときの、アダムの尋常ではない目つきを思い出す。それはごく一瞬しか現れないが、燃えるような、凍えるような、恐ろしい目であった。

(ただ、俺は十三歳の時に離れてから、じいちゃんが何を作っていたのか知らない。あの終わりの見えない戦争を終わらせるために、じいちゃんが軍事用スターズを作る可能性もあるのかもしれない。そうと決めたら、じいちゃんは徹底的にやる人だ)

そうして、祖父アダムは<アダムシリーズ>というものを作ったのだろうか?

それが、あの巨大な蜘蛛のようなスターズなのだろうか……。


<別れの日>、疎開していたピップの暮らす田舎町には<白い穴>による被害はなかったが、ピップは移動可能なスターズを無理やり調達すると、アダムがいるはずの都市へと、ほとんど不眠不休で向かった。

だが、三日ほどをかけて到着したその都市は、途方もなく巨大なクレーターとなっていた。アダムカンパニーの本社も、アダムと暮らした家も、通っていた学校も、街も、すべてが消え失せていた。

ピップは泣いた。声をあげて泣いた。どれだけ泣き続けたかわからない。

だが、涙が枯れ果てたとき、理由もなく、アダムはまだどこかで生きているような予感がした。

「あのじいちゃんが死ぬわけがない」

ピップは泣きすぎてガラガラになった声でつぶやいた。

「じいちゃんを、探し出そう」

ピップはその思いだけで、この二年あまりを生き抜いてきた。

だが、あてもなく祖父を探す生活で、心身ともに疲弊していることも確かだった。そんな折にギャランシティにたどり着き、今の住まいと仕事を得たのだ。


ギャランシティを悪いシティであるとは、ピップは思わない。

市長のギャラン=ドゥは強い求心力と統率力を持つカリスマであり、参謀のサイモンは極めて優秀だ。シティの治安はそれなりに保たれているし、このまま産業が順調に発展してゆけば、住民の生活水準はより良くなってゆくだろう。この二人が自分に期待をかけてくれているのも感じる。

(このまま、ギャランシティで、スターエンジニアとして生きてゆこうか)

そう思うこともある。

だが、ギャランシティは軍事力の強化を大方針としている。

ピップに求められるのは、採掘により得たスターズの整備と強化であり、ゆくゆくは軍用スターズの生産であることは明らかであった。

ピップは、スターズの整備や修理、改良をすること自体はこの上なく好きだが、戦争の道具を作りたいわけではない。自分が戦いを好きではないことは、先日のウィークシティとの戦闘で痛感している。

ピップは、祖父アダムの企業<アダムカンパニー>が医療用のスターズを開発していたように、人を傷つけるためのスターズではなく、人の生活に寄り添うようなスターズが作りたかった。

もし、あの巨大な蜘蛛のような自律式スターズの担当となれば、もうそこへ戻ることはできないような気がした。だが、ギャラン直々の依頼を断ったとき、ギャランシティにおいて自分の居場所はあるのだろうか。


考えているうちに、いつしか陽は沈み、夜になっていた。

ピップは歩き疲れて、アパートに到着した。

部屋に入り、電気をつけると、真っ先にシャワーを浴びた。

そして、シャワーを浴びながら、祖父を思い出して泣いた。

(じいちゃんに会いたい)

ピップは心から思った。


長い時間シャワーを浴びていたが、ようやっと浴室から出てくると、ピップは頭と体を拭いて、水を飲んだ。

(今日は、色々あって疲れた。もう、寝てしまおう)

そう思い、寝室のドアを開けたときである。

誰もいないはずの寝室に、一人の子どもが立ってピップを見つめていた。

「……ッッ!!」

心臓が口から飛び出るかと思うほど、ピップは驚いた。驚きすぎて声すら出なかった。

そのこどもはにっこりと笑って言った。

「はじめまして。ぼくの名前はラムダです」

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