王女の案内
眩しい朝日の中ベッドで目が覚めると、銀色の髪に上半身何も着ていないアッシュが向かいに寝ていた。金色の瞳がこちらを無表情に見ている。
状況が飲み込めないエリィは、昨日の晩を時系列で整理し始めた。
(昨日は殿下の部屋にウォルツがいて、ソファーでウォルツの毛皮を撫でていたらウトウトしてしまって……そこから記憶がない……寝てしまった?)
フリーズしているエリィを眺めていたアッシュは、エリィの胸元のペンダントヘッドを手に取った。プルシェンテを出るときに友人のエドガーに貰ったエメラルドの指輪だ。
「エリィ、この指輪は?」
(え? 今、それ?)
そんなことよりも現状を問いただしたいのだが、律儀に答えた。
「プルシェンテの友人に貰った物です」
「男物の指輪だな」
「恋人ではありませんが……」
エリィは改めてアッシュに向き直ると、少し厳しい顔をした。
「殿下、寝所に来られるのは困ります」
(私がしっかり、王子に道徳というものをお教えしなくては……)
アッシュは何も言わずエリィをじっと見た。あまり悪い事をしたとは思っていない表情だ。
そして金色の獣の瞳を閉じたかと思うと、フワッと銀色の狼の姿に変わった。
その毛皮は朝の明るい光を浴びて白銀に輝き、見開いた金色の瞳は優しくエリィを見つめている。
(あぁ、やっぱり、ウォルツはアッシュ殿下だったんだ……
って、狼の姿だったらいいとかそういう話ではない)
狼の姿でもこちらの言っていることは聞き取れるはずだ。ここはしっかりと注意しなくては、とウォルツに厳しい顔を向けると、ウォルツはふわっとエリィの頬に顔を寄せた。
(中身はアッシュ殿下……でも、もふもふ……ふわふわ……サラサラ……)
この愛くるしい生き物を愛でずにいられようか。
気がつけば、手が勝手にウォルツを抱きしめ、撫でていた。
エリィの道徳的精神は、ウォルツの破壊的可愛さを前に敢えなく陥落していたのであった。
次の日、高い日が庭園に咲き乱れる薔薇を眩しく照らす中アッシュとステラ姫が微笑みながら歩いて行くのを、エリィは十メートルほど離れて見守っていた。
ステラ姫の使者から、アッシュに王宮を案内してもらえないかというお誘いが来たのだ。
白い女神象の向こうで、ステラ姫が何やら真剣にアッシュに話し掛けている。ステラ姫がチラとこちらに目線をやった気がする。
アッシュはステラ姫の話に対し、おかしそうに笑っている。
アッシュの少し青みがかった銀髪と、ステラ姫の甘い色合いの銀髪がお似合いだ。
オーウェン皇太子には既に正妃がいる。もし、ステラ姫がシーテリア王国とアッシュ王子のことを気に入ったなら、そのうちプルシェンテ王国から婚約の打診が来るかもしれない。
エリィはふと、オーウェン皇太子の呪いを解決した後の生活について思いを馳せた。アッシュから大きな危機が去ったら、再びギルドの仕事に戻ろうか。しばらくエドガーに手紙も書いていない。修道院の院長先生にもたまには顔を見せなくては……
ステラ姫を滞在する別邸までお送りすると、ステラ姫が差し出した手にアッシュは口付けて別れの挨拶をした。アッシュの振る舞いは貴公子然としていて、なかなか様になっている。そういえば、アッシュはダンスもなんだかんだ上手かった。ノア相手にでも練習したのだろうか……
今日はステラ姫に話掛けられることもなく無事やり過ごせたが、何やらどっと体が重い。エリィは離宮に戻る馬上で眉を顰め、ため息をついた。
離宮に戻ると、侍女のアドリアーヌさんがティーポットにお茶を入れ、アッシュの自室に持ってきてくれた。繊細な模様のティーカップにお茶を注ぐと、アッシュが椅子に座ってエリィに声をかけた。
「エリィも一緒に飲もう」
「ご一緒させていただきます」
エリィはもう一つのティーカップにお茶を注ぎ、アッシュの向かいに腰掛けた。
アッシュは紅茶を一口飲みティーカップを置くと、楽しそうな声で言った。
「ステラ姫に、エリィには気をつけた方が良いと忠告されたよ」
プルシェンテでの苛烈かつ我が儘放題のエリザベスを知っているステラ姫だったら、そう言うかもしれない。
「エリィは、プルシェンテでどれだけの悪行を積んできたのだ?
ものすごい言われようだったぞ」
アッシュはクスリと笑った。
「殿下の護衛として、お恥ずかしい限りです。
申し訳ありません」
エリィは硬い顔で恐縮しきりに答えた。
ステラ姫が帰国したら、エリザベスがアッシュ王子の護衛をしていたとプルシェンテの人々に伝えられてしまうだろうか。自分の事が悪く言われるのはいたしかたないが、シーテリアの王子がろくでもない女を護衛にしているなどと言われはしないだろうか。
沈むエリィを見て、アッシュはエリィの頬を右手で包むと、固くなった頬を親指で優しく撫でた。
「私は、私が見たものを信じる。気にするな」
エリィは優しくこちらを見ている金色の瞳を見返した。
アッシュは個人的に信頼してくれているようだ。ありがたい。しかし、対面的問題が全く無いわけではない。エリィはどうにも解決することができないもどかしさに居心地の悪さを感じた。




