歓迎式典
プルシェンテ王国からの使節団を歓迎する懇親会にあたり、エリィは貸与された近衛騎士の正装を来た。その深い青の服にエリィの一つに結んだ金髪がよく映えていた。アッシュは黒いこの国の伝統服を来ており、斜めにかけた金糸銀糸を織り込んだ礼式用の帯が豪華だ。
オーウェン皇太子に続きアッシュも会場に入場すると、プルシェンテの外交官とステラ姫が一歩前に進み恭しく礼をした。
オーウェン皇太子がプルシェンテの外交官を歓談を始めたのを見て、アッシュはステラ姫に挨拶に行った。
「ステラ姫、ようこそシーテリアにいらっしゃいました。
アッシュ・エイダン・シーテリアです」
アッシュがステラ姫の手の甲に口付けた。
「アッシュ殿下、ご歓迎いただきありがとうございます」
久しぶりに目にするステラ姫は、長いシルバーのストレートヘアをサラサラと揺らせ、アッシュを見上げるアメジストの瞳はシャンデリアの光を反射して煌めいていた。
アッシュはステラ姫の長旅の疲れを労り、滞在先に問題ないかなどを尋ねると、ステラ姫はシーテリア国の美しさに感動したと穏やかな笑顔で答えた。
ふとステラ姫がアッシュの斜め後ろに控えているエリィに目を向けた。
「あら? もしかしてエリザベスさん?」
あぁ、できれば無視してくれれば嬉しかった。と思いつつ、エリィはステラ姫に丁寧に頭を下げた。
「ステラ王女殿下に置かれましてはご健勝のご様子。お慶び申し上げます」
「修道院に行かれたとお伺いしていましが……」
そう言うステラ姫には、特別に害意は感じない。
「こちらにて、護衛のお仕事をさせていただいております」
「あら。そうでしたのね」
そこにアッシュが会話の間に割って入った。
「ステラ姫、それでは懇談会を是非楽しんで行かれてください」
去ろうとするアッシュにステラ姫は淑女の礼をとった。
「またお話ができたら嬉しいです」
アッシュを見るステラ姫の目が少しうっとりしている様に見えた。
アッシュが、シャンパングラスを片手に話をしている宰相と税務官の所へ向かうと、アッシュに気付いた宰相の目に少し驚きが滲んだ。
「アッシュ殿下、ごきげん麗しゅう」
宰相と税務官がグラスを戻し、丁寧に頭を下げた。
「アッシュ殿下は最近体調がだいぶよろしいとお伺いしました」
黒髪に片眼鏡の宰相は、騎士団でのアッシュの動向なども把握しているようだ。
「そうだな。次回の国政会議には出席しようと思う」
「急に無理をなさっているようにもお見受けいたしますが……」
確かに、アッシュが最近一気に無理をしているのは本当だが、あまり歓迎されていないようでもある。
「いや、今まで全く義務を果たしていなかったのは大変申し訳ない。
把握できていない事ばかりだが、よろしく頼む」
アッシュの穏やかだが、ぶれない瞳に宰相は「承知いたしました」と頭を下げた。
宰相達から離れたアッシュは、エリィを振り返った。
「エリィ、ここはノアに任せて少し外の風に当たってこい」
事前に聞かされていたが、いわゆるエサを泳がせるのだ。まだ王宮に来たばかりの王子の従者を一人で泳がせ、誰か接触している者はいないか見てみたいという。
「恐れ入ります」
エリィはアッシュに頭を下げると、一旦化粧室で身だしなみを整え、バルコニーに向かった。
バルコニーには、デネット騎士団長と副騎士団長らしき騎士がくつろいでいた。
「デネット騎士団長、お久しぶりです」
エリィが挨拶をすると、デネット騎士団長は爽やかな笑顔でエリィの肩を叩いた。
「近衛の制服も似合っているな」
少しデネット騎士団長と話をして退席すると、司祭服を着た長い白髪の男が声をかけてきた。
「新しくアッシュ殿下の従者となった方ですね? 司教のネヴィルです」
司教にしては大変若い。三十前後だろう。整った顔立ちだがどこかゾッとする気配を感じる。
「ネヴィル司教、お声かけいただき光栄にございます。アッシュ殿下の従者のエリィと申します」
エリィは頭を下げた。
「いや、アッシュ殿下がずいぶん美しい従者を連れているので気になってしまいまして。
近衛の制服よりも、ドレスが似合いそうですね」
「恐れ多いお言葉にございます」
この男は少し探ってみた方が良いだろうか……エリィは穏やかな笑顔でネヴィル司教の様子を観察した。
「まだまだご要人の方々のお顔を覚えきれておらず、至らぬ限りです」
「少しづつで大丈夫ですよ。私も司教になって数年の若輩者です。今後ともお見知りおきを」
ネヴィル司教はそう言って微笑むと、明るいホールに戻って行った。
懇親会から離宮に帰って来たアッシュは、自室にて獣の瞳に戻るとソファーに体を預け、大きく息を吐た。
「お疲れ様です」
エリィは水差しからコップに水を入れると、アッシュに差し出した。
「ありがとう。エリィもご苦労だった」
ネヴィル司教に声を掛けれれたことをアッシュに報告すると、アッシュはしばし考え込んだ。
「なるほどな。ネヴィル司教か……
確かに、兄上が政権を握られてから官僚に名を連ねた人物だ。ノアに少し探らせてみよう」
誰がオーウェン皇太子に呪いをかけているかなど、なかなか藁をもつかむ話だ。まだまだ情報が足りない。疲労の色の濃いアッシュを気遣い、エリィは早々に部屋を後にした。
その日の夜寝る前の日記を書いていると、アッシュの部屋から獣の遠吠えが聞こえた気がした。
不審に思いアッシュの部屋の扉を叩いてみる。
「アッシュ殿下、いらっしゃいますか?」
しかし、部屋からの返事はない。
「殿下、失礼いたします」
部屋の扉を開けると、明かりが消えたアッシュの部屋に人影はなく、椅子に服が掛けられていた。
「アッシュ殿下いらっしゃいませんか?」
目を凝らしながら部屋に入って行くと、足もとにフワッと柔らかなものが当たった。
見下ろすと、そこには夜の闇にうっすらと反射する銀色の狼がいた。
「ウォルツ?」
いやしかし、ここは森ではなく離宮の施錠された部屋の中だ。ウォルツがここにいるはずはない。
屈んで狼の毛皮を撫でると、狼は金色の瞳を細めた。こんな懐いた狼など、ウォルツ以外にはあり得ない。
「アッシュ殿下ですか?」
エリィは屈んで狼の目を見つめた。
アッシュが魔法で狼の目になってしまうのならば、姿そのものが狼になってしまうことだって考えられる。
ウォルツはエリィの目をじっと見ると、顔をエリィの頬に擦り寄せた。その柔らかい毛皮が心地良い。
エリィが自室に戻ると、ウォルツはエリィの後をついてきた。ソファーに腰掛けると、ウォルツはソファーの上にうずくまり顔をエリィの膝にのせた。
その毛皮を優しく撫でてあげると、ウォルツは心地良さそうに目を閉じる。アッシュと同じ反応である。
アッシュの腹部には、ウォルツと同じような刀傷がある。ロックランの町で刀傷を負ったウォルツがエリィの家にやってきたのと、アッシュが刺客に刺されたのは同じ時期だ。
(ウォルツはアッシュ殿下だったのか……)
ほぼ確信めいた気持ちを抱えたまま、エリィはウォルツの毛皮を撫でてあげた。




