そこに立つ理由
聖王グリモエルとの会話があった日の夜。
旅立ちの準備を終え、今は椅子に腰を掛けながら月明かりが照らす部屋から夜空を見上げていた。
「これからどうなるんだか……」
今日の話では間違いなく俺は〝監視対象〟だ。
王との対談の後、メモリアストーンの付いた腕輪を左手首に溶接された俺はシンディー達の元へと向かった。
聖装士である二人は見ただけで事情を察してくれた様だった。
──コンコン
こんな時間に誰だろう?
「はい、何かありましたか?」
「私よ」
聞きなれた声に「すぐに開けるよ」と返し取っ手を掴む。
扉を開けた先にはグラスを二つと瓶を一本、片手で器用に持っているメアリーが立っていた。
「お邪魔するわね?」
「あぁ構わないよ」
俺を通り過ぎてさっきまで腰を掛けていた場所にあるテーブルへと酒とグラスを置いた。
メアリーが椅子に腰を掛け、俺も後を追って椅子に腰を掛ける。
「今日はおめでとう。これであなたは実質世界最強って事よね」
「俺自身はそう思ってないけどね」
勝ったのはアウラの見様見真似で使った魔法でだ。四肢の回炉を使っても、円舞を使ってもギルに届かなかった。
確かに勝ったのかもしれないけど借り物の力で勝ったところで嬉しいかと言えば……そうでもない。
「貴方の事だから〝借り物の力で…〟なんて考えているんじゃないの?」
メアリーは人の思考が読めるのだろうか?
まだそこまで付き合いが深いとは言い難い関係の中で言い当てるのは難しいいと思うのだけど。
「良く分かったね。あれは俺じゃない、アウラや融合者の力だからね。……それにもしこれが俺の力であってもあまり嬉しくは……ないかな」
「──?? それはなんでなのよ?」
「……なんでだろうな?」
「私に聞かれても困るわよ」
メアリーが苦笑しながら持ってきた酒を口へと流し込む。
俺もそれに倣って酒を口へと流し込んだ。
魔物の時は親父に見て欲しかった。
メアリーを助けた時はアイラの仇を取らなくてはいけない、そんな想いで一杯だった。
シンディーと闘った時、生き残らなくてはいけない。
ギルの時だけは楽しかった。自分が弱いのだと自覚した。だから胸を借りられた。
(負けたって思った時の方がスッキリしたのはなんでなんだろうな?)
メアリーの質問にはぐらかした訳じゃない。自分でも分からない事を口にする言葉を持っていなかったんだ。
それと俺は余分な事ばかり考えているのかもしれない。闘っている時以外はいつもうじうじと悩んでばかり。
これからアイラの遺体を探しながら旅をして、困っている人がいたら助けて、もっといろんな人が助けられる様に考えて……
俺のこの力は……なにか変えられるのだろうか?
「どうしたの? だいぶ疲れてるの?」
俺はそんな顔をしていたんだろうか?
「いや、ごめん。少し考え事してたみたいだ」
「……もしかしてアイラさんって人の事?」
はい、ニアピン。
「それもあるのかな……。ちょっと自分でも良く分からないんだよなぁ……」
適当にごまかしてごめん。ちょっと女々しくて言える気がしない。
「ふ~ん……じゃあなんで顔を逸らすのかしら?」
なぜ俺の顔を覗き込むのか。普段ならそんなことしないのに。
メアリーがあどけない顔でこちらを見てくるが未だに慣れない。
というよりも、アイラ以外の女性と砕けた会話をすることなんてなかったし、正直どうしていいか分からない。
何よりもメアリーはもう少し自分の破壊力ってものをもう少し意識してもらえると助かる。
「お酒がまわってるんじゃないか?」
いつもはそつのない会話になりがちなのに今日はやたらと押し気味にくるもんで。
「それは否定しないわよ」
「否定しないんだ……」
視線を合わせることなく窓から星を見ていると、ゴトッ、と言う音がすぐ傍から聞こえてきた。
「隣空いてるわよね?」
「…ん、うん。まぁ空いてはいる……のかな」
小さなテーブルを挟んで反対側の椅子に腰を掛けていたメアリーが椅子ごと俺の隣へと移動してきた。
どうした今日は?
「ねぇローグ、貴方はアイラさんの事今でも好き……なのよね?」
確かにこの痛みが〝好き〟というのなら好きなんだろう。
でも、親しい間柄の人が弄ばれて殺されたなら誰だって痛いんじゃないんだろうか?
何も感じなくなったら好きじゃなくなったって言う事なのか?
それは違うよな?
……やっぱり俺はなんにも知らないよな。
「どうだろうな……。アイラが死んだのは分かってるんだ。仇も取れたし。……それでも痛みが無くなる訳でもないし、何も変わらないんだ。少し位は気が晴れると思ってたんだけどね」
「そう……」
持っていたグラスを煽るようにして酒を口に流し込んだメアリーが俯き、しばらく沈黙が続いた。
「……ねぇ、ローグはなんで今生きているの? ──あっ、変な勘違いはしないで。ただ聞いておきたかったのよ。私はいろんな物を見たかった。〝人〟して生きてみたかった。だから私は銃を抜くの。ローグは今、何の為に刀を抜いて、何の為に刀を抜くの?」
生きている理由なんて分かるはずないじゃないか。それは俺が聞きたいくらいだから。
でも刀を抜く理由に躊躇いなんて持ったことは一度もない。
「俺は生きる為、生かす為に刀を抜く。……まぁ他も強くなりたいとかいろいろある様な気はするけど、やっぱり根本的な部分では変わらないな」
最初は子供ながらに父さんみたいに強くなりたい、なんて言って振り始めた刀。
両親が死んでからはアイラを悲しませないために、アイラを守れるように俺自身が生き延びるために持ち続けた刀。
その生活を十年もしていればしっかりと俺の心には根付いていた。
「そう……。一つだけわがままを言ってもいいかしら?」
テーブルに置いてあった瓶に手を伸ばし、グラスに注ぎながらメアリーが口を開いた。
「わがまま?」
「えぇ。ローグが刀を持つ理由に私も混ぜてくれないかしら?」
「メアリーもって……どういうこと?」
注いだ酒を一気に流し込んだメアリーはグラスをテーブルの上に置き、俺の首に腕を回した。
いつも近くにいたから甘い香りが風に流されて鼻腔をくすぐった時もあったけど、今はそれの比じゃなかった。普段よりも濃厚な甘い香り。髪は洗ったばかりなのだろうか、少し柑橘系の香りも混ざっていた。
それは俺を刺激するのには充分すぎる破壊力を持っていたけど……そんなことよりも人がこんなに温かいのだと、こんなにも落ち着くのだと初めて知った。
「……自分から男の人に触れたのなんて初めてだから少し緊張するわね」
「そう…なんだ……」
慣れない状況だとどうしていいのかも分からなくなるものだな……。
「アイラさんの代わりなんて図々しいことを言うつもりは無いの。……ただ、私を生かすためにその刀を持っていてくれないかしら。私も貴方を生かすために銃を握るから」
「……急にどうしたんだ?」
言わんとすることは理解できたつもりだ。
ただ俺にはメアリーがそこまで俺の事を思ってくれる理由に見当がつかなかった。
「急に……って訳でもないのよ。貴方と初めて武装大会で闘った時は言いライバルが出来た…そんな風に思ったの。それが二回目はたった一撃よ、しかも余裕で銃弾をはじく人なんて初めて見たわ。もちろん私だって一年間遊んでいた訳じゃなかったしそれなりに自信も付けてきたつもりだったのに。──だから思ったの。私なんかより努力している人いるんだな……って。そこからかしら? 貴方の事が気になりだしたのは。そんな矢先に偶然とはいえ救ってくれて……。 それからは言うまでも無いんじゃないかしら?」
声が微かに震えていた。
メアリーの顔が耳の横にあるせいでさっきよりも暖かくなっているのは顔が赤くなっているからなのだろう。
やっとメアリーが酒まで持ってきた理由が分かった気がした。
俺はメアリーの肩を出来るだけ優しく掴んで軽く押す。
予想通りに耳まで真っ赤になったメアリーを視界に映してから口を開く。
「メアリー、俺は君に会えてよかったと思ってる。これだけ言葉を交わしたんだから言われなくてもメアリーの為に刀位ならいつだって振るうよ。……でもそれはメアリーが望んでいる事とは違う気がするんだ。だからその気持ちに今応えるのは失礼だと思う」
メアリーがそっと目を閉じ急に大きなため息を吐いたと思うとテーブルに置いてあった酒をグラスに注いで隣の椅子に腰を掛けた。
「まぁそうなるわよね。──でも忘れないで、私はいつでも貴方の為に生きるって、そう決めたんだから」
自分の事を好いてくれる人がいるのは本当にありがたいと思える。
こんな俺でも見ててくれる人がいるのは心強いから。
それからしばらく二人で酒を楽しみ床に就くのだった。




