世界最強
翌朝。
前日の報告会で決まった内容を実行するため、身支度を済ませて部屋を後にする。
ローグが案内された部屋は六階の隅の部屋だけあって肌をなぞる風が少し肌寒いのだが、廊下から見える景色には心打たれるものがあった。
そんな風情溢れる廊下を抜け、三階から二階へ向かう途中にはリーザが手すりに背を預けるようにしているのが目に映りこむ。
「おはよう」
先日の客間で交わしたリーザとの出来事を思い出し、出来る限りフランクに接しようと敬語は止めては見たのだが、それは正解だった様だ。
「おはようローグ。もしもまた敬語なんか使われたら調きょ・・・説教しなきゃいけないと思っていたから安心したわ」
誰にでも触れたはいけない所は存在する。
今は全力で流す方向に決めるがどうしても苦笑いになってしまったローグは演技派ではなかったらしい。
「それにしても……こんな場所でどうしたの?」
景色を眺める訳でもなく、考え事をしている素振りなども見受けられずに誰かと待ち合わせでもしているのだろう、と勝手に予想はしてみたものの、どの階に誰がいるかなんて分からなくて適当な事を言ってみる。
「貴方を待ってたのよ。これから向かうのでしょ? 良かったら一緒に行かない?」
「えっ? 俺とですか?」
てっきりシンディーやローザと向かうのではないかと思っていたローグとしては、鳩が豆鉄砲をくらった気分だ。それと同時に先程流した「調きょ・・・説教」という事が頭の片隅を横切っていく。
「あら、私とじゃ嫌だった?」
今度はローグの顔を覗き込むように上目遣いになっていた。
シンディーもそうだが、リーザも負けず劣らずローグより気持ち小さい位の身長だ。そのリーザが上目遣いをするとなると腰を引いて頭を屈める必要がある。そしてその姿勢は顔の下にある大きな二つの山まで顔に近づくという訳で……。
「これが調教なのかもしれない」と自分なりに納得した。
廊下の角から覗く赤い髪をぶら下げた女性に気付くことなく、ローグはリーザと闘技場に足を向けるのだった。
闘技場に辿り着くと、溢れんばかりの観客が待ち受けていた。
見渡して見るがどう考えても騎士団や兵士が〝ちょっと〟来ているというレベルじゃなかったのだけは理解できた。
「おーやっと来たか。こっちはもう温まってるぜ。そっちがいいならさっさと殺りあおうぜ」
呆けているローグに近づいてきたギルが体から湯気を出しながら獰猛な笑みをこちらに向けてきていた。その姿はまさに獣だ。それも好戦的な類の。
それは狩りを日課にしていた者としては懐かしくなり、気合を入れなおす。
シンディーの時の様に偶然勝ちを拾うような事はしたくない。聞いた限りの話だと獣王と呼ばれているようにギルは四肢の回路で主に肉弾戦をメインとした戦い方らしい。
とは言え、シンディーの死の雨を避けた実績もあるために魔法ばかりを過信するわけにもいかない。
▼▽▼
「──それでは急遽ではありますが、聖装士ギル VS四大精霊アウラと契約を果たしたローグ・ミストリアの試合を開始します! 」
『うおぉぉぉぉおお!!!』
(うおーじゃないって。メアリー達もお酒とか飲んじゃって完全に観客気分じゃない?)
ローグの視線の先には溢れんばかりの観客が腕を振り上げ、完全に見世物と化している。更に一緒に来たはずのメアリー達は他のメンバーと一緒に、王族用の観客席で遠くからでも見て取れる豪華な食事と大きなグラスを傾けていた。
「じゃーローグ、此処からは遠慮なしだ! かかってこい!」
開始の合図も待たずにギルは今にでも飛び出して来そうなほどの圧を発していた。
その圧に気圧されるように刀を二本抜き、静かに構える。
「──始め!」
レフェリーが俺とギルを二度程見ると、いよいよ開始の合図がなった。
最初に動いたのは俺だ。
シンディーと違い魔法を使わないのであれば俺の領域だから。それに同じ近接戦を主とするならば遠くにいてばかりじゃ間違いなく先手を奪われるだろうと思った。
それに今はシンディーの時と違って本気を出すかどうかなんて迷いはもうない。
最初の一歩で空気が破裂したような音を引き摺り、先手を奪う。
間合いに捕らえた瞬間に地面を思いっきり踏みしめ、クレーターを作ると同時に踏み込んだ足を軸に、ギルの右腕目掛けて刀を振るう。
相手の力量が分かっているなら話は別だが、分かっていないのに懐なんかに入ったしまえばこちらも動きずらくなってしまう。懐に入れるのは余程の力量差があるか、大きな隙を作った時でないと返り討ちになる。相手が強いなら尚更だ。
ギルに刀が届く寸前、嬉々とした表情を見せながら残像を残しバックステップをするが、ギルが眼前を通り過ぎた刀を見るなり、即座に拳を前へと突き出してくる。
バックステップしていたはずのギルの拳は不思議な事に俺の眼前まで迫り、咄嗟に両腕を顔の前でクロスさせ、自分の目の前に手のひらサイズの風塊の壁を張る。
それに気付いたのか、ギルが無理やり拳を逸らし、俺の左耳へと風切り音を届ける。
(──嘘だろ!?)
かすりもしていないその拳。
それなのに風圧に逆らえず、観客と闘技場を仕切っている壁まで一直線に吹き飛ばされた。
吹き飛ばされながらもなんとか体勢を立て直し、壁に足から着地する。
盛大に飛ばされたせいでギルから一瞬だけ目を離してしまった俺は、すぐにさっきまでギルがいたであろう場所に目を向けると、追い打ちを掛けに来たギルが眼前で腕を振りかぶっていた。
相変わらずの殺気はそのままに右の拳を突き出すギル。
俺は壁に着いていた足を蹴飛ばし、地面に向かって前転する要領で拳を避け、その勢いを使って踵落としを放つ。
踵に当たった感触が無いことに小さく舌打ちをした。
地面に足が付いたのを確認し、横跳びして距離を取る。
さっきまで居た場所は土煙で何も見えなかったが、その代わりに声が届く。
「ローグ、お前本当につえーな。まさか避けられると思わなかったぜ」
徐々に流れていく土煙の中から響いた声に「聖装士は化物だらけだな」と呟いていると、見えてきた光景に唖然とする羽目になった。
さっきまで俺が足を着けていたが壁がごそっりと消えていた。
それだけならただ力が強い、回路を使い込んでいる、そんな解釈でよかったのだが問題は破片一つ転がっていないのだ。
たまにではあるが、どこまで成長したのか気になって岩などを素手で殴ったことがある。その時は岩を砕く事は出来たけど、破片一つ残さずに全てを塵に返すなんて芸当は俺には無理だ。殴った衝撃を当てた場所じゃなくて、岩全体に衝撃を均等に与えなきゃあんな芸当出来るはずがない。
我に返った後、すぐに刀を鞘に戻す。
「さっきはお前から来たんだ。今度はこちらから行かせてもらうぜ!」
(──先制は貰ったけど返り討ちにしたばっかじゃん!?)
そんな俺の心の声空しく、ギルが地面を蹴ると同時にクレータを作り、瞬きの間に眼前に迫る。
振り出した拳に注力し、ギルの右拳をこちらも右の手のひらで受ける。
円舞は武器を選ばない。
ただ問題が一つだけある。
──ごきっ!
右手で拳を受けて出来るだけクッションを作る。
そのまま自分の左肩に受け止めた右手ごとぶつけ、その衝撃を利用して足を軸に体を一回転。
そのまま裏拳で左側頭部に当て、ギルを吹き飛ばす事には成功したが代償が大きかった。
円舞の弱点は相手の攻撃を体で受け流し、そのまま自分の力を更に乗せて攻撃し返す。つまり殴った拳にかかる負担は相手の攻撃が強ければ強い程倍増していくのだ。だからこそ、本来は斬る時の抵抗が少ない刀をメインとして使う。
ギルが飛んで行ったのを目で追いながら、俺は地面を蹴り飛ばす。
失ったのはまだ左手だけ。そんな痛みのためにチャンスを棒に振っていたら勝ち目が見えなくなる。
土煙で姿は確認できない。
それならばと殺気のする所へ飛び蹴りをお見舞いしたが、返ってきたのは岩を砕いたような感触。
すぐに壁を蹴って距離を取ろうとしたが、右足に鋭い痛みが走り、その直後には投げ飛ばされていた。
痛む右足と左手首を庇いながら着地して右足を見ると血が溢れかえっていた。
「おいおい、お前がすごいってのは分かったから早く本気でこいよ」
投げ飛ばした後にこちらに追い打ちをかけようと思えば簡単にできたはずなのに。
ギルはそんなことはせず、ゆっくりとこちらへと向かってくる。
《本気で来いよ》
と言う言葉に少しだけドキッとなったが動揺だけはバレないようにと平静を装う。
「結構ガチでやってるつもりなんだけどね」
「平気な顔で嘘ばっか言ってんじゃねーよ、魔法使ったの最初の一回だけじゃねーか。それと四大だって姿を現してねーだろうが」
どこか呆れた様な顔をしながらギルが手の届く距離で足を止めた。
バレない。……そんな自惚れたことを思っていた訳じゃない。
さっきも言った通り隠そうなんて微塵も思ってなかった。
ただ、自分の力だけ……って言うと可笑しいかもしれないけど、魔法はあまり使いたくなかった。
そしてその結果が左手首と右足だ。
俺はやっぱり弱い。
「やっぱり聖装士って強いな」
「今更当たり前の事をいってんじゃねーよ。──それと、もういいのか?」
もういいのか? なんて言葉が返ってくるあたり、俺の意図を汲んでわざわざ付き合ってくれたのだろう。そして「代わりに俺も楽しませろよ?」と言っているようにしか俺には聞こえなかった。
「わざわざありがとうございます」
「いいって事よ。そういう気持ちは男なら分からんでもないしな」
ニカッ笑ったギルを見てなんだか心が温まっていくような気がした。
せめて楽しんでもらおう。借り物の全力で。
「じゃあ行きます」
「おう、そう来なくっちゃ楽しくねーしな!」
さっきまでの人のよさそうな顔から一気に獰猛さが増し、バックステップを繰り返しながら俺から離れていく。
(……この人は本当に闘うのが好きなんだな)
目の前まで来たのは本当に会話をしやすくするためだけ。離れて行ったのは早く攻撃して来いよって事だろう。じゃなきゃ手の届く距離から負傷している俺に仕掛けず離れていくなんて考えられないだろ。
「アウラ!手伝ってくれないか!?」
「はいは~い、今度はどうしたんだい?」
ローグの呼びかけに答えが返ってくると同時に一陣の風と共にアウラが現れる。それを見ていたギルも観客達、王までもが目を丸くした。
「・・・おい、あれはまさか」
「噂に聞いてはいたけどマジだったんだな・・・」
「あれが風を統べる者・・・」
そんな観客達の声がひそひそと観客席でささやかれている。
今までシンディーから話は聞いていた王たちだが、その内容は姿を見たとかじゃなくて、シンディーの魔法に対抗したという事実と、本人がそう言っていたという情報だけ。シンディー含め、初めてアウラが人前に姿を現したのだから。
「俺に期待してくれている人がいるんだ。だから〝花〟を使うよ」
「オーケー。オーケーだよローくん。僕はあれを眺めるのは好きだし構わないさ」
アウラの了承と共に目を瞑ると、体の中に自分のではない暖かな魔素を感じる。
四大精霊とは魔素の塊。
そのアウラの魔素を体に取り込まないと発動すらできなかった魔法をこれから使う。体が暖かくなってきたのはアウラが俺に体を重ねてきた証拠だ。目を瞑っているのはこの魔法のイメージをするのに集中できない俺の質素な想像力の賜物。
おかげで今みたいに相手が待っていてくれる様な状況じゃないと使えないのが難点なんだけど。
でも、それだけの威力は保証する。それとアウラも言っていたけど傍から見てれば確かに綺麗だしね。
「「──風の華」」
何度もアウラが俺との修業の時に使った魔法。
イメージは終焉と創造。壊して造り直していくイメージの連鎖。
周りにビー玉位の大きさの風塊が現れる。
それを確認してから右手を空高く上げる。
一斉に空へと向かい打ち上げられていく。
打ち上げられた風塊が赤く染まり、闘技場よりはるかに高く舞い上がる。
範囲は闘技場内全て。
風塊は今度は白く、雹の如く降り注ぎ、地面にぶつかると同時に白い煙の様な靄が地面を伝い、その靄が触れたところが全て氷へと姿を変えていく。
***
~~~シンディー POV~~~
「おい!なんだあの魔法!?」
「俺に聞くなし!つか来れ逃げないとやばくねーか」
「おいおい!!これ聖霊魔法なんじゃねーか!?」
王の横にいる私の所までそんな観客の声が響き割ったっていた。あのバカは何を考えているのだか、自分が今何をしているのかさえ分かっていないのだろう。
奴が今、聖霊魔法をアウラの力を使って実現させてしまっている。
私がティーグの闘技場で使った終わる世界は等級で言えば〝精人魔法〟に分類されている。そしてそれが人が現在使用可能とされている魔法の最大級の格付けなのだ。更にいうなら精人魔法を使えるのこの私だけだというのに、その私を差し置いて一年しか魔法を使っていない若造が人類の限界を押し上げていくとはさすがに想像できなかった。
だれも使えない魔法に何故名称だけが付いているのか。それは四大精霊だけが過去に使用した例があるという文献に記されていたからだ。
元来、四大精霊は今の〝世界の守護者〟ではなく、〝世界の監視者〟と言うのが普通だったらしい。それも聖霊魔法に関係してくるのだが、人類が間違った道に進む、或いは世界のバランスが崩れた時に聖霊魔法を発動し、世界を終わらせ、そして造り直すという文献があった。だからこそ聖霊魔法の事を〝輪廻〟なんて言う文献もある訳だが。
世界が作り替えられているのなら何故そんな文献が残っているの過去に調べたこともある。そしてそれは結構簡単に分かったには驚いたのだが、それは王が世界に一人しかいない事にも通じている。
昔は王が各国に一人ずついた時代もあったという。その当時は各国が利権を奪い合うために魔物を飼いならす実験を行っていたらしいのだが、それに対して怒った四大精霊が世界を終わらせたらしい。そしてその実験に関与していたであろう人が地下に当時の出来事を綴った書物だけが破滅を免れた。
新しく誕生した人々の中で、初めてその書物を手に取ったのがデウス家と言う訳だ。だから戦争などが起きぬよう、同じ過ちを繰り返さぬようにと立ち上がり人々を導き出した。だからこそ争いが起きぬように世界に王は一人とし、それでも何かあった時の対処として強い人材を見つけるためのシステムが武装大会で、聖装士だ。
これは聖装士になって一年を超えた物なら王に呼ばれ一度は耳にする話だからもちろんリーザもギルもしっている。
だからだろう。ギルの奴があんなに目を丸くしているのは。
っとそんなこと言っている場合ではないか。
ローグは範囲を闘技場内に絞っているのだろうが、あんなんが降ってきたら観客席が汚い氷像だらけになってしまうか。
「オンディーヌ!! 力を貸せ! 闘技場を包み込むぞ!」
「相変わらずぅ~精霊使いがぁ~荒いわよぉ~」
「あとで愚痴でも何でも聞いてやるから早くしろ!」
「わかったわよぉ~」
「「──選別の盾!!《エーレ・クティオ》」」
闘技場と観客席を仕切る壁をから天まで上るほどの水の盾を伸ばしたのだからこれで安心だろう。
私の選別の盾は防ぐ魔法じゃない。通すものと通さない物を選ぶ魔法だ。今回は魔素を通さないように設定し、オンディーヌの魔素も借りた。四大同士の力なら均衡も取れるだろう。
***
再び目を開けると地面は氷に覆われ、未だ舞い上がっていく風達と降り注ぐ風達を眺める。
(・・・うん、やっぱり奇麗だな、この魔法は)
当然ローグは自身が放った魔法が地面にぶつかっていく音で周りがどんな状態に陥ってるのかは気付いていない。
少し眺めたのちに魔法を止めると、風が解けていくように消えて行く。
「アウラ、ありがとう」
「うんうん。やっぱり奇麗だったね」
満面に喜悦の色を浮かべながら俺の周りをフワフワと浮いているアウラを見ると心が安らいだ。やはり集落で暮らしていたせいだろうか、自然のを見るのは心が洗われるようだ。木々がこうれあう音も雨が降る音も姿も、台風をみるのも好きだ。まあ台風に近づいたら怪我するかもだけど。
だんだんと腫れていく靄の後には上体を逸らすような姿勢のまま凍ったギルが姿を見えた。さすがにこのままでは死んでしまうからすぐにとかさなくちゃ。
「風塊の壁」
俺の中で熱を持つ魔法と言ったらこれくらいだ。
それをギルを覆っている氷へと張り付けるように発現させる。
氷が一気に蒸発するとせき込むような声とドサッと倒れる様な音が聞こえすぐに近寄る。
「大丈夫ですか?」
ギルを抱え、顔色を見ると真っ青に肌を染め上げながら嬉々とした表情を張り付けていた。
(あっ、これ無理してるな)
「こら~さすがのリュールも負ける訳だ。ちとわりーんだが、そこら辺の騎士にでも担架を持ってこさせてくれ。さすがに歩ける気がしねーわ」
「分かりました、すぐに呼んでくるから待ってて」
ギルをそっと地面に寝かせ、辺りを見回すと王城に近い方の出入り口に兵士が立っているのを見つけ走り出す。
「おーい!担架を持ってきてくれ!」
俺の声が届いたのか、すぐに走り出す兵士を見て安堵すると──
「アンジェーーーーー!!!!」
叫び声の聞こえた方に振り替えると一人の女性が身投げをした直後だった。
毎度読んで頂きありがとうございます。
誰だって自分の実力と向き合うのってなんか怖かったりしませんか?
大人になればなるほど、どんな些細な事にでもプライドを持ちますから。
それ自体は普通ですよね。誰だってただ生きている訳じゃなく、考えた先の結果を引き連れて人生を歩いてるのですから。
ただ、それが時に邪魔して視野を狭くすると思います。だから受け入れる強さと流されない強さって大事だな。
そんなことを考えながら書いた話ではありますかね?
こんな事を考える私ってちょっとキモイ???
おふざけはこの位にして、これで第一章を終了します。
あらすじ・人物紹介(2020.06.20)を挟み、第二章へと移行いたしますのでよろしくお願いたします。




