第109話 青空を仰ぎ見ること、某将軍様の如し
躑躅ヶ崎館の門前に、諏訪家の花嫁行列が到着した。
諏訪家当主の諏訪頼重殿が穏やかに微笑み俺に頭を下げる。
「ご当主自らのお出迎えまことにありがとうございます」
俺はわざと大きな声を出して周囲にアピールする。
「武田家と諏訪家は昵懇の間柄。当然のことです。武田家はこの度の婚姻を歓迎しています。側室といっても希姫を粗略には扱いません」
「恐れ入ります」
この婚姻によって諏訪家は武田家の庇護を得ると内外に示す。
先の長尾家侵攻のように諏訪家が攻められれば、武田家が支援に入るとバカでもわかる。
今後、諏訪家にちょかいを出す家はなくなるだろう。
諏訪家の武力を考えれば悪くない選択だ。
しかし、婚姻といっても諏訪家の希姫が武田家の側室になるのだ。
正室ではない。
諏訪家の中には、面白くない、納得出来ない者もいるはずだ。
そこで俺が大きな声で、武田家のスタンスをアピールしたのだ。
少々白々しいが効果があった。
諏訪頼重殿は満足そうにうなずき、花嫁行列についてきた諏訪家の家臣たちはホッとしている。
「武田殿。希をよろしくお願いいたします」
「大事にします」
諏訪頼重殿と父と義理の息子としての会話を交す。
俺個人の思いとしては、側室を取るのは心理的な抵抗がある。
戦国時代に慣れてきたとはいえ、俺のベースは現代日本人だ。
香以外に妻がいるという状況は受け入れがたいし、香に対して非常に申し訳ない思いなのだ。
それに嫁いでくる希姫にも申し訳ない気持ちがあるし、父親の諏訪頼重殿に対しても申し訳なく思ってしまう。
だからせめて希姫にはノビノビと生活をしてもらって、武田家で肩身の狭い思いがないようにしたい。
戦国大名としては甘ちゃんな考えなのかもしれないが、女性……それも中学一年生くらいの女の子を踏み台にするのは絶対に嫌だ。
俺は希姫を大切にしようと改めて思う。
「さあ、希。ご挨拶をなさい」
諏訪頼重殿が促すと、後ろ控えていた希姫が進み出た。
「希でございます。よろしくお願いいたします」
希姫は十三歳だ。
美少女ではあるが、十三歳で俺の側室になるのだ。
俺は物凄い罪悪感を感じながらも表には出さず、希姫と挨拶をして武田家の一族と重臣たちを紹介する。
正室の香、母上の大井の方、恵姉上、妹の南、弟の次郞。
板垣さん、小山田虎満、甘利虎泰、飯富虎昌。
香は恵姫と先の長尾家との戦で交流があったので、気安く声を掛ける。
「希ちゃん。待ってたよ! 美味しい物をいっぱい食べられるよ!」
「香様。ありがとうございます。先の戦で武田家からいただいたお菓子が美味しくて。わたくし武田家に嫁げると聞いて喜んだのですよ」
希姫はおっとりと笑っているが、『美味しい物が食べられるから武田家に嫁ぐのが嬉しい』と無邪気なコメントを聞いた俺は、胃がキリで穴を開けられるように痛む。
育ち盛りだからな。
美味しい物を沢山食べさせてあげよう。
「まあ、まあ、希姫はとても可愛いですね。私を実の母と思って何でも頼りなさい」
「はい。ありがとう存じます」
母上が希姫に優しく微笑む。
まあ、あれだ。
武田家は男勝りの女性が多い。
香、恵姉上、妹の南。
だから、正統派お姫様の希姫が来て母上は嬉しいかもしれない。
だが、希姫はいざとなったら弓矢を取って戦う武家の女としての勇敢な側面もある。
一芸はないが、諏訪法性旗を掲げて希姫が前線に出たら諏訪家の兵士の士気が爆上がりしていたからな。
希姫の存在自体がチートなのだ。
「希! よう来た! 困ったことがあったら、姉の私に相談いたせ!」
「はい。恵様」
「希様。どうぞよろしく」
「お久しぶりです。臥龍様」
希姫は恵姉上、妹の南とも交流があったので自然に会話している。
弟の次郎は、お澄まししているが、チラチラと希姫を見ているので、そのうち交流するだろう。
俺は父親の諏訪頼重殿を気遣う。
「諏訪と甲府は近いですから。街道も整備されておりますし、希姫を連れて諏訪に行かせていただきます。諏訪大社に詣でましょう」
「歓迎いたします」
諏訪頼重殿の頬が緩む。
たまには希姫を諏訪に帰省させて母親に会わせてあげよう。
無邪気にはしゃぐ幼い花嫁。
青い空を見上げ戦国の厳しさを噛みしめる晴信であった。
――と、俺は某将軍様が活躍する時代劇のナレーションを脳内再生させていた。
こうして花嫁行列第二弾も無事に終った。
ちなみに床入りは一緒に寝ただけである。
香と相談した結果、子作りはもっと母体――希姫が成長してからと決めた。
諏訪頼重殿にも了承をもらってある。
某『事案発生型』戦国武将ではないのだ。
花嫁行列や嫁入りの様子については、作者の創作です。
戦国時代は道中の安全確保が難しい時代ですので、作中のような花嫁行列は難しかったと思います。
また、側室の立場は諸説あり、使用人のような立場(あくまで愛妾の立場)であるという説もあれば、側室でも二番目(以降)の妻として遇されたとする説もあります。
嫁いだ家や実家の力量によって様々だったのではないかと思います。





