第108話 母親に叱られること、息子の如し
諏訪家から武田家に嫁入りする希姫の花嫁行列は、諏訪地方の御柱祭を模した印象的な行列だった。
俺、香、板垣さんの三人は、造成中の高台から躑躅ヶ崎館の門へ希姫一行を出迎えに向かった。
少し離れた所に控えていた俺の近習や香隊の面々が、すぐに護衛として側につく。
「そういえば、飯富虎昌はどうした?」
エニタイム・香・ファーストの飯富虎昌がいない。
俺はちょっと気になって香に聞いてみた。
「香。飯富虎昌は?」
「虎ちゃんは、二日酔いがヒドイから寝てもらったよ」
「あー、祝宴か……」
俺は門へ歩きながら仕方ないなと首を振る。
昨晩の祝宴は大分盛り上がったらしい。
俺は、『いざ! 出陣!』と男臭いジョークを飛ばして早々に退出したが、かなり遅くまで飲んでいたらしい
「御屋形様。飯富殿は昨晩の祝宴で来賓と飲み比べをしておりましたので、お叱りなさいますな」
「板垣さん、わかってます。客の接待ですよね?」
「左様でございます」
飯富虎昌は『甲山の虎』として名が売れている。
普段は香ファーストの困ったヤツだが、外から見ると飯富虎昌は武田家のスタープレイヤーなのだ。
今回のド派手は花嫁行列三連発イベントには、諸国の使者が詰めかけている。
当然、飯富虎昌と酒を酌み交わしたい、話を聞きたいという人が多い。
二日酔いになるのも止むなしだ。
「婚姻は政治だからね。板垣さんたち家臣には苦労をかけます。ありがとう」
「とんでもないことでございます」
俺が家臣の苦労を労うと板垣さんが恐縮して頭を下げた。
そう、戦国時代の大名の婚姻は外交、政治なのだ。
俺たちが躑躅ヶ崎館の門に到着すると、既に受け入れの準備は出来ていた。
武田家の重臣……は、板垣さん以外は二日酔いで欠席だが、親族が詰めかけている。
目立つのは恵姉上と妹の南だ。
恵姉上は白地に縁起の良い鶴の絵が描かれた着物姿。この着物は俺がネット通販風林火山で買ってプレゼントした着物だ。
南はいつもの孔明スタイル。
その隣で母上――大井の方が、おっとりと微笑んでいる。
「太郎。来ましたか。さあ、こちらへ」
「母上。ご足労をいただきありがとうございます」
「良いのです。先代の時代、諏訪家と武田家は何度も戦いましたから、武田家総出で諏訪家の姫を出迎えましょう」
母上は武田家と諏訪家が婚姻で結ばれ仲が深まることを素直に喜んでいる。
俺はホッとしたが、俺たちを見てすぐに母上は眉根を寄せた。
「太郎。小山田、甘利、飯富はどうしました?」
おっとりとした表情で首を傾げているが、目つきは鋭い。
あっ、これはヤバイやつだ。
俺はとっさに三人を庇った。
「母上。家臣たちは昨晩の祝宴で来客の対応をしておりまして体調が優れず」
俺の言い訳を聞いて母上の表情がスッと変る。
俺は思わず背筋を伸ばす。
「太郎。家臣を甘やかしてはなりませんよ。これは家と家との祝い事です。這ってでも来させなさい」
「いえ……、あの……」
「太郎。小山田、甘利、飯富は、武田家の重臣であり太郎の腹心でしょう。あなたが引き上げた者ですよ。あの三人が出迎えにいなければ、諏訪家がどう思うことか……。後で困るのは、あなたなのですよ」
普段はうるさいことを言わない母上だが、本件に関しては反論の余地なしだ。
俺はすぐに白旗を上げた。
「かしこまりました……。母上のおっしゃるとおりです」
俺は近習に命じて、小山田虎満、甘利虎泰、飯富虎昌の三人をすぐに呼び寄せた。
『母上がお怒りだ。黙って立っているだけで良いから、すぐ来い』
すぐに三人は真っ青な顔で走って来た。
母上には誰も文句がいえない。
というのも、奥を差配しているのは母上なのだ。
本来は武田信虎から俺こと武田晴信に代替わりしたのだから、俺の奥様香が奥を差配するのが筋だ。
だが、香は京都三条家のお嬢様でまだ年も若い。オマケに戦に出るわ、研究で部屋に籠もるわ、医者として診療するわで、奥を取り仕切る時間がない。
だから母上が『嫁殿も忙しいから』と奥を差配して香を自由にさせているのだ。
母上を怒らせたらメシが出て来ないからな。
三人がダッシュで来る訳だ。
母上は三人を見て機嫌を直す。
「そろいましたね。では、花嫁を迎えましょう」





