第107話 巨木をひくこと、御柱祭の如し
花嫁行列第一弾――香の花嫁行列、祝宴、初夜は無事終了した。
俺のプロポーズを香はとても喜んでくれた。
家臣や領民からしたら、当初は『何やってるの?』という感じだったそうだが、板垣さんに聞いたところ、概ね好評らしい。
『御屋形様と香様が何やら新しいことを始めた』
『何だからわからないが、お二人が幸せそうだ』
俺と香のふんわり幸せムードに周りの人もあてられてしまったようだ。
さて、今日は第二弾!
諏訪家から花嫁行列が到着する。
嫁いでくるのは諏訪家の希姫だ。
諏訪家は信濃の国の有力国人だ。
諏訪湖のほとりにある諏訪大社の大祝――わかりやすくいうと諏訪大社における神官の最高位を代々務める家だ。
武力はそれほどでもないが、諏訪地方一帯に対して権威と影響力がある。
我ら武田家と諏訪家は領地を接しており、父武田信虎の時代は何度も干戈を交えた。
だが、俺の代になってから両家の関係は良好だ。
先の長尾家信濃侵攻に対して、諏訪家と武田家は共闘した。
このことが、今回の嫁入りにつながっているのだ。
俺、香、板垣さんの三人で躑躅ヶ崎館の高台から西の街道を眺める。
諏訪大社といえば御柱祭だ。
今回の花嫁行列では、御柱祭の『里曳き』を再現してくれるという。
「来たか」
「うわ! 凄い!」
「おお! 勇壮ですな!」
諏訪家の花嫁行列が見えてきた。
騎馬行列や花笠踊りにつづいて男衆が御柱を縄でひく。
御柱の上にはV字型に丸太が組まれ、祭り装束に身を包んだ男性が乗っている。
V字型の丸太は御柱が引っ張られ前へ進む度に、ゆらーんゆらーんと右へ左へ揺れている。
俺は、ほうっと感嘆する。
「あんな巨木をひいてきたのか。それによく人が落ちないな」
「本当の御柱祭より距離は長いですが、道が舗装されておりますので、大分楽だそうです」
板垣さんが、御柱祭の解説をしてくれる。
御柱祭りは七年に一度、寅と申の年に行われる神事で、藤原の時代、つまり平安時代から続いているそうだ。
諏訪湖近辺の山中に生えている巨大なもみの木を切り倒し、山から麓へ、
そして諏訪大社まで巨木をひき、ご神木として社内に立てる。
「木落しと呼ばれる工程では、死者が出ることもあるそうですよ。あの巨木の上にまたがったまま、巨木を急斜面から落とすそうです」
「ええっ!?」
「そんな大変なの!?」
俺と香は板垣さんの解説を聞いて驚き目を見張る。
諏訪の人たちは男女とも穏やかで物静かな人が多かった。
口数は少ないが、じんわりとした優しさを感じさせるような人たちなのだ。
そんな大人しい人たちが、命を賭けた祭りを行うとは思わなかった。
「そんな命がけの祭りを再現した嫁入り行列なのか……」
「左様でございます。諏訪家と武田家は争いが絶えませんでしたからな。諏訪の者どもがこたびの婚姻を喜んでいることはもちろんですが、同時にこれは――」
「諏訪家を大事にしろ……ということか?」
「はい。御屋形様も香様も、諏訪家を軽んじることなきようお願いいたします。諏訪大社の影響力は信濃一帯に及び、特に諏訪地方では非常に強いですから」
「わかった。粗略には扱うまい」
「うん。大丈夫! 希ちゃんは良さそうな子だったから仲良くするね!」
先の戦いで香は諏訪地方にも参戦した。
諏訪家の希姫と面識がある。
香が佐久地方に応援に行くのと入れ違いで、希姫は千鶴隊に入って武田家と一緒に戦った。
希姫が諏訪法性旗を掲げて戦うことで、諏訪家の兵士は大変勇気づけられたのだ。
希姫は、香や恵姉上ほどの武力はないが、いざとなったら弓矢を取る覚悟がある。
武家の嫁として頼もしくあるし、女性が活躍する武田家向きの姫様だろう。
諏訪法性旗が見えた。
希姫の旗印だ。
「さて、迎えに行こう」
俺たちは躑躅ヶ崎館の門へ向かった。
作者の父は諏訪地方の岡谷市の出身です。
子供の頃、祖父に連れられて御柱祭の里曳きを見ました。
遠くから徐々に御柱が迫り来る様子はとても強烈な印象でした。





