第105話 人を使い分けること、経営者の如し
香の花嫁行列は、甲斐府中の町で熱狂的に迎えられた。
甲府の住民たちは、真っ白なウエディングドレスに身を包んだ香に手を振り、香は笑顔で手を振り返す。
香の花嫁行列には、甲府の南側に領地を持つ国人衆たちが付き従っている。
渡辺縄さんを始めとする九一色衆。
今川氏の侵攻を一緒に食い止めた。
富士山本宮浅間大社の大宮司である富士信盛が率いる富士氏一党。
富士氏は、俺たちが今川家から嫡男の富士信忠殿を脱出させた。
蒲原満氏が率いる駿河衆。
蒲原満氏の孫である徳満丸は、成長したら蒲原家を継ぐ。
もちろん甲斐武田家が後見するのだ。
彼らは、香が乗るオープンカーの後を整列して歩きながら、甲府の町の住人に菓子をばらまいている。
「ほーれ! 祝いの菓子じゃ!」
「御屋形様からの祝儀の菓子じゃ!」
「みな祝え!」
ネット通販風林火山で買ったお得用大袋に入っていた菓子である。
一口チョコレート、せんべい、キャンディ、麩菓子など、現代日本ではスーパーで安価に手に入る菓子だが、戦国時代では高級品だ。
蒔かれた菓子を手にした子供がすぐに口にする。
「おいしい~!」
「おとう! あまいよ!」
大人たちは花嫁行列を見てうなる。
「いや~さすがに武田のお殿様だ!」
「豪気だのう!」
花嫁行列による住民の人気取りは成功だ!
「御屋形様」
いつの間にか、そばに来ていた風魔小太郎が、俺に呼びかけた。
「どうした?」
「他国の間者が紛れ込んでいます。放置してよろしいのですか?」
風魔小太郎は、余裕綽々で微笑んでいる。
始末しようと思えば、いつでも始末できるという自信の現れだろう。
俺は風魔小太郎を頼もしく思いながら、念のため香の身辺を案ずる。
「他国の間者は放置して構わん。好きにやらせておけ。香には風魔衆を護衛でつけているのだろう?」
「はい。身辺警護は抜かりなく。それに飯富虎昌様と香隊のお侍様が目を光らせていますからね。香様に手を出す愚かな忍びはおりますまい」
俺は改めて香の乗るオープンカーに目をやる。
華やかな行列に目を奪われて気が付かなかったが、注意して見れば風魔衆が護衛しているのがわかる。
オープンカーの周囲に目つきの鋭い男たちがいるのだ。
プラスして飯富虎昌と香の親衛隊である香隊の面々がにらみを効かす。
飯富虎昌と香隊は笑顔を作っているが、目は笑っていない。
――警備に隙ナシ。
この状況で香に危害を加えようと他国の間者が動いても、香には近づけまい。
板垣さんもウンウンとうなずいている。
香に心配はないだろう。
俺は風魔小太郎に、どこの間者なのか聞く。
「どこの手の者かわかるか?」
「北条の風魔はいました。あとはわかりませんが、商人に扮してかなりの数が甲府に紛れ込んでいます」
「ということは、この賑わいが近隣諸国の大名や国人に知れ渡る」
「左様です。御屋形様の筋書き通り」
「ああ、他国の間者たちにはせいぜい働いてもらおう」
この花嫁行列は政治的な効果を狙っている。
住民が熱狂して武田家の人気が上がること。
武田家に臣従している国人衆や味方している国人衆が、より一層武田家に傾倒すること。
そして、近隣諸国の大名や国人に武田家の力を示すこと。
ここ数年の戦いで武田家の武力は示した。
今回の花嫁行列で、外交力と財力を近隣諸国にアピールするのだ。
小山田虎満の発案で花嫁行列を実施することになり、内政担当者たちはコストに頭を痛めていたが、こうして実際に花嫁行列を見てみると効果があると理解出来る。
「富田郷左衛門。いるか?」
「はは!」
忍び三ツ者の頭領である富田郷左衛門を呼ぶと、どこからともなくスルスルと現れた。
俺のそばで膝をつく。
「三ツ者たちに花嫁行列の様子を覚えさせ各地へ放て。武田家の隆盛を広めるのだ」
「かしこまりました」
富田郷左衛門が率いる三ツ者たちは、情報工作に長けている。
商人、旅の僧侶、山伏、歩き巫女に扮して、各地を歩き回ってくれる。
三ツ者たちが村々を歩き回って武田家の宣伝をすることで、大名や国人だけでなく他国の農民たちも武田家の威勢を知るのだ。
何が起こるか非常に楽しみだ。
「さあ、香を迎えに行こう!」
俺は香たちが到着する躑躅ヶ崎館の大手門に向かった。





