第104話 にらむこと、関羽と張飛の如し
「花嫁行列の話は、奥まで聞こえてきたわ!」
恵姉上が一吠えすると、盛り上がっていた宴会場がシンと静まった。
何と言っても恵姉上である。
武田家の女張飛である。
俺も背筋がシュッと伸びた。
「誰が武田家の正室かわかっておるのか? 太郎!」
「正室は香です」
恵姉上から問われて、俺は間髪入れずに答えた。
迷ったら死ぬからな……。
「うむ。わかっておるようじゃ。ならば香の花嫁行列もやるのであろう?」
「「「「「「えっ!?」」」」」」
宴席メンバー全員が恵姉上を見た。
恵姉上は当然だとばかりに胸を反らしている。
板垣さんが、恐る恐る恵姉上に尋ねる。
「あの……香様は既にご正室でございますが……。花嫁行列をやるというのは……?」
「なんじゃ? 板垣は反対かえ?」
「いえ、決してそのようなことは! ただ、既に嫁入りされているのに、花嫁行列というのは、その……矛盾と申しますか……何かこう……」
「別に良かろう? 祝い事は一度でなければならぬという理はあるまいて。何度でも祝えば良いのじゃ。問題があるのかえ?」
「いえ、ございません!」
勇者板垣、討死。
妖怪ジジイ小山田虎満が声を上げた。
「い……いやぁ~結構ですな! 香様の花嫁行列も賑々《にぎにぎ》しくやりましょうぞ!」
「ほう。小山田は賛成か?」
「もちろんでございます! 花嫁行列は武田家の威を内外に見せつける目的ですからな。京都三条家から姫様がお輿入れと華々しく花嫁行列が進めば、近隣諸国はひれ伏しましょうぞ!」
「そうよな。そうよな」
さすが小山田虎満。
抜群に風を読んだな。
恵姉上はご満悦だ。
恵姉上は飯富虎昌に目を向けた。
「飯富はどうじゃ?」
「大賛成!」
香ファーストの飯富虎昌は、もちろん賛成だ。
恵姉上は続いて甘利虎泰に話を振った。
「甘利は?」
「イチゴは?」
「たんと出る」
「まことに結構」
甘利虎泰はイチゴの海に沈んだ。
俺は内政担当の駒井高白斎をチラリと見た。
香の花嫁行列をやるとなると予算がかかる。
それも正室ということで派手にやらなくてはならないので、相当予算がかかる。
予算とは、つまり内政。
駒井高白斎のフィールドである。
だが、駒井高白斎は表情を無にし気配を消していた。
君は風魔小太郎に弟子入りしたのかと問い質したいほど、すっぱり気配を消していた。
見事だ。
風魔小太郎と富田郷左衛門は、いつの間にか姿を消している。
さすが忍び。
逃げ足が速い。
つまり残っているのは、俺一人……。
香が動いた。
「ねえ、ハル君。私の花嫁行列もやるんだよね?」
香は馬上から青竜刀を構える関羽のように、ピタッと俺を見て静かに告げた。
恐ろしい。
俺は背中に冷たい汗が流れるのを感じながら、精一杯の笑顔で答えた。
「当たり前だろ!」
「私、ウエディングドレスを着たいな~。買ってくれる?」
「もちろんだよ!」
「花嫁行列はオープンカーがイイなぁ~」
「素敵だね! オープンカー!」
「外車でカッコイイ車!」
「決まりだね!」
俺たち甲斐武田家は、香に頭が上がらない。
戦での大活躍。
香の一芸『真実の目』。
医術や科学研究。
そして香の生家である京都三条家は、京都で政治工作に協力してもらっている。
誰が香に逆らえるというのか。
俺は散々香におねだりをされてしまった。
まあ、香が機嫌良く過ごしてくれるなら良い。
必要経費、必要経費……。
*
――と、そんなことが正月にあって、街道整備や花嫁行列の打ち合わせや準備を行って、あっという間の春である。
ウエディングドレスを着た香が、真っ白いドイツ製のオープンカーに乗り、沿道の住民に手を振っている。
介添え役として京都三条家の三条麻呂彦が同乗し、飯富虎昌がハンドルを握る。
オープンカーはネット通販風林火山で買ったけど389万円もした。
今までの買い物で一番高かった……。
中古の小型モーターボートや小型漁船が余裕で買える値段だ。
香が喜んでいるから良いけどね。
思い出してみれば香の嫁入りは、父信虎の死でゴタゴタしているうちにまとまってしまった。
香も俺と同じく現代日本からの転生者だ。
ちゃんとした結婚式をあげさせてあげたい。
そんなわけで、この春武田家は三組の花嫁を迎える。
俺の代になって初のビッグイベントだ。
俺の横に控える板垣さんが心配そうな声で俺に聞く。
「ところでお館様。本当に良かったのですか?」
「何がですか?」
「三条家、諏訪家、長尾家と連日輿入れが続きますが……」
「まあ、仕方ないでしょう。時期をずらせば農繁期に入りますら」
花嫁行列には護衛の兵士もついて来るし、近隣の農民が仕事の手を休めて沿道に見物に来る。
春の初めで、本格的な農作業の始まる前の今しかない。
俺が答えると板垣さんは首を横に振った。
「そうではございません。続けて……その……床入り……、つまり……初夜を迎えますが……、お体の方は……?」
「あっ」
俺は板垣さんの指摘で気が付いた。
三人の嫁入りが続く。
それは、つまり……。
「御屋形様! 武田家繁栄のため頑張って下され!」
俺は遠い目で花嫁行列を見た。





