第103話 花嫁行列
とん、たん、とん。
とん、たん、とん。
祭囃子の太鼓の音が遠くから聞こえて来る。
俺は躑躅ヶ崎の館から出て、館の隣で造成中の高台に上がる。
甲府盆地を囲む山々の一つ、南側の山からコンクリートで舗装された街道が見え、花嫁行列が進んでいる。
「お館様。こちらにいらっしゃいましたか」
筆頭家老の板垣さんだ。
今日もナイスダンディな茶色をベースにした渋い出で立ちだ。
この人は本当に和服が似合う。
俺は板垣さんに笑顔で応じる。
「板垣さん。香の花嫁行列が来ました」
「はい。見事なものです! これなら京の三条家もご満足でしょう!」
なぜ、香の花嫁行列が?
疑問に答えよう。
*
ことの始まりは冬に行われた戦勝祝いの席だ。
春になったら我が武田家は、越後の長尾家と信濃の諏訪家から側室を迎えることになる。
宴の席では当然、俺の婚姻が酒の肴になった。
妖怪じじい小山田虎満が大声で俺に提案した。
「御屋形様。ここは一つ花嫁行列をやりましょう!」
俺は花嫁行列と聞いて、華やかなお祭りの行列をイメージした。
「花嫁行列……。なるほど、嫁入りを祭りにして平和が来たことを領民に知らしめると?」
「それだけではありませんぞ。近隣諸国に甲斐、信濃、越後が、ガッチリ結びついたとわからせるのです」
「政治宣伝か!」
「ヒャヒャヒャ! その通り! 祝言も派手にやりましょうぞ! 近隣諸国にも使いを出し、一丁派手に――」
「待て! 費えが……」
小山田虎満のアイデアは悪くない。
戦国時代に甲斐、信濃、越後――現代日本なら、山梨県、長野県、新潟県が平和になる。
つまり三県にまたがる安全な広域商圏が誕生する。
花嫁行列と祝言を華々しく行えば、大名や領民だけでなく、商人たちにも平和が来たこと、そして新たな商圏が誕生したことをアピール出来るだろう。
商人が甲斐に訪れ、より一層商業が活性化すれば税収が増える。
領民の生活も向上する。
だが、花嫁行列なんてとんでもない費用がかかりそうだ。
俺は頭の中でソロバンをはじいた。
うーん、費用をかけてペイするかな?
小山田虎満は、俺の返事に口をへの字に曲げた。
「御屋形様はしわいのう~。板垣! どうじゃ?」
小山田虎満は板垣さんに話を振った。
二人は筆頭家老と家老の間柄なのだが、小山田虎満は気安い態度で板垣さんも気安く応じる。
「ふーむ。悪くないと存ずる。我ら甲斐を狙う国は、まだまだ多い。駿河の今川家、相模の北条家、上野の山内上杉家……。彼らを牽制する一手になり得ましょう」
「よし! 花嫁行列に一票じゃ! 甘利はどうじゃ? 花嫁行列と祝言となれば、旨いもんがたんと食えるぞ」
小山田虎満が甘利虎泰に水を向けた。
ヒゲもじゃでガッチリした体格の甘利虎泰だが、その実体はイチゴ大好き甘党おじさんである。
「イチゴは?」
「出る」
「賛成いたす」
「よし! 二票!」
何か色々勝手に決めているな。
まあ、この自由闊達な雰囲気が武田家の良いところだ。
しかし、甘利虎泰は家老の一人なんだからイチゴで決めるなよ。
俺は黙って成り行きを見守った。
「飯富は?」
小山田虎満が飯富虎昌に問う。
飯富虎昌は盃を置いて腕を組んだ。
「反対ですな」
ここに来て反対意見が出た。
飯富虎昌は渋い顔をしている。
俺は理由を知りたくて、飯富虎昌に続きを促した。
「飯富虎昌。意見を聞かせてくれ。遠慮は無用だ」
飯富虎昌は俺の方に向き直り姿勢を正した。
「花嫁行列に反対する理由は香様とご実家の三条家の心情を慮ってのことです」
「香と三条家か……」
「香様の嫁入りは、三条家の方がいきなり連れてきて、何だかドサクサ紛れみたいな感じだったじゃないですか! なのに側室の嫁入りに花嫁行列とは、香様の時と差がありすぎます! 香様は武田家のご正室ですよ? ご実家の京都三条家だって、武田家のために骨を折ってくれてるじゃないですか!」
「「「「うーん!」」」」
俺たちは飯富虎昌に何も言い返せなかった。
確かに飯富虎昌の言う通りで、香の時は嫁入りらしいことをしていない。
最初は弟の嫁にという話が出ていたが、父信虎が死んだことで、俺が武田家の家督を継ぎ、香は俺の嫁――武田家の正室になった。
麻呂彦が京都から歩いて香を連れてきたのだ。
それに父が死んだ直後で、さらに今川家が攻め込んで来たので、新婚らしいことは何もしてあげていない。
何だか俺は香に対して申し訳ない気持ちで一杯になった。
俺がむっつりと黙って考え込んでいると、家老同士の議論は白熱していた。
「飯富の言うこともわかるが、これは我ら武田家の名声を高める好機じゃ!」
「正室を蔑ろにして、側室を派手に迎え入れるなど、奥の序列を乱す行為ですぞ!」
「いや、飯富殿のおっしゃりようはごもっとも。なれど、婚姻政策で甲斐、信濃、越後がしっかり結びついたことは近隣諸国に知らしめるべきでは?」
「何と言うことを! 筆頭家老が物の道理をわきまえぬとは嘆かわしい!」
「飯富! 言い過ぎじゃ!」
「京都三条家のご心情は? 絶対気を悪くしますよ!」
うーむ、飯富虎昌は香ファースト、熱心な香信者だが、その分を差し引いたとしても、無視できない意見だぞ。
香の実家である京都の三条家には、京都で政治工作に協力してもらっている。
もちろん、タップリと礼をしているが、それでも香を蔑ろにしているような印象を与えるのは得策ではない。
「飯富! 言うことを聞かんか!」
「聞けませぬ!」
「この分らず屋め!」
「分らず屋で結構!」
「ご両者とも! 御屋形様の御前ですぞ! 甘利殿も止めて下さい!」
小山田虎満と飯富虎昌がヒートアップしてつかみ合いになりそうになり、板垣さんが割って入った。
困ったな。
収拾がつかなくなってきたぞ。
――スパン!
「「話は聞いた!」」
勢いよくふすまが開いた。
俺は目を見開き、裏返った声を上げた。
「か……香! 恵姉上!」
正室の香と恵姉上が、艶やかな和服に身を包み艶然と微笑んでいた。





