酒場
初仕事(大失敗)を終え、ミレイアを加えた新パーティ(仮)はギルドへ帰還した。
受付に向かい、事の顛末を報告すると、リンさんは信じられないものを見る目で僕を睨みつけた。
「……は? 討伐部位のゴブリンの耳が一つもない……? 全部『精神攻撃で逃がした』ですって!?」
「言い方が悪いな。僕は物理的破壊を伴わない機能的無力化を達成したんだ」
「それを世間では『依頼失敗』と呼ぶんです!」
リンさんがバンと受付カウンターを叩く。だが、僕は動じない。
「いいかリンさん。僕たちがゴブリンを討伐する目的は何か? 『街道の治安維持』だ。殺すことは手段に過ぎない。逃げ出したゴブリンたちはすでに戦意を失い、自己の存在理由について瞑想に入っている。つまり、街道の安全は確保された。成果は100%だ」
「ですがギルドの規約では証拠品がないと——」
「規約規約と頭を硬くするな。耳を切り落とすという猟奇的な証明方法に頼るから、冒険者の野蛮さが問題視されるんだ。むしろ怪我人ゼロ、環境負荷ゼロで解決した僕たちに『SDGs特別手当』が出てもいいくらいじゃないか?」
「エス・ディー……何ですかそれは! 意味が分かりません!」
「理解できないのは君の思考フレームワークが古いからだ。さあ、部分達成の成果報酬を支払い、新時代の冒険者支援の姿勢を見せたまえ」
「っ……あぁぁぁもうっ!! 分かりましたよ!!」
頭を抱えたリンさんは、ガシガシと頭を掻きむしると、引き出しから銀貨三枚を叩きつけた。
「二体分……二体分だけ『概ね解決』として処理します! だからもうその屁理屈をやめてください!」
「交渉成立だな。話せば分かると信じていたよ」
「二度と話したくありません!!」
……よし。銀貨三枚もあれば、四人分の食事代なら三日は持つ。完璧な勝利だ。
「……すごいですユエンさん。本当にギルドからお金を毟り取りました……」
ミレイアが引きつった顔で感心している。
「ところでリンさん。一緒にいるミレイアさんの依頼報告も——」
「ミレイアさんの事情なら、その……察しますので大丈夫です……」
「辛辣ね」
ローラが苦笑いした。その時、リンさんがギルド併設の酒場へ視線を向けた。
「それと皆様。歓迎したい方々がお待ちですよ」
酒場には屈強な戦士や魔導士が集まっていた。その中の一人が大声を張り上げる。
「おい! 剣士と魔導士のA判定が入ったって本当か!?」
「ああ! 俺が剣士で、こっちのオレンジ色のが魔導士だ!」
「オレンジ色って何よエドガー!」
「ハハハ! 期待の新人に乾杯だ! 今日は飲むぞー!」
十五歳になり、初めて飲む酒。豪快な先輩冒険者たちに囲まれ、僕たちの初日は大宴会の中で更けていった。
*
目が覚めると、冷たく硬い地面の上だった。頭が割れるように痛い。
「うぐ……気分が悪い……」
「大丈夫かい? これを飲むといい」
頭上に爽やかな声が響いた。見上げると、輝くばかりの金髪を持った超絶イケメンが立っていた。
差し出された小瓶を飲むと、体内の毒素がすーっと消えていく。
「酒場の連中に歓迎されたんだね。あいつらはいつも理由をつけて飲みたがるから」
爽やかに笑うその男の顔に見覚えがあった。
間違いない。僧侶適正B、魔導士適正A、そして——剣士適正S。国王から直々に認められた『勇者ライト』その人だ!
「勇者……ライトさん!?」
「やあ、僕はライト。君は?」
「ユエンと申します! ライトさん、実は僕の身に宿る力は、あの神聖なる《天秤》すら測りきれなかったほどのものでして……!」
二日酔いの残る頭で、僕は一瞬にして閃いた。
僕たちの夢は、いつか実績を積んで『勇者パーティに並ぶ存在』になり、魔王を討伐することだ。
……だが、よく考えろ。地道にFランクから依頼をこなして勇者一行に追いつくなんて、一体何年かかる? そんな面倒なステップを踏むなんて馬鹿馬鹿しいじゃないか。
そうだ。僕だけ今ここで勇者パーティに入り込んでしまえば一発解決だ!
エドガーやローラたちを置いていく形にはなるが、まあいい。友情よりも効率だ。あいつらには悪いが、僕は一足先にコネを使って成り上がらせてもらうぞ!
「ライトさん。ズバリ言いますが、あなたのパーティには決定的な欠陥があります」
「えっ? 欠陥……?」
ライトが目を丸くする。後ろに控える勇者パーティの面々も怪訝な顔をした。
「ええ。剣士、魔導士、僧侶……既存の役割は揃っていますが、現代の魔王城攻略において最も必要な『ディベート担当』が不在です。魔王を論理的に詰んで自害させる『詭弁師』の僕がいなければ、あなた方の旅は詰みます!」
「あ……いや……詭弁師……? でも、うちのパーティはもう定員がいっぱいで……」
「定員!? 時代のパラダイムシフトに対応できない組織は滅びますよ! 既存の枠組みに囚われず、僕という未知の可能性を採用するべきです! さあ、今すぐ僕をスカウトしなさい!」
「(うわぁ……なんかすごい絡まれ方してる……どうしよう……)」
ライトが困惑しきった顔で仲間に目配せをし始めた。
「うるさいわよユエン……朝から大声出さないで……」
ここでローラが目を覚ました。
「あ、勇者様!? 本物だー! って、ちょっとユエン! 勇者様に何失礼なこと言ってんのよ!?」
「失礼とは心外だな。僕は彼のパーティのイノベーションについて提案を——」
「提案じゃなくて、あんた私たちを見捨てて自分だけ勇者パーティに鞍替えしようとしてたでしょ!!」
「成果主義の世の中なんだから当然だろう!」
「開き直るんじゃないわよ!! ごめんなさい勇者様! こいつ頭がおかしいんです!」
「い、いや! 気にしてないよ!(よし、今のうちだ!)僕たち、急な依頼が入っていたのを思い出してね! それじゃあ失礼するよ!」
ライト一行は、脱兎のごとくギルドから逃げていった。S級剣士の脚力は伊達じゃない。速すぎる。
「ああっ! 待ってくださいライトさん! 僕の採用面接がまだ——!」
「面接なんて受かるわけないでしょ!!」
ローラのツッコミが朝のギルドに響き渡った。
「はぁ……二日酔いの上に無駄な体力使わせないでよ。ほら、昨日せしめた銀貨三枚も飲み代で消えたんだから、今日も依頼を受けるわよ!」
「……ちぇっ。まあいい、勇者に僕の存在を刻むことはできた。次は街の外でバッティングした時にスカウトさせてやる」
待ってろ勇者、そして魔王。いずれお前たちも、僕の言葉で泣かせてやる。




