初仕事
「……詭弁師?」
リンさんの呟きを、僕は聞き逃さなかった。
「おい、今なんて言った?」
「い、いえ! なんでもありません!」
慌てて首を横に振るリンさん。明らかに目が泳いでいる。
「詭弁師ってのは、どんな職業なんだ?」
「ええと……冒険者ギルドの創立以来、一度も確認されたことのない職業です……! 本部の全職業大百科にも、ギルドのデータベースにも、一切記載がございません……!」
「完全に存在しない職業じゃねえか! じゃあなんで《詭弁師》なんてカードに出てんだよ」
「それは……その……《天秤》があなたの屁理屈を解析した結果、既存の概念に当てはまらず、その場で新しい職業概念を錬成してしまったとしか……!」
「システムに新種作らせたの!?」
エドガーとローラが絶叫した。
「ユエン、もういいだろう」
見かねたエドガーが僕の肩を叩く。
「リンさんを困らせるな。お前がどんな規格外の職業だろうと、俺たちの仲間であることに変わりはない」
「そうよ。要は使い方次第でしょ」
ローラも呆れつつ頷く。……いい奴らだな、お前ら。
「そうだな。そもそも、職業という既成概念に人間の価値を縛られること自体が認知の歪みなんだ。存在しない職業だろうがなんだろうが、僕の無限の可能性を否定する根拠には——」
「はいはい、屁理屈はそこまで。登録を進めるわよ」
ローラにバッサリ切られた。
渡された冒険者証(最下位のFランク)を見ると、二人のカードには《剣士》《魔導士》と誇らしく刻まれているのに対し、僕のカードには世界で一押しの新職《詭弁師》の文字。
……よし、ポケットの奥底に封印しよう。
「では皆さん、初めての依頼をお選びください」
掲示板からエドガーが剥がしてきたのは、初心者定番の依頼だった。
『街道付近に出没するゴブリン三体の討伐』
【報酬:銀貨5枚】
「よし、初陣だ! 行くぞ!」
「気をつけていってらっしゃいませ」
受付のリンさんは、どこか引きつった笑顔で僕に言った。
「ところでユエンさん。戦闘中に魔物とディベートを行うのはお控えくださいね」
……何の話だ?
*
アシュベルの街を抜け、街道の草むらに到着した直後だった。
ガサガサと草が揺れ、粗末な棍棒を持った緑色の小鬼——ゴブリンが三体飛び出してきた!
「俺が前に出る! ローラ、援護を!」
「任せて!」
エドガーが目にも留まらぬ速さで一体目の棍棒を弾き飛ばし、ローラの火球が二体目の足元を爆破する。さすが適正A、完璧な連携だ。
そして残る三体目が——真っ直ぐ僕に向かって突進してきた。
(うわ、速い! 避けられない——!)
ゴブリンが棍棒を振り上げる。死の恐怖が脳裏をよぎった瞬間、僕の《詭弁師》の血が沸き立った。
「ステイ!!」
僕の怒号に、ゴブリンがピクッと動きを止めた。
「ギャ……?」
「お前、今僕を殴ろうとしたな? だが胸に手を当ててよく考えろ。僕を殴ることに『合理的シナジー』はあるのか?」
「ギャギャ!?」
慌てるな。畳み掛けるんだ。
「僕を殴れば、確かに君は『勝利の快感』を得られるかもしれない。だが、そのために消費される君のカロリーと筋肉の疲労、そして僕の反撃リスクという『費用対効果』を試算したことはあるか!?」
「ギャ……?」
ゴブリンが困惑したように棍棒を下ろし、頭を抱え始めた。
「さらに言えば! 僕という個体を破壊したところで、君のお腹が減ってるなどの根本的な問題は何一つ解決しない! 僕は君の不幸の根本原因ではないのだから! 責任のすり替えは愚者のすることだぞ!」
「ギャ……ギャモ……?」
ゴブリンの目が、次第に知性と哀愁を帯びていく。哲学の深淵に足を踏み入れてしまった顔だ。
「さあ、不生産的な暴力はやめて、自己実現のための新しい一歩を踏み出すんだ!」
「ギャッ……!」
ゴブリンはハッと目を開くと、深く僕にお辞儀をし、自分の人生を見つめ直すように森の奥へと走り去っていった。
「…………」
静まり返る街道。
エドガーとローラが、開いた口が塞がらない様子で僕と森を交互に見ている。
「……追い払った、だと……?」
「ねえユエン……あんた、今ゴブリンに何をしたの……?」
「何って、相互理解のためのロジカルハラスメントだけど?」
「魔物にロジハラ効くわけないでしょ!!」
ローラが頭を抱えて叫んだ。
その時、エドガーがハッと気づいたように言った。
「あ……ユエン。依頼書、なんて書いてあった?」
「ん? 『ゴブリン三体の討伐』だけど」
沈黙。
「……逃がしたら、討伐カウントにならないんじゃね?」
「あ。」
森の奥へと去った『自分探しを始めたゴブリン』の背中を思い出す。
「……追いかけるか」
「そうね。……説得して戻ってきてもらうの?」
「いや、次は普通に斬る!!」
こうして僕たちの初依頼は、物理的な追いかけっこから始まるのだった。




