詭弁師
人々の熱気が充満するアシュベルの街路。
生まれ育った田舎村ソレイユとはなにもかもが違っていた。
身に纏うのは、まだ一度も刃を受けていない真新しい装備。
一際大きな体躯をした金髪の青年――エドガーが、腰の剣に手を添えて言った。
「ユエン、ローラ。やっとここまで来たな」
「ああ、長かった」
「ユエンの誕生日が遅いせいよ」
オレンジ色の髪をした小柄な少女――ローラが、手にした杖を不機嫌そうに揺らす。
冒険者。
魔王が存在するこの世界において、子供の将来の夢ランキングで圧倒的首位を誇る職業。
十五歳の誕生日を迎えた今日、僕は幼馴染の二人とともに、冒険者ギルドの門を叩いた。
「すごいな……ここが冒険者ギルドか」
城と見紛うばかりの巨大な建物。
三人が足並みを揃えて受付に向かうと、黒髪ロングの女性係員が丁寧なお辞儀で迎えてくれた。胸元のネームプレートには「リン」とある。
「冒険者登録ですね? こちらへどうぞ」
完璧なビジネススマイル。板についたマニュアル対応だ。
案内された部屋の中央には、黒曜石のような巨大な石柱――古代の神託機械《天秤》が鎮座していた。青白い光が脈打ち、触れた者に最も適した職業を告げるという。
「では、こちらに手をかざしてください」
まずはエドガーが手をかざす。
直後、朗々とした重厚な音声が部屋に響き渡った。
『……剣士適正……A』
「おめでとうございます! 適正Aは滅多に出ませんよ!」
一変して声を弾ませるリン。
「やったな、エドガー!」
「ふん、まあ私ほどじゃないけどね」
続いてローラが手を伸ばす。
『……魔導士適正……A』
「すごいです! 一日に二人も適正Aが……!」
前衛と後衛、完璧なパーティバランスだ。
二人の誇らしげな顔を見ながら、僕は最後に手をかざした。
くすぐったい光が僕の手を包み込む。
やがて、《天秤》が静かに審判を下した。
『……全職業適正……E』
静寂が訪れた。
(……え?)
「……あー、その。冒険者以外の生き方も、世の中にはたくさんありますから……」
リンが引きつった笑みでフォローを入れてくる。エドガーとローラは哀れみの視線を向けていた。
だが、黙って引き下がる僕ではない。
「待て」
『……』
「お前、今『全職業』って言ったよな?」
「ユエン、見苦しいぞ……」
「黙ってろエドガー。おい天秤、答えろ。お前の言う『全職業』の定義は何だ?」
『……』
「この世界に存在する既知の職業データか? ならば、それは『現時点で判明している職業』に過ぎない。未知の職業、あるいは将来新しく生まれる職業に対する適正は、お前のデータベースに含まれているのか?」
『……』
「さらに言えば『E判定』だ。適性がないのではなく『測定限界以下』、つまりお前の仕様では測りきれない規格外の可能性を否定できるか? 答えてみろ」
言葉を重ねるごとに、石柱の青白い光が激しく明滅し始める。
「ちょっと! 客観的な神託にイチャモンをつけないでください!」
リンが慌てて止めに入るが、僕は止まらない。
「仮に僕の能力が既存の枠組みに収まらない場合、それを『E』と一括りにするのはシステム側の怠慢だ。お前の精度はその程度なのか? ああ!?」
『……処理……オーバーフロー……』
「喋った!?」
リンが悲鳴を上げた。古代の秘宝が困惑している。
『……再……再測定を行います……』
「ほら見ろ。エラー吐いたぞ」
「お前、神託機械にレスバで勝つなよ!」
エドガーの叫びも虚しく、石柱からブシュッと謎の煙が吹き出した。
やがて、絞り出すような機械音が部屋に響く。
『……判定……不能。……概念……《詭弁》に極めて高い……適正を……検知……』
光が途絶え、静けさが戻った。
ぽかんと口を開けたまま固まるリン。
彼女は震える手で羊皮紙に何かを書き込み、絞り出すような声で言った。
「……本日よりあなたの職業は……《詭弁師》です……」
こうして、僕の冒険者生活は、世界で唯一の職業《詭弁師》として幕を開けたのだった。




