二兎を追う者……
先程までの戦いと全く違う戦法にデスサイズが困惑している最中、部屋の逆サイドでも戦いは行われていた。
「なぜ君は俺の能力が効かない?」
向かい合っている愛に男は問いかける。
「そんなの分かるわけないじゃないですかッ」
「……確かに。では、戦法を変えましょうか」
男はズボンのポッケから取り出したニット帽を被り、額の目を隠した。
愛はもう片方の手も刃に変え、迎撃の体制を取る。
と言っても誰がどう見ても不恰好な構え。
男にも愛が戦い慣れていないのは、すぐに分かった。
男は一気に詰め寄ると手を開き、愛の顔を掴もうとする。
しかし愛はそれを躱わし、刃で切りつける。
だがこちらも躱され、そこから三回ほどこのやり取りを繰り返し、男は一旦愛から距離を置いた。
その攻防はまるで、子供がおもちゃを取り合っているような感じだった。
なぜ戦闘の素人の愛に男が後れをとっているか?
男は体の鈍さで分かっていた。
ミサのせいだった。
「はあ。厄介だな……ん?」
男は何か考えたあと、ニヤリと笑みを浮かべた。
するとまた愛に対し距離を詰めてきた。
愛はまた構え、男の手を躱わす。
そして反撃。
また攻防が始まるのかと思われたが、男はその反撃を腕で受けた。
その行動に一番驚いたのは愛だった。
「当たった」
攻撃の命中。
思ってもいないことに驚いた一瞬の隙を愛はつかれる。
男は腕に食い込んでいる刃の先、形状の変化していない二の腕部分を、逆の手で掴むことに成功した。
「あっ」
触れられたことに対して、どうすればいいか分からない愛は、もう片方の自由な刃で掴んだ手を切りつける。
しかし皮は切れても、筋肉ましてや骨まではダメージを与えられない。
男は愛のその慌てっぷりに、不気味な笑みを浮かべる。
その表情を見て怯む愛。
男は口をひらく。
「そもそも切らせてもいいと考えればよかったんですよ」
今度は必死に刃を引き抜こうともがくが、男の掴む力と筋肉に食い込んだ刃は、びくともしなかった。
「素人の刃など、致命傷をつけるわけないのだから」
愛の触れられている二の腕から、石化が始まった。
「うあぁ、いやっ、いやあ!」
腕先と肩に向かいどんどん石化していく。
愛は刃を振り回し攻撃するが、男は気にも留めない。
「ふふ。いい悲鳴だ」
男は愉悦を感じているようだった。
あっという間に刃の先まで石になると、男は腕を離した。
その頃には胸部と首の半分、顎下のあたりまで石化していた。
「じゃあ、鳴いてくれ」
男はそう言うと、愛の石化した腕を蹴り砕いた。
「い、いやあああああっ!」
愛に痛覚はない。
しかし生前の名残りからか、つい叫んでしまった。
その声に男は満足そうな表情を浮かべる。
「いいね」
そう言った男は愛を蹴り倒すと、今度は足を掴もうとする。
「ぃゃ」
戦意を喪失した愛は、ゆっくり近づく腕にさえ、蛇に睨まれた蛙のように何もできない。
そんな時、ミサの大声が部屋に響いた。
「ルカああッ!愛ちゃん助けてッ!」
うるさいなと男は思ったが、気を取り直し足を掴もうとする。
すると側頭部にゴンッと強い衝撃が走り、男はその場に倒れた。
その衝撃の正体は、男と愛の間を通るように放ったルカの膝だった。
「ハア、ハア、大丈夫か?」
「は、はい!」
心配そうに問いかけたルカの額からは脂汗が滲み出ており、凄く苦しそうな顔をしていた。
「おいおいおいおいデスサイズッ!ちゃんと戦えよ!」
男はむくりと体を起こすとルカと向き合う。
するとルカは咄嗟に目を伏せた。
「うるっせぇよ。はあ、はあ、今いいとこ、なんだよっ」
デスサイズがよろよろと三人に近づいてくる。
「いいとこ?随分とボロボロだが?」
「ハハハッ。ボロボロなのはあいつも同じだ。見ろ、足がガクガク震えてる」
デスサイズの言う通り、ルカの足は立っているだけでもキツく感じるほど消耗していた。
その理由は能力の使い方にあった。
突っ込み、勢いのままに攻撃する分には、足に負荷はさほどかからないが、勢いを意図的に止めたり、近距離で瞬間的に使う場合は、ある程度自分で勢いを抑制するため、自分の足に疲労が蓄積していっていた。
「それより、なぜこっちへ来た?」
「ああ?」
「二人とも視界の中だぞ」
男はミサを見ながら言った。
「あ、わりぃ」
「俺は今からあの女を始末する。お前もそろそろそいつを殺せ」
男はニット帽を脱ぎつつ、自分達に視線を向けれないよう、ミサに向かい歩き始める。
その動きにミサは咄嗟に目を伏せた。
「待て!」
バチバチッ。
「おっと」
デスサイズはルカの前に立ち塞がる。
ミサは手だけで這い、近づく男から必死に距離を取ろうと試みる。
「どけッ」
「そう怒んなよ。ずっと戦ってきたなかだろ?へへ」
しかしルカは彼の言葉を無視し、高速で横を通り過ぎ男の後頭部に膝を入れた。
激しく前のめりに転ぶ男。
しかしあまり効いていないのか、男は頭をさすりながらすぐに起き上がった。
ルカは目を伏せる。
バチバチッ。
「デスサイズウウッ!」
「わりぃ、でも―」
「きゃああああ!」
愛の悲鳴が上がる。
ルカが咄嗟に振り向くと、すでに男の鎌は振り下ろされていた。
そしてルカは考えるよりも早く、愛の元へ体を動かした。
守らなければという一心で。
ブウウウゥゥン。
身を挺したルカの背中をデスサイズが切り裂いた。
しかし血の一滴はおろか、ルカ自身にも痛みが全くなかった。
しかしデスサイズは得意げに語り出す。
「こういう時、なんで身を盾にするんだろうなぁ?普通に俺を蹴り飛ばしでもすりゃいいのに?異世界人も人間もバカばっかだ。ハハハハハッ」
「ルカ、さん。大丈夫ですか?」
「あ、ああ。なんともない」
この状況を理解できているのは、高笑いするデスサイズだけだった。
「おい、こっちを向けよ。続きをしようぜ」
ルカは彼の言葉に従い振り向くと質問した。
「テメェ、今―」
「分かるぜ、分かるぜその気持ち。攻撃されたのに感覚や痛みが無いってのは怖いよな?でも安心しろ。攻撃は当たった」
デスサイズは本当に楽しそうに続ける。
「それにしてもお前も大変だな。あっちへ行ったりこっちへ行ったり。弱いくせに、背伸びして、色んなもの守ろうして……だから何一つお前は守れないんだよ」
鎌をしまった彼は指を刺す。
それを見たルカはハッとし、その方向に振り返る。
するとそこにはニット帽を被った男に首を絞められながら、人質のように捉えられたミサが立っていた。
「ミサァッ!!」
バチバチッ。
「いいのかぁ?あいつを助けに行ったら、そこの女が死ぬぜ」
デスサイズの言葉にルカは愛を見る。
その表情はとても苦しそうに見えた。
それを見た愛が口を開こうとした時、ミサが必死に叫んだ。
「私はいいから、愛ちゃん連れて逃げてええッ!」
「そんなことッ―」
「ごめんなさい」
ミサの謝罪がルカの言葉を遮る。
「もう、遅いんだ」
彼女は涙を流しながら笑顔でそう言った。
直後、背中側からの石化の侵食が前側にも回ってきた。
男はずっと掌で、ミサの背中を触られていた。
「あ、あ、あ、ああ!ミサっ、ミサッ」
ルカは高速でミサを助けに向かった。




