キスと後悔
俺がミサを気になり出したのは、二年ほど前だった。
その日俺は任務で負傷し、彼女の肩を借りながら雨の中を帰還していた。
「情けねー」
「まぁ、しょうがないじゃないですか。怪我したものは」
「はぁ。情けねー」
「そんな、クシュンッ」
「お?風邪か?」
「うーん、どうでしょう?」
彼女はそう言ったあと笑顔で続けた。
「風邪だったら責任取ってお見舞いに来てください。美味しいもの持って」
「美味しいもの?俺食い物は疎いぞ」
「ふふ。大丈夫ですよ。風邪じゃないんで」
次の日。
彼女は風邪だった。
俺はまだ少し痛む体を動かして、町に来ていた。
美味しいものってなんだろうか?
俺は味噌汁とか美味いと思うけど、きっとそういうことではない。
じゃあ高いものがいいのか?
そう思い、町の高級食材の並んでいる店に行く。
ネギ一本500円。ゴボウ一本600円。マンゴー一個800円。
うーん。こういうことか?
俺はそう思いつつ、店で一番安いもやし一袋を手に取って見ていると、店の外をおばあさんと歩いているミサを見かけた。
俺は慌てて店を出て、彼女を追いかけ声をかける。
「何してんだよっ?」
「あ、ルカさん。これは、えっと」
彼女はバツが悪そうに笑う。
「あんた、ミサちゃんの知り合いかい?」
一緒にいたおばあさんが聞いてきた。
「あ、はい。一応直属の上司って感じです」
「ああ、そうなのかい。上司さん、ミサちゃんのこと怒らんとってください。私が無理に手伝わせてしまって」
おばあさんの視線は、ミサの背負っているリュックを見ていた。
「違うわ。私が前から約束してたから手伝ったの。これぐらいの風邪だ、クシュんっクシュんっ。うぅ」
「はあ。貸せ。俺が背負う」
「え、でも」
「うるせえ、今年の給料全額無しにするぞ」
「ええー」
俺はリュックを無理やり引き剥がし、自ら背負った。
「結構重いな。で、どこまで行くんだ?」
「あの坂の上までなんだけど、大丈夫かい」
「全然余裕だよ。すぐ―」
「あと五往復なんじゃが」
「五おうふくう!」
変なイントネーションで叫んでしまった。
目的地は目の前だが、いったいどこから運んできてるんだとか、色々思考が駆け巡る。
だがミサが心配そうに見ているのに気づき、俺は大見得を切った。
「ダメそうかい?」
「いや、秒で終わりますよ。ミサ、お前は家に帰ってろ。いや、途中で倒れられても困るから、あのカフェでなんか飲んで休んでろ。終わったら送ってやる。じゃ、おばあさん、行きましょう」
俺はそのあと全速力で5往復した。
どうやらおばあさんは引っ越しだったそうで、荷物を取りに行くのはミサの家の近くまでだった。
とは言え一時間ほどかかった。
その間ミサはカフェのテラスで、俺が前を通るたび笑顔で俺を眺めていた。
その前を通る時だけ、俺はさらに速度を上げていた。
「終わった。帰るぞ」
俺はミサに待っていたミサに声をかけた。
「ふふふ」
「なんだよ?」
「いや、そんなに動けるなら、昨日一人で帰還できたんじゃないかなぁって」
「いや、昨日は歩くのもままならなかっただろ」
「知ってますよ。でも、なんで物理的な負傷は簡単に治せる機械があるのに、風邪とか病気を治す機械はないんでしょうか?」
「そんなの作ったら薬屋が潰れるだろ」
「ふふ。私のRitualが、そういうの治せるやつだったらよかったのになぁ」
「いや、んなこといいから帰るぞ」
俺はその後も他愛のない会話をしながら、彼女を家に送り届けた。
「今日はありがとうございました」
「ああ。今度から、その、こういうことがあったら連絡しろ」
「えっ、でも。仕事じゃないですし」
「うるせえ。こういうことで体調悪化されたりしたら迷惑だ。だから今度からは俺を頼れ」
彼女は嬉しそうに優しく微笑んだ。
「でも、昨日ヒィヒィ言ってたので、今日は休ませておいた方がいいかなって」
彼女は悪戯っぽくそう言うと、言い返せない俺を見て笑った。
その顔をなぜか、今でも覚えてる。
俺はミサに触れている男の斜め後ろまで移動し止まり、そこから回し蹴りを後頭部に叩き込もうとする。
しかし、男はそれをわかっていたように、体を回転させミサを盾にする。
「くっ」
俺は蹴り足を引っ込め、また能力を使い男の斜め後ろに移動する。
そしてそれをまた読んでいるだろうと予測し、俺は男が向き直る前にさらに能力を使い回り込み、側頭部に蹴りをヒットさせることに成功した。
男がよろめいたところを蹴り飛ばし、俺はミサを奪還した。
しかしすでにミサは、顔と手首から先以外全て石化してしまっていた。
「ミサっ」
「ばか。逃げなさいよ」
「できるかよっ。そんなこと!」
俺はミサの手を握る。
「まだ、温もりは感じれるみたい」
弱々しく涙ながらに笑う彼女に、俺まで涙が出てしまう。
「なあ、こっち向けよ」
俺は声の方へ振り向く。
すると愛ちゃんの首が足元に転がってきた。
一瞬何が目に入ったのかわからなかったが、急に体の力が抜け、俺は膝をついてしまった。
神のチームメイトを殺されてしまった。
そんな罪悪感と自分の無力さに、叫び声をあげそうになる。
しかし歯を食いしばり、何をするべきか回らない頭を必死に働かせようとする。
「だから言ったろ?弱いくせに何でも守ろうとするから、何一つ守れねんだよ。なぁベサカボレ」
「ああ」
俺の背後にいるらしい男に、鎌の男が語りかけた。
ガラガラガラガラ。
俺の背後何かが崩れ落ちる音がした。
その音に嫌な想像を掻き立てられる。
その感情を振り払いつつ俺は振り返った。
そこにはバラバラに崩れ落ちたミサがいた。
「……うわあああああああああああああああああ!!」
俺はミサだった石のかけらを、手でかき集める。
「ほら、首だ」
俺の手元にミサの頭が投げ渡された。
「お前はまだ助けられた。俺の能力で石化した者はすぐには死なない。だからお前が動揺せず俺を殺すことに集中していたなら、まだ分からなかった。なんて言ってはみたものの、俺が砕かなくてもアイツが砕いてたか」
俺の耳には男の御託は入ってこなかった。
それよりも手元にあるミサの顔を凝視していた。
すごく驚いたような目をしている。
俺は優しく目を閉じさせ撫でるとキスをした。
「おっと」
「おいおいおいおい。マジかよ。趣味わりぃな、おい」
自分でもなんでキスなんてしたのか、分からなかった。
ただしてしまった。
きっと思い出したら嫌悪感に苛まれるだろう。
でも、したかった。
俺はなんで今更こんなことをしてるんだ?
好きって伝えとけばよかった。
そしたら、キスだっていい思い出だったんだろうな。
混乱していることだけは理解できる頭を振り、俺は立ち上がり男を睨む。
バチバチッ。
男は俺の音に少し距離を取った。
体は限界だ。
これ以上無茶したら、足が千切れるかも。
でもいいや、足ぐらい。
ごめんミサ。ごめん愛ちゃん。ごめんデル。ごめん神。
他にも謝んなきゃいけない奴いる気がするけど、今は思い出せないや。
「行くぞクソやろおおおおおおおッッ」
俺の体は高速で男に向かって進んでいって、そのまま壁に突っ込み止まった。
その様子を俺は低くなっていく視界に捉えていた。
「ハハハハハハハハハハっ」
鎌の男の笑い声が部屋に響いていた。




