困惑の愛ちゃん
7月21日。水曜日。博多駅。昼。
「あんたの仲間が新幹線に乗ったのはこの駅なんだな?」
「ああ。最後にそう連絡があった」
神の言葉にレインズが答えた。
「ハルの痕跡もここに辿り着いてる。乗ったのは多分間違いないだろ。そしてこっから20分ぐらい行ったところで、ハルはやられた」
マリクが神妙な面持ちでそう言った。
「ハルちゃんはまだ復活しないんですか?」
愛里寿が問う。
「まだあとちょっとかかる。ただ復活したら、すぐにでも後を追える。ハルも自分を
殺した奴の匂いは覚えているはずだ」
マリクのRitualは、やられても24時間後に自動蘇生することができた。
「で、だ。チーム分けはどうする?」
神がそう言う。
「ハルの関係上、俺はこっちを追う。借りは返す」
「ならおじさんもこっちだな。まだ決まったわけじゃないが、うちのチームのリーダーに何かあったかも知れないしな」
「じゃあ、俺と愛里寿は岩手に向かう」
「うん」
愛里寿が神妙な面持ちで頷く。
「安心しろ。岩手でやられたチームのリーダーと合流する手筈だ。愛もいる。お前は今まで通りサポートに回ってくれたらいい」
「うん」
愛里寿は訓練の模擬戦しか経験がなく、実際の命のやり取りは未経験だった。
そのため、今回自分も前線で戦う可能性が高いことに、昨日から不安を抱いていた。
「まぁ、愛里寿ちゃんだっけ?」
「はい」
「そんなに考えすぎない方がいいよ。案外、なんとかなるものだからさ」
「すごい適当だな」
マリクがレインズに呆れ顔で言う。
「おじさん、それで40まで生きてきたから」
レインズは自分を指差しそう言った。
「ああそう。だそうだぞ愛里寿」
「あ、はい。ありがとうございます」
「とりあえずそっちは任せた。俺たちは空港に向かう」
「待て。フユを連れてけ」
マリクの影からフユが姿を現す。
「いいのか?」
「ああ。そっちの敵はまだ三人いるはずだ。それに俺にはハルとナツがついてる」
「分かった。ありがたく連れてくよ」
フユの喉元を撫でながら神はそう言い、踵を返しかけた。
が、何かを思ったように止まり、一言言った。
「死ぬなよ」
「フ。死にそうになったら逃げるぜ俺は」
「おじさんも逃げるから、そん時は尻拭いよろしくね」
神は大丈夫かコイツらと内心思いながらも笑顔で答え、愛里寿とフユを連れ空港に向かった。
7月19日。月曜日。岩手県盛岡市。昼。
「これが開発品のセンドウェーブだ」
掌に銀の正方形の塊を乗せそう言ったのは、四日前神奈川まで愛を迎えにきたDeletarの男ルカだった。
「どう使うんですか?」
人型の義体に入っている愛が聞いた。
「起動したら所持してるだけでいい。それだけで魔族がお前のことを同種だと感じ取るはずだ」
魔族はお互いの存在を、ある程度感じ取れる体質をもっており、ルカはそれを逆手にとり、愛を囮にし誘き寄せる作戦を立てていた。
「効果は24時間しかない。しかも使い切りだ。失敗はできない」
「うう。責任重大」
愛は不安で縮こまる。
「ハハ、安心しろ。ただ起動して待ってくれてるだけでいい。あとは俺たち三人で対処する」
「はい。頑張りますッ」
「じゃあ早速始めるか」
「え、もう?」
「大丈夫だ。お前は命に変えても守る。じゃないと、神のやつに示しがつかない」
ルカは神と同い年で仲が良かった。
彼の笑顔に少し落ち着いたのか、愛は息をひとつ吐いた。
その様子を見た彼は、愛が本当に義体に入ったAIなのかと疑問に思った。
それほどまでに、愛の表情や仕草はリアルだった。
「よし。じゃあ起動してくれ」
「はい!」
愛が正方形の一箇所にある窪みに親指を押し当てると、その窪みの部分だけが赤く点滅を始めた。
装置の起動を確認した彼は、愛に指示を出す。
「取り敢えずここで一時間待機」
「一時間だけですか?」
「ああ。その後ある場所に移動する。そこで奴らを叩く……でも今来たらどうしよう?めんどくさいな」
「ええぇ……」
移動する黒い車、後部座席に乗る愛が口を開いた。
「本当に誘き寄せれるんでしょうか?」
「装置の範囲はこの岩手県全域をカバーできるほどだ。もし周辺にいたら奴ら、反応を拾っているはず。そしたら確認するぐらいの行動は起こしてくると思う」
「何か根拠が?」
「根拠というか、そもそも魔族は自分たちしかいないはずの人間界に、急に反応が一つ増えたら無視はできないだろうっていう、深層心理というか。まぁ、俺だったら無視しないっていうか……」
「つまり根拠がないと」
車を運転するミサにツッコまれる。
「うるさい!いいだろ、そういう作戦なんだから」
「横で喚かないでください。唾が飛びます」
「んだよ、ペッペッ」
ギロっとしたミサの目に、咄嗟に彼は前を向いた。
「あのう」
「ん、どうした?」
「なんで一時間待機したんですか?」
「ああ、いきなり現れた反応がめっちゃ動き回ってたら、なんか変じゃん?」
「ええっと、そうなんですか?」
「気にしないでください。彼、いつもこうなんで」
「はあ」
会って数日だが、確かに神さんとは合いそうだなと、愛は思っていた。
「じゃあ、なんで移動してるんですか?」
「理由は二つある。一つはもう一人のメンバーが、罠を張ってる場所へ向かうため。二つ目は秋田の方面にもこの反応を撒きたいためだ」
「秋田の方面にも?」
「ああ。一応直近の事件が秋田だからな。神奈川の奴みたいに、同じ県で殺人を犯す奴が出てきてもおかしくない」
「私は無いと思いますよ」
「根拠は?」
「無いです」
ミサは正面を向いたまま、彼に一瞥もせずに言い放った。
「じゃあ黙っとれッ。俺はパターン的な根拠があんの!ふんっ」
彼はシートに深く座り直し、腕を組み、続ける。
「この岩手で作戦を決行してんのもそう。奴らはだいたい隣の県で殺人を犯そうとする。たとえ敵が散らばっても、この岩手に一人もいないなんて、俺の勘がありえないと言ってる」
「だから岩手なんですね」
「そゆこと」
彼は後部座席に振り返り、愛の言葉に笑顔でそう言った。
「愛さん。こういう男とは付き合ってはダメですよ。破滅型です」
「うるせぇな!だいたい―」
愛はこの二人は仲がいいのか悪いのか、どう判断したらいいか分からず、ただ車内に響く二人の口喧嘩に苦笑いするしかなかった。
「ハハハ……大丈夫かな?」




