第030話 魔術の正しい使い方
アナコンダ・クーパー……ハジャ村出身の熱血少年。魔力はないが国家魔術師になりたい。尻穴の中にニョルモルモを挿れることで魔術を使えるようになる。
ニョルモルモ……ヘビみたいなドピンクの魔物。種族は蛇人族。上官の猪人族に同胞を食べられた。
サオ・アルージャン……「ふえぇ~」が口癖の男の娘。かわいいものを集めるのが趣味で、裁縫が得意。アナコンダと同じく10歳。
チッチ・アルージャン……無表情の国家魔術師。アナコンダの弟子入りを認める。
ソシーツ・アルージャン……庶民から愛される、王宮勤めの下級貴族。
プリケッツゴールド……ドジョウ王国の第2王子。5歳。わがままで生意気。魔力がない。
ジオ・サンコーザ……43歳。貴族の次男坊。筋肉質で、生え際が後退している。
ビリー・ブルドッグ……38歳。貴族の五男坊。アフロヘアーにだらしない体型。
「止まれ! 中へ入ることは許さん!」
王宮へいたる橋をわたろうとして、門番に止められる。
槍を持った兵が集まり、威圧する。
アナコンダはきょとんとして、
「入っちゃダメなのか?」
「当たり前だよぉ!」
ここにいるほとんど全員が王族どころか貴族でもない、ただの庶民だ。
たとえサオのように貴族であっても、許可なく入っていい場所ではない。
(せっかく、ここまで来たのに……)
悔しがるアナコンダ。
「こうなりゃ強行突破か……?」
「やめとけ。反逆罪になるぞ」
「え?」
門の内側から現れたのは、
「パパぁ……!」
ソシーツ・アルージャンだった。
門番たちへ、
「事前に申しこんでなくてすまないな。大丈夫。この人たち全員、中へ入れてやってくれ」
「しかし……」
「大丈夫。すべての責任は私が負う」
「は……」
開門。
ケーキと共に、人々は庶民禁制の地へ足を踏みこむ。
サオがソシーツに抱きつき、
「でも、どうしてぇ? 今日はお休みだよねぇ?」
「子供の嘘を見抜けない親なんていないさ。それから、アナコンダくん。悪くないアイデアだ。少なくとも殴りこみよりはましだな」
アナコンダは照れくさそうに、
「へへ……熱血だぜ、おっさん!」
それにしても。
「生きてるうちに、王宮へ入れる日が来るとはね……」
ケーキ作戦に参加したメンバー全員、生まれて初めて目の当たりにする壮麗な建物に目を奪われている。
「ソシーツ様。ここに王子さまがお住まいなのかね?」
「いいや。ここは庁舎。私たち貴族がお仕事する場所だよ」
「じゃあ、王子さまはどこに……?」
「宮殿は奥にあるよ。でも、私の権限で連れて来れるのはここまで」
「え?」
「ここから先は別の人にお願いしよう」
ソシーツが目をやった先には――
「まったく。随分とイカれたことを思いつくものだ」
チッチがいた。
いつもの無表情で宮殿のそばに立っている。
彼女は国家魔術師であり、国家魔術師は国王直属。
ゆえに、
「私は宮殿へ出入りすることが許されているのだ」
「じゃあ、俺たちも出入りさせてもらっていいか?」
「ダメだ」
チッチはアナコンダの首根っこをつかむ。
そして、この場に集まった全員に対し、
「私の権限であなたたちをお招きできるのは、宮殿のすぐ外、すなわちこの庭の辺りまでだ。それ以上、宮殿に近づいてはならない」
「師匠! ねっけ――」
「なおかつ! 騒いだり不審なふるまいをしてもならない。そうしたことがあれば……」
「あれば……?」
「ただではすまさない」
「お……おう」
* *
「ほうら。王子殿下。好物の栗きんとんですよ」
「やーやーなの!」
「美味しい朝食ができていますから……」
「何も食べないの!」
この日。
誕生日だというのに、プリケッツゴールド王子は朝から不機嫌だった。
宮仕えの者たちがいくら慰めても、どうにもならない。
と言うのも、父である国王が急用のため誕生日パーティーに参加できなくなったのだ。
「むかつく!」
プリケッツゴールドは片っぱしから人や物を小さなお手々でぽかぽか殴った。
そんな折り、外が騒がしくなった。
「うるさーい!」
どしどし音を立てながら、プリケッツゴールドは廻縁へ出て、外を見下ろした。
すると……
「王子殿下! おめでとうございます!」
巨大なケーキと人々が目に入った。
予想だにしない光景。
プリケッツゴールドの目がまんまるになる。
そばについてきた警護の者はあせり、
「あれは何者だ? 排除しろ!」
と呼びかける。
が、この声を掻き消すほどの大声が一人の少年から返ってきた。
「熱血だー!」
意味は不明だった。
王子は呆然とする。
「このケーキ絶対美味いぜ! 食べに来いよ!」
「あの者、余にタメ口を……」
「食べないなら俺が食べちゃうからな!」
「な、なんだとー!?」
王子は欄干から身を乗り出し、
「余がすぐ参る! 手をつけるなー!」
そして駆け出した。
もちろん護衛は止めようとしたが、王子のわがままには逆らえない。
プリケッツゴールドは階段を駆け下り、転びそうになりながら宮殿を出た。
「おお……」
5歳の王子の目の前に、自分の体の何倍もの大きさのケーキがある。
限界まで首を曲げないとてっぺんが見えない。
赤毛の少年が胸を張り、
「俺たちが作ったんだぜ!」
「むー。ご苦労。帰ってよいぞ」
「遠慮するなよ」
赤毛の少年ことアナコンダはケーキを切り分け、皿にのせてあげた。
「どれ……」
プリケッツゴールドはドキドキしながらケーキを一口。
すると……
「美味しい!」
見た目だけでなく中身も抜群にすごかった。
この国のあらゆる美味珍味を経験ずみのプリケッツゴールドが夢中になって頬張った。
このクオリティーのものを宮廷料理人でもない、ただの庶民が作り上げたとは、なんとも驚きだった。
感謝の言葉を言ってくれようと思い、ふと顔を上げると、
「これマジで美味えな!」
「あたしケーキなんて何年ぶりかな」
「たまには甘いのも悪くねえな」
「苦労して作った甲斐があったよなあ」
庶民も勝手にケーキを食べ始めていた。
「何するの!」
てっきり自分一人のために作られたケーキと思いこんでいた王子は激怒。
しかし、アナコンダはむしゃむしゃ食べながら、
「楽しいことはみんなで分けるんだぜ」
みんながうんうんとうなずいた。
中には涙を流しながらケーキを頬張る中年男性もいる。
これがビリーという名の悪たれであることなど王子は知らないし、なぜ泣いているのかも知らない。
王子にとって重要なのは、
「余だけに尽くさなきゃやーやーなの!」
ということ。
すでにこの時点でプリケッツゴールドの不機嫌は再発しかけていたが、アナコンダの言葉がトドメを刺した。
「ところで、王子。国家魔術師試験なんだけどさ、開催してくれないかな」
「……そちは魔術師なのか?」
「おう!」
「このケーキはどうやって作ったの? まさか魔術で……」
「魔術も使ったぜ!」
「!!」
途端に王子は皿を投げ飛ばす。
「余は魔術なんてやーやーなの!」
王子は思い違いをしていた。
いつも周囲の人々がそうするように、この庶民たちも自分のわがままを聞き入れるに違いない、と。
ところが、アナコンダは投げられた皿をキャッチすると、
「お前、魔力ないらしいな」
と王子をあおる発言をした。
生まれて初めて受ける侮辱に、王子は言葉が出ない。
「俺もついこの前までそうだったぜ」
「え……」
アナコンダは自分の人生を手短に話した。
父が魔物に殺され、誰にも同じ悲しみを味わわせたくないから国家魔術師になることを決意し、頑張って杖を振り続けるうち火が出るようになった、と……。
王子は知るよしもないが、アナコンダはニョルモルモのことに触れないよう、多少の嘘を混ぜていた。
「ふーん……?」
プリケッツゴールドは神妙な顔つきで、
「とても信じらんないなー。どうせ嘘でしょ? そんなことより、そちはいつもこういう風に祝ってもらってるの? ずるい! ただでさえ魔術が使える上に! しかも庶民のくせに!」
「ケーキのことか? あんまり食べたことないぜ!」
「でも、そちの親御にねだれば作ってもらえるんでしょ?」
「んー。もう無理だな」
「?」
「親父だけじゃなくてお袋も死んじまったからな」
「え……」
さて。
王子が宮殿の外で庶民と雑談にふけるなど、まったく想定されていない事態だった。
護衛たちは、できることなら直ちに王子を宮殿内へ連れ戻したかった。
が、下手に諫言すれば手酷く叱られると知っているので、どう対処すればいいかわからず、王子から数歩下がったところで手をこまねいていた。
要するに、警備体制が手薄になっていた。
(この好機を逃してなるものか)
庁舎からふらっと出て来た一人の男が剣を抜いた。
この男、一見すると貴族のみなりをしているが、実は変装した〔ペドベッド一味〕のメンバーだ。
さすがにアナコンダは気づけない。
誰もが油断していた。
「第2王子! もらった!」
男はプリケッツゴールドめがけて突進した。
命を奪うつもりはない。
剣はあくまで、周囲の人々に対する威圧。
ほとんど完璧な誘拐計画だった。
ひとつだけ誤算があったとすれば……
「噴炎!」
「出伸蔓!」
この場に前途有望な若い魔術師が二人いたこと。
アナコンダは炎で男をあぶり、サオは蔓で捕縛した。
ほんの一瞬で、刺客は返り討ちにされてしまった。
人々はケーキを食べながら、
「お、おお……」
動揺する。
金縛りが解けたように、護衛の者たちが王子を囲む。
「王子! 見てくれたか!?」
護衛によって宮殿の中へと運ばれるプリケッツゴールドに向かって、アナコンダが叫ぶ。
「魔術は人助けになるんだぜ!」
「わ、わ、わ……」
「聞こえてるか!? 俺はみんなを守りたいんだ!」
「わぁ~ん」
泣いてしまった。
護衛の腕の中でしゃくりあげつつ、なぜか王子の心はあたたかかった。
硬い殻がほぐれて、ぽろぽろ落ちていく気がした。
* *
(どいつもこいつも楽しそうにしやがって……)
ジオは何もせず、一日中、座っていた。
動けば動いただけ腹が減る。
金のない日はじっとしているに限る。
いつもならビリーとくだらない話をして時間を潰すのだが、
(あいつめ、どこへ行きやがった?)
ビリーはジオに何も告げずにいなくなった。
こんなことは初めてだった。
(俺様を見捨てたのか? まさか……あいつも俺様と同じ境遇だ。どこへも行く当てはないのだし……じゃあ帰郷したのか? だったら最後に俺様へ挨拶のひとつくらいしてもいいだろうに……)
憂鬱な物思いに沈んでいくうち、ふとジオは自分が寂しがっていることに気づいた。
「ふ……」
自分らしくなかった、と頭を左右に振り、
(空腹で思考が正常に働いてないだけ)
ということにした。
その空腹をしのぐため、また辻斬り強盗でもやろうかと悪事をたくらんでいた時。
「ジオさん。ここにいたんですかい」
ふらっとビリーが現れたのだ。
まるでトイレから戻ってきたかのように、あっさり、しれっと。
驚きよりも嬉しさがこみ上げたのも束の間、ジオはビリーの唇にクリームがついているのを見て、すべてを察した。
「貴様……やつらの手伝いに行っていたな?」
ぎろりとにらみつける。
「姿を見せるなど、危険極まりないだろうが。わからんのか? 通報されてないだろうな?」
「まあ、それは大丈夫かと……」
「ふん。どうだか。貴様はうすのろだからな」
「……」
「にしても、どうして手伝いなんぞしたんだ? 飯にありつきたかったのか? 貴族としてのプライドはないのか?」
「……わしはみんなと頑張るのが楽しくて……」
ジオはこれを鼻で笑う。
そして相棒を、
「偽善者」
だの、
「ガキのパシリ」
だのと散々になじった。
ビリーは口答えせず、言われるがままになっていたが、ジオの罵倒が一通り終わると、
「ジオさん。何か食べましたかい?」
「いいや。俺様は貴様と違って、ガキや庶民にたかるほど落ちぶれちゃいないからな」
「そうでしょうね。あんたは食い物にもありつけない」
「何い!?」
ビリーの反撃が始まった。
家の格を比べれば、ジオの方が上だった。
だが、それがどうしたと言うのだ。
「あんただって次男坊。家を継げるわけじゃない。わしもあんたも同じく半端者どうしですぜ。なのに、あんたはずっと威張り散らしてきた」
「黙れ!」
「せっかくわしが食い扶持を見つけても、あんたが独り占めした。感謝の言葉もなし。わしは残り物をいただくだけ」
「……黙れ……」
「もうあんたとはお別れです」
ビリーはジオに背を向け、進み出した。
「わしは真面目に生きます。他人を傷つけるんじゃなく、守るために魔術を使うんです」
ジオはちっぽけなプライドに足をからめとられて、追いかけることができず、やけに大きく見える背中をただ呆然と眺めるだけだった。
わなわなと震える拳で壁を殴る。
「くそっ……」
完全に自業自得。
「どうして……俺様は……」
「ぬわぁ!!」
「!?」
突如、大きな音とビリーの野太い悲鳴、大地を揺るがすほどの衝撃がセットになってやって来た。
ビリーはすでに路地裏の角を曲がっているので、ジオのいるところからは彼に何があったかわからない。
「ビリー!」
走り出す。
「なんっ……」
思わず大声を出しそうになった口を両手でふさぐ。
続きは心の中で、
(なんだ、あれは……!!)
ビリーは死んでいた。
その死体のそばに立つのは、まるで人間とは思われない巨大な生物。
全身にふわふわとした毛が生え、鋭い口で何度も何度もビリーを突き刺す。
謎の生物は手に杖らしき物を握っている。
ビリーの全身は雷に打たれたかのように赤くなっている。
(こいつは……魔物!!!)
ジオはビリーの死体から目をそらして後ずさり、裏路地から通りへと出た瞬間、全力で駆け出した。
「うわ……うわぁぁああぁぁぁぁ!!!!」
恐怖を振り払うかのように、絶叫しながら。
人目など気にならない。
プライドなど、どうでもいい。
(死にたくない!)
ジオは泣いた。
走りながら、声をあげて泣いた。
ひしひしと、あの感情に胸を締めつけられたから。
(俺様は孤独だ……!!)
これにて第3章完結!




