第029話 クソデカケーキ大作戦
アナコンダ・クーパー……ハジャ村出身の熱血少年。魔力はないが国家魔術師になりたい。尻穴の中にニョルモルモを挿れることで魔術を使えるようになる。
ニョルモルモ……ヘビみたいなドピンクの魔物。種族は蛇人族。上官の猪人族に同胞を食べられた。
サオ・アルージャン……「ふえぇ~」が口癖の男の娘。かわいいものを集めるのが趣味で、裁縫が得意。アナコンダと同じく10歳。
チッチ・アルージャン……無表情の国家魔術師。アナコンダの弟子入りを認める。
ビリー・ブルドッグ……38歳。貴族の五男坊。アフロヘアーにだらしない体型。
ツェーマン・ベーション……〔杖のベーション堂〕の店主。元々は杖職人だったが、現在は射撃場を経営。
カイメンパール……ドジョウ王国の国王。長男を猿呼ばわりし、次男をこよなく愛する。
プリケッツゴールド……ドジョウ王国の第2王子。もうすぐ5歳。わがままで生意気。魔力がない。
ドジョウ王国の中心に、王族の暮らす宮殿がある。
「ここはすべてが美しい……」
訪れた者を嘆息させるのは建物だけではない。
そこで働く貴族たちの身なりも華やかだ。
家具も食器も、屋根も庭も、果てはトイレにいたるまで、すべてが清潔で麗しい。
こうした環境で育ったプリケッツゴールド王子は、5年間の人生でただの一度も、
「汚ないものなんて見たことがない」
そんな王子が廻縁にたたずみ、ある一点をにらみ続けている。
石造りのものものしい円形の建物――闘技場だ。
毎年、国家魔術師試験会場として用いられている。
「王子殿下。そろそろお戻りになられては」
「やーやーなの! もうちょっと、ここにいるの!」
「は……」
王子は常に厳重な警備に守られている。
筋骨隆々とした、いかめしい顔つきの男たちだ。
が、彼らでさえ、王子のわがままをたしなめることはできない。
「むうぅ……」
栗色の髪の毛が風になびく。
しずく形の太い眉毛とふくよかな福耳は王に似ており、威厳を感じさせるが、頬を膨らませて、眉間にしわを寄せた顔は子供らしくて可憐だった。
この美貌に、父である国王は鼻の下を伸ばしっぱなし。
プリケッツゴールドにかかれば、国王でさえ、
(ちょろい)
存在でしかなかった。
だが……
この世界に唯一、思うままにならないものがある。
「王子殿下には魔力がありません」
ある日、思ってもみない診断を下されてしまった。
普段なら叶えてもらえないわがままなどないのだが、こればかりは誰にもどうしようもない。
「魔力ちょうだい!」
「できることなら差し上げたいものですが……」
「なんでなのー!? なんで杖から魔術が出て来ないの!?」
「……おかわいそうに……」
他人から同情されるというのは初めての経験だった。
プリケッツゴールドは魔力を持つ者を憎んだ。
他人が自分にないものを持っていることが許せなかった。
「国家魔術師なんてなくしちゃって!」
「いいぞー」
国王におねだりして国家魔術師を廃止することが決定された。
その結果として、とりあえず今度の試験が中止になった。
これはほんの手始め。
ゆくゆくは、
(魔術は全部禁止ってことにしちゃおう!)
子供じみた八つ当たり。
それが通ってしまうのが、この国の現状だった。
ところで……
(明日は余のお誕生日……)
例年通りパーティーの準備が進められており、それはプリケッツゴールドも把握している。
だが、国王からは、
「プレゼントに何がほしいのだー?」
とたずねられていない。
多忙を極める国王は、すっかりプレゼントのことなど失念していたのだ。
王子みずから切り出してプレゼントの件に言及すれば、子煩悩の国王はどんな要求にでも応じてくれるだろう。
だが、
(そんなんじゃやーやーなの)
年齢相応に、愛に飢えていた。
親には常に自分のことを考えていてほしかった。
いや、親だけではない。
全人類に愛されたかった。
王子はぽつんとたたずんでいる。
愛に渇いた心は柔軟さを失い、硬く鋭く研ぎすまされていく。
(魔術師なんて、みんないじめてやる!)
* *
「朗報だよぉ!」
サオがへとへとになって射撃場へ入って来る。
自宅へ戻り、チッチに対し、
「ツェーマンさんのところで泊まりこみの修業するんだぁ」
と嘘をついた。
もちろん、本当は徹夜でケーキ作りをするつもりなのだが、それだと許可がおりないだろうと判断し、とっさの嘘をついた。
アナコンダのことに関しては、彼が射撃場にいると正直に告げた上で、
「一緒にがんばるから、許してあげてぇ」
「……ツェーマンさんに粗相のないように」
「うん!」
かくして、思ったよりも簡単に事が運んだので、サオはうきうきで戻ってきたのだが……
「どうしてみんな倒れてるのぉ?」
従業員も客も近隣商店の人たちも全員、床に寝ている。
と言うのも、この世界に電動の泡立て器などなく、すべて手作業でこなさなければならないわけで、
「熱血だー!」
体力無尽蔵のアナコンダ以外が疲れて動けなくなっているのも無理のないことだった。
「サオちゃん。ごめんね……」
うつ伏せになっているツェーマンがかすれた声で、
「うちの従業員も屈強な男ばかりなんだけど、さすがにケーキのサイズがサイズなだけに、ね……」
「もういいよぉ。無理しないでぇ」
「ああ……ぼくの青春はここまでだよ……」
力尽きたツェーマンは気絶。
すやすやと寝息をたて始めた。
「どうしよぉ……?」
「ごちゃごちゃ言ってないでサオも手を動かせよ!」
「ぼくは果物の生成のために体力を温存しておきたいんだもぉん」
「あーなるほど」
「アナコンダくんだけで残り全部作りきれるぅ?」
「4、5日くれ」
「王子様の誕生日は明日だよぉ!」
さすがにアナコンダ一人では間に合わない。
さあ、どうしよう。
ピンチを打開したのは、
「わしに手伝わせてくだせえ」
よろよろふらふらと射撃場へ入って来た男。
だらしない体型にアフロヘアー。
忘れたくても忘れられそうにない特徴を備えた、この男は、
「ビリー・ブルドッグと申します」
「ふえぇ~! またやって来たぁ~!」
魔術師狩りをしていた不良中年の片割れだ。
サオは怖じ気づいて震えるが、アナコンダは冷静にビリーを見つめると、
「サオ。何でもいいから果物を出せ」
「えぇ? どうしてぇ?」
「いいから。美味いやつを頼む」
「まさかこの状況で食事をぉ!?」
困惑しつつも言われた通り、バナナやイチゴを生成。
するとアナコンダはそれをビリーに投げつけ、
「食えよ」
ビリーはがっついた。
大量の果物をぺろりとたいらげる。
「もっとほしいか?」
アナコンダに問われると、ビリーは、
「ほしいです。お願いします。もっと、くだせえ。何でもしやすから」
「よし。じゃあ、ここで働いてもらおう。報酬は飯だ。植物を食いたいならサオに出してもらえ。肉が食いたいならサオにおごってもらえ」
「へい!」
すべてを押しつけられたサオは涙目で抗議。
「ぼくばっかり大変じゃぁ~ん! って言うか、どういうことぉ!? この人、どうしてここへぇ……」
「腹がへってんだろ。ま、こきつかってやろうぜ」
「でも……信じていいのぉ……?」
「人間、誰しも熱血だ」
「うん……うん?」
こうしてケーキ作りに新メンバーが加入したのだが、ビリーは手作業を拒否する。
「もっと効率のいいやり方がありますぜ」
「どんなやり方?」
「これを使うんでさあ」
ビリーが指し示したのは杖。
つまり魔術を使って調理しようという提案だ。
彼の系統は黄で、電気や雷を発生させられるのだが、
「それって料理の役には立たなくなぁい?」
「百聞は一見に如かず、です。ちょいとそこのじじいを実験に使わせていただきますぜ」
ビリーは、寝転がるツェーマンに向けて、
「神経操作」
すると、ツェーマンが立ち上がり、目にもとまらぬ速度でクリームをかきたて始めた。
「電気を体へ流しこむことで、強制的に動かすことができるんでさあ」
とのこと。
つまり、ツェーマンは動きたくて動いているわけではなく、無理矢理に動かされている。
「うわぁああ。ひどいじゃないの~!」
「そろそろ、このじじいは限界ですね。そうしたら、別の人間を……神経操作!」
魔術によって、人々が俊敏な動作を強いられる。
その効果は絶大で、普通に働くよりも、よっぽど効率よくケーキ作りが進む。
もちろん、働かされた人たちは、とんでもなく疲れる。
「これって、ひどくなぁい?」
「サオ。さっさとケーキ用の果物を出せよ」
「で、でもぉ……」
「嫌なら、あのおっさんの魔術で操作されてもらうぜ」
「ふえぇ~!」
こうして、人権ガン無視の作業は昼を過ぎても、日が暮れても、夜になっても続けられた。
夜半。
疲労困憊で横になっていたサオが、おそるおそる、ビリーに話しかけてみた。
「もう一人のおじさんはどうしたのぉ……?」
「知りませんや」
「お友達なんでしょぉ?」
「あいつはいつも偉そうで、わしをこきつかって……もうどうでもいいんです。それより……今まですみませんでした……」
「わぁっ。泣かないでぇ! ほら。ぼくのバナナ食べていいからぁ!」
ちなみに、できあがった部分の鮮度は、
「系統が紫の人は風を送ってくれ。青の魔術が使える人は氷を作って冷やしてくれ」
射撃場に偶然いあわせただけの客の魔術によって保たれた。
彼らは粋のために苦行へ身を投じ、限界が訪れると気をうしなった。
次々に脱落者が増えていく中、アナコンダだけは、
「熱血だー!」
ずっと熱血だの何だのと叫び続け、一睡もしなかった。
途中、尻穴の中にいたニョルモルモが、
『付き合ってられんわ』
寝落ちした。
すると、
「あ……あれ?」
突然、魔術が使えなくなり、アナコンダはあせった。
何が原因なのかわからなくて、跳び跳ねたり逆立ちしたり下っ腹を叩いたりしているうち、
『うおっ!? なんやなんや!?』
ニョルモルモが目を覚ました。
すると、途端に魔術が使用できるようになった。
アナコンダはほっとすると同時に、小声で、
「寝ないでくれよな」
『へえ……わしが寝とる間は魔術が使えんのかい……ほなお前も寝ろや』
「昼も夜も熱血だ!」
『ほんまうっとうしいわ、こいつ』
文句を垂れつつニョルモルモは、ずっと起きていてくれた。
そして、朝。
プリケッツゴールド王子の誕生日当日。
王族の誕生日は祭日とされ、全国各地で祭りがもよおされる。
城下町では屋台が並んだり大道芸人が芸を披露したりと、いつも以上ににぎわっている。
そんな中、ケーキ作りが、
「完成だ!」
縦に5メートル。
横に3メートル。
まさに巨大ケーキ。
白いクリームを基調とし、たくさんの果実が側面全体にはめこまれている。
重たいケーキを支えるために、最下層にはタルトの生地。
更に、食感にアクセントを加えるため、スポンジの中に砕いたクッキーが混ぜこまれた。
「試食……しちゃダメだよな」
「ダメだろ……」
「目で食え、目で」
誰もが唾を飲みこんだ。
さて、あとは全員でケーキを王宮へ運ぶだけ。
「行こうぜ!」
アナコンダを先頭に、人々がケーキを載せた荷台を押し始めた。
が……
「重い……」
じわじわとしか前進しない。
このペースで進むと、王宮へ到着する前に消費期限がきてしまう。
どうしようかと困っていると、
「俺たちに任せな!」
筋肉の鎧におおわれた男たちが牽引を買って出た。
腕にはタトゥーが入っており、服は薄汚れ、いかにも悪人面だが、彼らを恐れる者は誰もいない。
男たちはアナコンダを見つけ、
「おう、坊主。久しぶりだな!」
「今朝、王都へ着いたばかりだが、お前が面白いことやってるって聞いて駆けつけたぜ」
「俺たちにも、いい格好させろよ!」
「お前みたいな熱血野郎には国家魔術師になってもらわなきゃ困るからな」
彼らは、かつてアナコンダによって救助された船乗りだ。
その行動と巨大ケーキに、大通りの人々が、
「粋だね!」
と、はやし立ててくれる。
「ありがとう……! みんな、ありがとう!!」
(*´-`)




