第022話 個人的な感情
アナコンダ・クーパー……ハジャ村出身の熱血少年。魔力はないが国家魔術師になりたい。尻穴の中にニョルモルモを挿れることで魔術を使えるようになる。
ニョルモルモ……ヘビみたいなドピンクの魔物。種族は蛇人族。上官の猪人族に同胞を食べられた。
チッチ・アルージャン……無表情の国家魔術師。アナコンダの弟子入りを認める。
サオ・アルージャン……「ふえぇ~」が口癖の男の娘。かわいいものを集めるのが趣味で、裁縫が得意。アナコンダと同じく10歳。
「ふぅん。熱血少年ねぇ……」
夕暮れの城下町。
石畳で舗装された道路の上を、馬車が走る。
箱形のキャビンに座っているのはチッチと……中年男性。
チッチは王宮にて業務報告を終え、帰宅する途上だろう。
真向かいに座る男性は、金髪オールバックで痩せ型。
八の字にした眉の下で、いかにも優しげに目を細めている。
いったい二人はどういう関係なのか。
「同年齢でも、うちのサオとはずいぶん違うみたいだね」
「まったく違う。が、どちらにも手を焼かされる」
「と言うと?」
「サオの軟弱さは言うまでもないが、アナコンダの暑苦しさもなかなか……」
夫婦だ。
つまり、サオの父と母。
チッチは、勝手によその子供を引き取ったことをわびたが、
「ふふ。いいじゃないか、うちがにぎやかになるのは」
夫ソシーツ・アルージャンは微笑した。
彼は王宮勤めの下級貴族。
全国各地をあわただしく旅する妻とは顔を合わせることも少なく、今日のように帰りが同じになることなど滅多にあるものではない。
二人とも自分専用の馬車を持っているわけだから、あえて同じ馬車に乗らなくてもいいのだが、王宮内で偶然再会した際、チッチの方から、
「話したいことがある」
と誘ったのだ。
その話のひとつがアナコンダのことだった。
馬車は急がず、ゆっくりと走行する。
すれちがう庶民が頭を下げるたび、ソシーツが手を振る。
貴族が庶民に対して、このようにふるまうことは通常ありえない。
貴族も庶民も互いに、
「住んでる世界が違う」
と思いこみ、特別に用がなければ会話をすることもないし、また、たいていの貴族は尊大なので、庶民から好かれていない。
その点、いかにソシーツが好人物であるかうかがい知れる。
妻から急に居候を預かるよう頼まれても、
「楽しみだ」
と笑う男だった。
「だけど、それを言うためだけに、わざわざ私と同じ馬車に乗ったのかい?」
「十分重大だと思うが……」
「事前に手紙で知らせてくれたじゃないか」
「……」
「他にも言いたいことがあるみたいだね?」
「実は、今年の国家魔術師試験のことなのだが……」
チッチは職場で、ある噂を聞いていた。
その真偽について、大蔵省勤務である夫ソシーツと密かに話し合うには、車の中が最適だった。
ここなら誰かに聞き耳をたてられる心配もない。
声を低くした会話は、馬車が屋敷に到着するまでの数十分間、終わることがなかった。
その結果がどうだったかと言うと……
「お帰りなさいませ……あっ」
出迎えたメイドが恐怖ですくむほどチッチから殺気がみなぎっていたことから、察せられよう。
「あの……奥さまは……」
おそるおそる問いかけるメイドに対し、ソシーツは、
「大丈夫。気にしないでいい。いつものことじゃないか」
ほがらかに笑った。
大それたことは考えず、ほどほどの幸せをかみしめて生きていこうというのが、この男の性分。
妻の機嫌が悪くなっても、無理になおそうという努力はしない。
「ところで、アナコンダくんは?」
「あの子なら、家の中に……」
「ほほう」
うきうきした足取りで屋敷へ入ったソシーツ。
だが――
彼を出迎えたのは、
「初めまして」
意外と礼儀正しい少年だった。
さすがに初手から、
「熱血だー!」
をかますほどバカではないらしい。
挨拶もそこそこに、サオが、
「それより早く早くぅ。夕食を食べようよぉ~」
と両親を居間へ押しこんだ。
家族全員がそろって食卓を囲むのは久々なので、メイドに頼んで、豪華な夕食を用意してもらっていた。
魚のムニエルに旬の野菜を添えた一品。
角切りにしたかぼちゃを玉ねぎやにんじんとともに豆乳で煮こんだスープ。
コーンを混ぜたパン。
デザートにはいちごやラズベリーなどの果物をふんだんに使用したケーキ。
最高の食事……のはずなのだが、
「……」
アナコンダは静かだ。
虚空を真剣な眼差しで見つめ、ぼうっとしている時間が多い。
聞いていた話とあまりに違うため、ソシーツは困惑した。
が、きっと緊張しているのだろうと思い、
「アナコンダくん。ハジャ村はどんなところなんだい? 地酒はあるのかな?」
「酒は……わからないけど、みんなよく飲んでた」
「きみは飲まないの?」
「俺はまだ子供だぜ」
「そう? 私がきみくらいの歳の頃には、リキュールをちびちびと……」
これはチッチに怒られた。
気を取り直して……。
ソシーツは村のことをあれこれたずねた。
最初は気乗りしなかったアナコンダも、次第に打ち解け、笑みが浮かんできた。
だが、そのうち疑問がわいてきた。
「俺って、ここにいてもいいのか?」
ソシーツもチッチも、
「……」
きょとんとした。
「もちろん、いいとも」
「じゃあ、宿泊のお礼と言うか、一宿一飯の恩義と言うか、何かお手伝いすることがあったら――」
「アナコンダくん」
ソシーツが食後の酒を舐めつつ、
「きみはもう、うちの子だ。自宅で遠慮なんかする子供がいるかい。たっぷり遊んで、たっぷり食べて、たっぷり寝て、大きく育てばいいのさ」
「……」
「ふふ。かっこいいこと言っちゃったけど、かく言う私は体が弱くてね。子供の頃は走るのも苦手だったよ。きみみたいに元気な子がうらやましい」
「おじさん。ありがとう……俺……」
アナコンダは椅子を下り、がばっと土下座した。
「国家魔術師に、俺ぁなる!!!!」
「うんうん。頑張れ。ただし、うちの妻は厳しいぞ」
「知ってるぜ!」
ケーキをたいらげたチッチが、
「バカなこと言ってないで、歯をみがいて寝ろ」
「熱血だ!」
「うるさい」
噂通りの熱血少年を、ソシーツがあたたかい目で見守っている。
* *
食後。
アナコンダは無言で立ち尽くしていた。
居候となる少年に対し、チッチは、
「サオの部屋で寝起きしろ」
息子の部屋をあてがった。
あてがったと言っても、アナコンダ専用の部屋にしたわけではない。
共同で使用しろとの指示だった。
本当のところ、いくらアナコンダが急な来客とは言え、この広々とした屋敷には、空き部屋がいくつもある。
にもかかわらず、わざわざ二人を同部屋にしたのは、
(あいつの熱血がサオにいい影響を与えるかもしれない)
こうした意図があったからだ。
ところで、このサオの部屋というのがすごかった。
「おお……」
さすがのアナコンダも絶句する。
自作のぬいぐるみが何十体も並べられており、カーテンはふりふり。
机も椅子もごてごてに装飾がほどこされ、収納棚や間接照明といった何気ない物まで、どこで買ったのか聞きたくなるようなデザインになっている。
サオが自分のセンスで〝かわいい〟を集めた結果が、この部屋だ。
「目がちかちかするぜ……」
「でも布団はふっかふかでええ感じやわ」
ベッドの上にはニョルモルモがいた。
ドピンクの体がこの部屋になじむ。
一見しただけでは魔物が寝転がっていることに誰も気づかないだろう。
木を隠すなら森の中、といった状態になっている。
「今日から、ここがわしの住みかなんやな……えげつないな」
射撃場から帰宅した後、アナコンダは一人で入浴。
その際にニョルモルモを尻から出して洗ってやり、以後、ポケットの中へ入れておいた。
「にしても、お前だけ美味いもん食いやがって。なんでわしによこさんねん」
「夕食のことか? 全部美味かったけど、特に俺が気に入ったのは豆乳のスープで、濃厚な舌触りがたまんないし、ごろごろした野菜との組み合わせも最高だったぜ」
「誰が味の感想を言うてくれって頼んだんじゃ!」
「いやー。メイドとかいうやつらが突っ立ってるせいで、ニョルモルモに食事をおすそわけするすきがなくってさ」
「ほしいんは言いわけちゃう。猿人族の飯や」
ぐちぐちとうるさいので、アナコンダはニョルモルモをぐにぐにとマッサージして黙らせてやった。
サオが部屋に入ってきたのは、その時だった。
「あ……ごめぇん!」
なぜかサオは顔を赤らめ、目をそらした。
アナコンダは扉に背を向ける形でベッドの上に座っていた。
もし扉の方を向いて座っていれば、ニョルモルモを見つけられていただろう。
アナコンダはあわててニョルモルモをポケットにしまう。
「さっさっっさっささサオ!」
「な、なぁに?」
「み……見たか?」
「な、なな何にも見てないよぉ!」
「本当か?」
「だってぇ……男の子だからしょうがないよねぇ」
「……?」
何か勘違いしているらしい。
しばらくサオは無駄にぬいぐるみの位置をずらすなどして時間をつぶしていたが、やがて照明を落としてベッドの上に寝転がった。
暗い部屋。
二人きり。
ひとつの布団にくるまる。
なんとなく気まずい。
「……悪いな」
唐突にアナコンダが謝る。
「いいのいいのぉ。全然気にしないでぇ。ぼく今まで兄弟いなくて寂しかったんだもぉん。アナコンダくんが来てくれて嬉しいよぉ」
サオはアナコンダにくっついた。
腕を絡めて、頬をすりよせる。
「な、なんだよ。俺がかっこいいってことか?」
「かっこいいんじゃなくて、かわぃ~のぉ」
「それ喜んでいいのか?」
「いいよぉ」
「俺のどこがかわいいんだよ」
「だってぇ、ぼくのこと守ってくれたしぃ、女の子だって勘違いしてくれたしぃ、顔もかわいいしぃ、サイズも……あ、ごめんねぇ」
「もうお前とは口聞かないぜ」
「ふえぇ~。そんなこと言わないでぇ~。明日も一緒に遊ぼうよぉ~」
「遊びに来たんじゃないぜ。俺は師匠にきたえてもらうんだ。そして試験に合格して、国家魔術師に、俺ぁなる!」
サオにはまったく理解できなかった。
国家魔術師という職業には危険がつきものだ。
多少待遇がよいものの、命と引き換えだと考えたら、むしろ安いくらい。
サオは母に国家魔術師を辞めてくれと何度頼んだか覚えていないし、
(ぼくだって、絶対なりたくなぁい)
そこで思い出すのは、射撃場でのアナコンダの発言。
「両親は魔物に殺された」
果たして本当なのか?
くわしい事情を知らないサオ。
他人が踏みこんでいいものか測りかね、聞きたくても聞けずにいた。
すると、アナコンダが、
「なんか、いいよな……サオの家族」
父を亡くして5年。
母を亡くして数ヵ月。
家族団欒は久しぶりだった。
「まあ、俺はこの家の子じゃないけどさ。楽しかったぜ」
「……アナコンダくんの家族って……」
「死んだよ」
案外、アナコンダはあっけらかんと話してくれた。
ここにいたるまでの壮絶な体験を。
自分と同じ年齢の子供が、自分とはまるで異なる人生を歩んできたと知り、サオは、
「だったら尚更そんな危険な仕事はやめなよぉ! だって……今度はきみが犠牲になるかもしれないよぉ?」
「言っただろ? 俺はもう一人ぼっちなんだ。だから、俺以外のみんなに家族をうしなう悲しみを味わわせたくないし、みんなを守れるなら、俺が喜んで犠牲になるよ」
サオは何も言えなかった。
* *
翌朝。
眠れなかったのか、サオの目の下にはクマができている。
朝食の後、
「今日から本格的に修業を始める」
「おう!」
さっそく準備に取りかかった母チッチ。
そこへサオが近づいて、
「ぼくも国家魔術師を目指すよぉ!」
これにはチッチも呆気にとられた。
裁縫が趣味の軟弱な息子の口から、こんな言葉が出てくるとは信じられなかった。
幻聴を疑った。
チッチはこみあげる笑みを押し殺しつつ、
「手加減しないが、いいのか?」
「うん!」
これにて第3章完結です。
しばらくの間21時ぴったり予約投稿をやめて
リアルタイム投稿してみましたが、
たいしてPV数に差がなかったため
明日からはまたぴったり21時予約投稿に戻します。
( ̄▽ ̄;)




