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第023話 ドジョウ王国の王族

チッチ・アルージャン……無表情の国家魔術師。アナコンダの弟子入りを認める。

 ドジョウ王国は島国だ。

 北部・中部・南部に分かれ、中部の真ん中あたりに王都がある。

 王宮は王都の中心部に位置する。

 環濠を橋で渡ると、五つの庁舎が円を描くように建っており、王族の住まう宮殿を囲んでいる。

 要するに、


「国の中心に王族がいる」


 ことになる。

 さて、当然だが、誰もが宮殿に入れるわけではない。

 貴族でさえ許可なしに入ることはできない。

 例えば、ソシーツは自身の職場である大蔵省の庁舎へは入れるが、宮殿へは入れない。

 無理に入ろうものなら、その場で処刑されてしまうだろう。

 宮殿への出入りを許されているのは召し使いと警備、そして……


「どうぞ」


 今まさに、宮殿の中へ入ったのはチッチだ。

 書類を提示するでもなく、身体検査を受けるでもなく、顔パス。

 それは彼女が国家魔術師だからだ。

 国家魔術師は国王直属の地位。

 ゆえに、会議や任務報告といった仕事は、ここ宮殿でおこなうことになっている。

 だが……


「今日は出勤日でもないのにね~」


 会議室には、二人の先客がいた。

 足を机の上に投げ出している男は、肩まで垂らした茶色の髪に、色眼鏡。

 ダメージ多めのファッションを愛するあまり、まるで浮浪者のような風貌になってしまっているが、本人はそんなことお構い無し。


「てかさ。今日、仕事おわったら飲み行こうよ」

「コンゴミノ。誰から呼び出しを受けた?」

「んもお~。チッチちゃん。仕事の話とかやめようよ」


 コンゴミノと呼ばれた中年は見た目通り、中身もちゃらついているようだ。

 それとは対照的に、ぴしっと背筋を伸ばして椅子に座っている男が、


「コンゴミノ! 職場で仕事以外の話をするの、よろしくない!」


 こういう注意をするだけあって、いかにも真面目そうな風貌かと言えば、そうではない。

 長い髪をゴムでとめてツインテールにし、ぽっちゃり体型をどでかいワンピースで包む一方、ちょっとしたヒゲを鼻の下にたくわえている。

 愛用の杖は、先端部分がアヒル。

 要するに、女児服女装のおっさんだ。

 彼はロスレス・ソージョー。


「私、国王陛下に呼ばれて来たよ。チッチも同じか?」

「ああ……」


 コンゴミノもロスレスも、チッチと同じく国家魔術師。

 彼らが国王から召集されるのは、


「会議の時くらいっしょ? でも今日は会議の日じゃないじゃん」


 コンゴミノが眼鏡の上から二人をじろじろ見つめ、


「きみたち、心当たりないの~? 悪いことしたなら素直に言いな?」

「お前と一緒にするな」

「何だと、こいつ~」

「触るな。殺すぞ」

「おい。やめっ……杖を向けるな!」


 コンゴミノとロスレスがふざけるのをよそに、チッチは、


「今日の用件。私は二つの可能性が思い当たる」


 コンゴミノが顔をしかめ、


「二つ? 例のあれじゃないの? ほら。ちっこいわがまま王子様の、さ」

「もうひとつ。わからないか? お前も最近、噂を聞いているはずだ」

「え? あー……でも、今日呼ばれてんのは俺らだけっしょ? じゃあ、さすがに……ねえ?」


 ここのところ。

 国家魔術師の間で、ある噂がささやかれていた。

 噂は噂。

 確証はない。


「本当かも。嘘かも。でも、私たち何もできない。考えるの無駄よ」

「ってか、俺らが路頭に迷わないですむなら、それでよくな~い?」


 思考を放棄するロスレスとコンゴミノ。

 チッチは無表情のまま言い放つ。


「民を守るのが国家魔術師の務めだ」

「チッチちゃんは真面目だね~。ま、今日は王子様の一件だと思うよ。というわけで、チッチちゃん。よろしくぅ」

「何を?」

「王子様へ引導をわたすのを、さ」

「……」

「へへ。俺はごめんだね~。八つ当たりなんかされたくないもん。なんせ、わがまま王子様ったらガキンチョ丸出しで――」


 ちょうど、その時。


「入るぞ」


 会議室へ大男が入ってきた。

 国家魔術師三人が目を見開く。


「王子殿下……!」


 そう。

 モヒカン頭に、しずく形の太眉。

 ふくよかな福耳。

 そしてドジョウデザインのマントは、まさしくこの国の王族の特徴だ。


(これは驚いた……)


 さすがのチッチも緊張する。

 まさか王子みずから、


「その方たちを迎えに……」


 来るとは思ってもみなかった。

 コンゴミノは足を机の上から急いで下ろそうとするが、あわてていたので、椅子から転げ落ちてしまう。

 コンゴミノがもたつく間にチッチとロスレスは敬礼。


「まあ、堅くならず。楽にしてくれ」

「しかし……」

「そうかしこまられると、余がわがまま王子と噂されてしまうではないか」


 コンゴミノの軽口を聞いていたらしい。

 だが、こうしてそれをからかうあたり、権威を笠に着てふんぞりかえるタイプの男でないようだ。

 左手にトゲだらけの金棒を持ち、青々としたヒゲの剃り跡を右手でなでるたび、体の中で唯一丸出しになっている大胸筋が揺れる。

 奇抜だが頼もしげな男。

 それが、この国の第1王子。

 名をチクニーダイアモンドという。


「い、いえいえ~。俺がわがままって言ったのは第2王子様のことで……」


 コンゴミノは立ち上がりながら言い訳をしたが、すぐさまロスレスに、


「それはそれで失礼よ!」


 つっこまれて青ざめた。

 チクニーダイアモンド王子は、これを笑い飛ばす。


「いや、実際、そちの申す通りだ。弟には余も手を焼いておる。弟だけではない。父上もずいぶんと自分勝手なところがある」

「な、何をおっしゃいます……」

「今日の用件はわかっておるだろう?」

「はあ……まあ。なんとなくは……」


 チクニーダイアモンド王子は会議室を出て、階段をのぼる。

 その後ろをチッチたちがついていく。

 長い長い階段には、白い大理石や金、銀、あらゆる宝石が惜しげもなく使われている。

 踊り場の壁に豪華なステンドグラス。

 それとは別に、小さな窓がところどころにあるのは、採光のため。

 加えて、それでも光が届かない場所には行灯(あんどん)が設置されている。

 宮殿の中が光で満ちる設計だ。

 まばゆい光の中で、チクニーダイアモンドが声をひそめ、


「その方らの診断次第で、王国の将来が決まるであろう」


 と言った直後に微笑を浮かべ、


「別に圧をかけているわけではない。そもそも、家督は長男が継ぐもの。常識だ。父上が決断なさらぬのがおかしいだけだ」


 三人の魔術師は何も言えない。

 チクニーダイアモンドが大きな扉の前で立ち止まり、魔術師一同を見つめる。


「恐れることなく、真実を突きつけよ」

「は……」


 扉が開かれた。


「はっはっはー! よくぞ参られた!」


 通されたのは、王族の居住空間。

 出迎えたのは、ドジョウ王国の国王カイメンパールその人だった。

 王族らしく、モヒカン頭にドジョウマントの装い。

 王としての苦労がしわとなって顔に刻まれている。

 そのたたずまいからは、


(なんとも言えない風格……)


 が感じられる。

 チッチたち国家魔術師が膝をついたのも当然のこと。

 が、国王カイメンパールはにこやかに、


「まあまあ。挨拶はほどほどにして。さあさ。こちらへいらっしゃーい!」

「は……」


 武装した兵士が十名ほど。

 厳重な警備の中心には、国王カイメンパールの他に、もう一人。

 アナコンダやサオよりも小さな子供だ。

 少年よりも児童と呼称した方がふさわしいだろう。

 が、年齢は幼くとも、その特徴的な容姿からわかる通り、彼もまた王族男子。

 第2王子プリケッツゴールドだ。

 ただし……


「今日はそちの晴れの日だぞー!」

「……」


 父である国王に頭をなでられても無言。

 不機嫌そうな表情を隠さない。

 また、チッチら国家魔術師に対するねぎらいの言葉もなく、黙って、ふんぞり返っている。

 こういうところは、


(年齢相応……)


 チッチもコンゴミノもロスレスも、決してそれを口には出さなかったけれど。

 国王は次男プリケッツゴールドをなでながら、


系統(カラー)の異なるえりすぐりの国家魔術師諸君。わざわざご足労を願ったのは、近く、この子が5歳となるからだ」


 魔力を持って生まれた者なら、だいたいそのくらいの年齢までに魔力を発現する。

 それに関して、


「プロの国家魔術師諸君に診断してもらいたーい!」

「はっ」

「まず、魔力があるのか。いや、まあ、あるのが普通だろう。魔力のない王族など、前代未聞だからな。それより、系統(カラー)は何か。それを調べてほしいぞー! はっはっはー!」

「承知しました」


 王族とは……

 かつて戦場で魔術を用いて活躍した武将の子孫だ。

 魔力は遺伝するもの。

 よって、代々の国王はもれなく魔力を有していた。

 一部例外はあるが、系統(カラー)(イエロー)


「それでは、早速……」


 チッチたちは、プリケッツゴールド王子に杖を持たせたり、呪文を詠唱させたりして、それを国王がにこにこ見守っている。

 一通り診察が終わったところで、国王が、


「どうだ?」

「……」


 コンゴミノとロスレスは答えない。

 うつむきがちになって、チッチを見つめる。

 その視線にうながされて、チッチは答えた。


「魔力がありません」

「ふーむ。系統(カラー)は何だー?」

「いえ……魔力がありません」

「……やっぱり(イエロー)かー?」

「……残念ながら……」

「はっはー……」


 唖然。

 呆然。

 沈黙。

 室内が気まずい空気に支配される。

 王族にもかかわらず、魔力がない。

 前代未聞の事態だ。

 しかし、本当のところ、こうした診察をするまでもなかった。

 なんだかんだ国家魔術師は経験豊富。

 長年の勘で、


(プリケッツゴールド王子殿下には、おそらく魔力がない)


 ことは、王子のまとう雰囲気から、なんとなく察しがついていた。

 この状況で唯一笑みを浮かべているのがチクニーダイアモンド。


「これで決まりですな」


 国王に接近しつつ、


「王位は余が継承させていただく」


 国王は顔を伏せ、震えるばかり。

 何もしゃべらないから、


(泣いておられる……)


 と周囲の者たちは思った。

 そう。

 国王は確かに泣いていた。

 が、それは悲しみの涙ではない。


「素晴らしい……」


 国王が涙に濡れた顔をあげる。


「神様のおぼしめしに違いなーい!」


 人々は困惑した。

 我が子に魔力がない、つまり王になる資格が不足していると知り、なぜ嬉しそうなのか。


「わからないかー? 神様は武器の放棄と不戦の誓いを求めておられる。魔力を持たないプリケッツゴールドこそ、民の指導者としてふさわしいじゃないかー!」

「父上。お待ちください」

「寄るな。猿め」


 父から冷たい視線と言葉を浴びせられても、長男チクニーダイアモンドは負けずに、


「魔力のない王は民を守れませぬ」

「国防など……そんなもの、国家魔術師に任せればよいではないかー」


 言い放った国王。

 確かに、国王みずから前線に立つことなどあるまい。

 そういう意味では必ずしも間違いではないが……。

 問題は、国王が何事においてもプリケッツゴールドを擁護することにあった。


「魔力なし」


 の診断を下されてから、ずっと涙目でぷるぷる震えていたプリケッツゴールド。

 とうとう涙が決壊。


「やーやーなの!」


 初めて、まともにしゃべったと思ったら、それがとんでもないわがままだった。


「魔力があるやつはやーやーなの!」

「な、泣くんじゃなーい」

「やーやーなの!」

「余にどうしろと申すのだー?」

「国家魔術師なんてなくしちゃって!」


 普通の王なら一蹴するだろう申し立て。

 が、この国の王は、なんとこれを、


「いいぞー」


 受け入れてしまった。

 チクニーダイアモンドが、


「父上! なりませぬ!」


 食ってかかったが、


「猿が余に話しかけるんじゃなーい!」


 父たる王には、まるで相手にしてもらえなかった。

 この時。

 無言のままに立ち尽くすチッチは極度の不安にさいなまれていた。


(噂は本当だった……!)


 その噂とは……。

 国王が国家魔術師を廃止したがっている、というもの。

 今、国王はその名目を手にした。

 すでに王の目に涙はない。


「国家魔術師会議を召集せよ!」


(。-`へ´-。)

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