↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
2/3

第2話「握手会は戦場より怖い」

登場人物はすべてオリジナルです。


一 勝ったわけじゃない


ハレノヒ・サミットから三日。


スマイルイーターは、ぼんやり光る七本のペンライトを睨み、「……出直します」とだけ言い残して消えた。勝ったのではない。吸えるものがなくて、気味悪がられただけだ。


サンライズの五人はまだ入院中で、倒れた観客たちも少しずつ光を取り戻している最中だった。橘みかんも「陽の気の療養中」で、事務所の簡易ベッドで毛布にくるまっている。


そして今日は、デビューシングル『ニセモノのひかり』の発売記念握手会だった。


「世界の危機でも、握手会は開催されるんですね」 搬入口で、綴木ことはが呟いた。


「中止にすると違約金が出ます」 蜜原ゆずが即答した。


「現実的」


「現実の話は、得意です」


二 六秒の戦場


会議室を改装した会場に、七つのレーンが並んでいる。みかんのレーンには「お休み中」の札が立ち、そこだけ静かだった。


握手は一人、六秒。時間が来ると、スタッフが「お時間でーす」と声をかける。


七人は、それぞれの六秒を戦っていた。


あかりのレーンでは、元気の押し売りが続いている。


「今日もありがとう! 元気、出た?」


「出ました! あかりさんの笑顔で一週間いけます」


「でしょ! 一週間分、置いていくね!」


笑顔を渡し、また笑顔を渡す。そのたびに、自分の中の何かが、少しずつ減っていく。


ゆずは、うつむいた青年の手を両手で包んでいた。


「ぼ、僕なんかが、握手してもらって……」


「『僕なんか』は禁止でーす♡ はい、ゆずを好きになっちゃえ♡」


青年は真っ赤になって去っていく。ゆずは手帳に素早く書き込んだ。『上目遣い、角度十五度、反応良好』。計算だ。計算だが、青年の背中は、来たときより少し伸びていた。


ちさとは、一拍遅れていた。


「ちさとさん、今日の衣装、すごく……」


「…………」 (脳内ではいま、衣装を褒められた少女が運命の人と出会う第三章が始まっている)


「……ありがとう、似合ってる?」


「え、あ、はい、あの、いま会話が一周遅れで」


「え?」


ファンは、なぜか幸せそうだった。


ふわりは、握った手を離さなかった。


「お姉さんですからね、元気を分けてあげます」


「ありがとうございます……」


「もうちょっとだけ」


「お時間でーす」


「あと、ちょっとだけ……」


引きはがされるのは、いつもふわりの方だった。


夜凪るりは、朝十時の光の下で、魂が半分抜けていた。


「眠そうですね」


「……うん。でも、あなたが来たから、起きた」


ファンが息を呑んで固まる。るりは小声でつぶやいた。


「今のセリフ、夜ならもっと言えた」


ことはの机には、台本の代わりに小さなノートが置いてあった。ファンの名前、前回の話題、呼ばれたい呼び方。握手会に台本は使えない。だから彼女は、徹夜で全員分の「事前準備」をしてきた。


みおは、三人目で泣いた。


「昨日、仕事で、ひどく怒られて……」


話の途中なのに、みおの目から涙がこぼれる。


「ご、ごめんなさい、泣かせてしまって……」


「ううん、わたし、もらい泣きしやすくて……」


握手の手は、二人でしばらく濡れていた。


三 笑顔チェック


異変は、窓際の列から始まった。


見慣れない黄色の腕章のスタッフが、列の人に声をかけて回っている。


「笑顔チェックにご協力くださーい」


スタッフが手にしているのは、笑顔の度数を測る「笑顔スコアカード」だった。


「笑顔の足りない方は、握手会にご参加いただけません」


列の空気が、ぴんと凍った。


ことはのレーンには、小柄な青年が並んでいた。窓辺さん。先週が初めての握手会で、六秒の間、ひとことも話せなかった人だ。ことはのノートには「窓辺さん・猫が好き(話せなかった)」と書いてある。


窓辺さんは、必死に笑おうとした。口の端が引きつり、冷や汗が出る。


「スコア、ゼロ」


腕章のスタッフがそう言うと、窓辺さんの顔に、白い仮面がぴたりと貼りついた。


「……ノルマ兵」


あかりが低くつぶやく。声は、いつもの元気ではなかった。


「みんな、ペンライト」


四 ニセモノの変身、ニセモノの戦い


「せーの、で笑うよ」


「本当は、ちょっと、こわいけど」


「笑って、ラフ、ラフ——力を抜いて! ラフ・チェンジ!」


ぼんやりした光が、会場に広がった。眩しくない光だった。だから会場の人々は、目を閉じることなく、そのまま事態を見ていられた。


腕章のスタッフが、仮面の兵士に変わって襲いかかる。数は十数体。


「笑顔スコアを提出しなさい!」


「はーい♡ わたしの笑顔、百点満点でーす♡」 ゆずがあざとい笑顔で前に出る。兵たちの標的が、いっせいにゆずへ向いた。ぶりっ子ガード。ヘイトを集めるのは、いつだってあざとい子の役目だ。


「提出……笑顔スコア、提出……」


「はい、こちらどうぞ」 あかりが、突然の全力変顔を披露した。眉、頬、口、すべてを使った、人類に許された最大限の変顔。


「何点ですか!?」 兵の仮面にエラー音が走る。「測定……不能」。空元気スラッシュ。笑いは、敵の初撃を逸らす。


「ごめんね、ちょっと甘い夢見てて」 ちさとの脳内ロマンス劇場が展開し、兵の一団が、なぜか恋愛ドラマの第一話に見入って動かなくなった。


ふわりは、巻き込まれた来場者に「ぎゅーっと回復」を連発している。


るりの影の奇襲は、朝だったので威力が半分だった。半分の影は、兵の一体を転ばせたあと、「……ごめん、眠い」と言ってそのまま床に座り込んだ。


そしてことはは、窓辺さんの前に立っていた。台本は、ない。だがノートは、ある。


五 六秒の沈黙


仮面を貼りつけられた窓辺さんは、声が出なかった。いや、もともと出なかったのだ。この人はずっと、「ちゃんと話さなきゃ」と思って、話せなくなっていた。


「……窓辺さん」 ことはの声は、震えていた。


「先週、握手のあと、ずっと考えてました。猫が、お好きなんですよね」


窓辺さんの肩が、小さく動いた。


「わたしも、人と話すの、ずっと苦手で。だから、準備して、ノートを書いて、それでようやく、ここに座っています」


ことはは、ノートを閉じた。


「話さなくて、いいです。六秒、一緒に黙ってましょう」


沈黙が、始まった。


一秒。二秒。三秒。


窓辺さんの仮面に、ひびが入っていく。


四秒、五秒。


「……ね、猫の、名前、は」


かすれた声が、出た。


「……ミルクです」


「ミルクちゃん」


ことはが笑った。ニセモノではなく、本当に笑っていた。


六秒が、終わった。仮面は、音もなく砕けた。


同時に、兵たちも次々と崩れ、床には空っぽの制服と、割れた仮面のかけらだけが残った。そのかけらのひとつに、みおが、そっと触れた。


その瞬間、仮面の奥から、感情が流れ込んでくる。ずっと笑っていなさい。笑えない者は要らない。笑え。笑え。笑え。


「……つらかったね」 みおは、泣きながら、膝をついた。


「みお!」 あかりが、駆け寄る。支える腕が、少し震えていた。


「大丈夫」


「大丈夫じゃないでしょ」


「……うん、大丈夫じゃない」


みおの声は、どこか、すっきりしていた。


六 戦場より怖いもの


握手会は、三十分遅れで再開された。


窓辺さんは、もう一度ことはのレーンに並んだ。今度は、何も話さなかった。ただ、手を握った。静かな六秒だった。


終わったあと、窓辺さんは小さく頭を下げた。笑顔ではなかった。でも、顔の力が、抜けていた。


「戦場より、握手会のほうが、怖いね」 みおが、涙の跡を拭きながら言った。


「だって敵は、わかりやすいもん。握手会は、六秒のなかに、その人の人生が来るから」


「……うん」 あかりは、少しだけ、本当の声で答えた。


「でも、逃げないよね」


「逃げません。違約金が出ます」


「ゆず」


「冗談です。半分」


ポーチのスマホが震えた。みかんからのメッセージだった。 『みんなおつかれさま!! 次の握手会、わたしも出る!! 絶対!!』


ふわりが画面を覗き込み、そっと笑った。


「……みかんが来たら、きっと、眩しすぎるね」


「ね」


そのころ、会場の外。ビルの屋上から、スマイルイーターが握手会の窓を見下ろしていた。背後の暗がりで、もっと大きな影が、静かにつぶやく。


「陽の気を吸えない者たち、か。ならば、陽を与えてやればいい。拒めぬほど、たっぷりと」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。