第1話「吸われるものが、最初からない」
登場人物はすべてオリジナルです。
一 前座の袖で
夏の終わりの野外フェス「ハレノヒ・サミット」。メインステージの裏、機材ケースの陰で、八人は円陣を組んでいた。
前座の出番はたった今終わったところだ。客席の反応は、「温かかった」と言えなくもない。少なくとも、途中で帰った人は少なかった。
「……手、冷たいね」 汐見みおが、紅林あかりの手を握ったまま言った。
「そう? 元気だよ、元気元気!」 あかりは満点の笑顔で答えた。みおは何も言わず、その手を握り直した。聞き役というのは、言葉の裏側の音まで拾ってしまう。
「ねえ、わたしの口角、右だけ下がってない?」 蜜原ゆずがコンパクトを覗き込む。
「下がってる」夜凪るりが、サングラスの奥の半分閉じた目で言った。「昼の屋外、まぶしい。帰りたい」
「るり、もうちょっとだけ頑張ろう」 綴木ことはは台本を胸に抱えて、小声で唱えていた。
「『みなさんこんにちは、進行は私にお任せ!』、『ここで拍手を促す』、『拍手が起きなかった場合は……』」
「ことは、拍手は起きたよ?」
「起きなかった場合のページが、いちばん分厚いの」
森野ちさとは頬を染めて空を見上げていた。 「前座から始まる、実は世界を救う少女たちの物語……これ、完全に主人公の始まり方じゃない?」
「ちさと、現実の話して」とゆず。
「いま現実の話してるよ」
「一拍遅れて返すのやめて」
桃園ふわりは「頼れるお姉さんだからね」と胸を張りつつ、橘みかんの袖をそっとつまんでいた。当のみかんは気にも留めず、全力で手を振っている。
「見て見て、次サンライズだよ! 本物のキラキラだよ!」
二 サンライズの光
この世界では、熱狂や笑顔が「陽の気」となって、金色の粒のように人々の体から立ちのぼる。陽の気は街の灯りになり、乗り物を動かし、そして、戦う者の力になる。
「キラメキ戦隊サンライズ」。日向ひなた、天野ひかる、華咲まいか、星川ゆめ、陽ノ宮そら。この国でいちばん明るい五人組だった。
「みんなーっ! 今日いちばんの笑顔、見せてーっ!」
ひなたの声に、五万人が応えた。金色の粒がいっせいに空へ昇り、ステージが光で満ちる。袖から見ていたみおが、ぽつりと言った。
「みんな、本当に楽しそう」
「……うん。本物だよね」 あかりはそう言って笑った。笑顔の温度が、ほんの少しだけ下がったことに気づいたのは、みおだけだった。
三 笑顔のノルマ
異変は、二曲目の途中で起きた。
空が、ふっと暗くなった。雲の切れ間から、全身が笑顔の仮面でできた巨大な影が降りてくる。声は驚くほど優しかった。それがいちばん怖かった。
「みなさん、素晴らしい笑顔ですね。全員笑顔連盟の幹部、スマイルイーターと申します。では、いただきます」
五万人分の金色の粒が、渦を巻いて空へ吸い上げられていく。
「みんな、下がって! サンライズ・チェンジ!」
五人が光に包まれ、戦闘衣装に変わる。ひなたが必殺技の構えを取った。
「ひだまり、バーストっ!」
眩い光が敵を撃つ。けれど、スマイルイーターは口を大きく開けて、それをそのまま飲み込んだ。
「もっと、もっと光らなきゃ……!」
ひなたは、さらに光を強める。光れば光るほど、吸われる。誰も、そのことに気づいていなかった。
四 倒れていく
最初にひかるが膝をついた。続いてまいか、ゆめ、そら。立ち上がろうとするたびに、金色の粒が体から抜けていく。
「だ、大丈夫……笑顔、笑顔……」
ひなたは最後まで立っていた。笑顔のまま、震える足で。
「まだ、笑えるよ……みんなの、前では……」
笑顔のまま、ひなたは崩れ落ちた。
客席でも、人々が次々と座り込んでいく。悲鳴は上がらなかった。ただ、ひとつ、またひとつと、光が消えていく。
「……あれ?」
袖にいたみかんが、首をかしげた。
「なんか、力が……入らな……」
ふらりと傾いた体を、ふわりが慌てて抱きとめる。
「みかん!」
「ごめん、ね。わたしだけ、ちゃんと光ってたんだね。みんなは、平気なのに」
「謝らないで。みかんの光、あったかいから」
みかんは小さく笑って、そのまま意識を手放した。
五 吸えないもの
気づけば、立っているのは七人だけだった。
「……わたし、なんともない」ゆずが自分の手を見る。
「わたしも」とちさと。
「だるいのは、いつも通り」とるり。
ステージの上から、スマイルイーターがゆっくりと七人を見下ろした。仮面の笑顔が、初めてわずかに歪んだ。
「なぜ立っていられる。あなたたちから、まるで吸えない……」
「簡単ですよ」 ゆずが、いつもの営業用の笑顔で言った。
「わたしたち、最初から光ってないので。奪われるほどの光が、そもそもないんです」
「そんなはずはない。あなたたちも、笑っていた」
「ふりですよ」あかりが答える。「ずっと、ふりです」
倒れているサンライズの五人を見て、みおの目から涙がこぼれた。
「ずっと光りっぱなしで、頑張ってたんだね。ごめんね、気づいてあげられなくて」
「みお、泣くのはあとで」
「うん、でも、止まらない」
「想定外……」ことはの台本を持つ手が固まった。「この展開のページ、ない……」
「ことは」るりが、眠そうな声で言った。「アドリブ」
「無理」
「だよね」
六 ニセモノのひかり
「ならば、せめて笑いなさい」スマイルイーターが両腕を広げる。「偽物で構いません。笑顔のノルマを満たしなさい。それがあなたたちの、存在理由でしょう?」
あかりは、胸の前でぎゅっと手を握った。その手は、やっぱり冷たい。
「みお」
「うん」
「……こわい」
「うん。知ってる」
「でも、やる」
あかりが顔を上げた。
「みんな、ペンライト出して」
七人が、腰のポーチから電池式のペンライトを取り出した。出番前、みんなで駅前のお店で選んだ、少し安っぽい、ただのペンライト。
「せーの、で笑うよ」
あかりの声に、全員が指で口角をそっと持ち上げる。ぎこちなくて、少し震えていて、それでも七つの笑顔が並んだ。
「本当は、ちょっと、こわいけど」
「笑って、ラフ、ラフ——力を抜いて!ラフ・チェンジ!」
スイッチを入れる。
ペンライトが光った。眩しくなかった。蛍の光のように、ぼんやりと、優しく、七人の輪郭を縁取る程度の、小さな光だった。
スマイルイーターが一歩、後ずさる。
「な、なんですか、その、中途半端な明るさは……」
「目が痛くならないでしょ」
みおが涙を拭いながら、少しだけ笑った。
ステージの端で、倒れていたみかんが、薄く目を開けた。ぼんやりと光る七つの背中を見て、小さくつぶやく。
「……みんな、かっこいい」
それはまだ、彼女が自分の光のことを、本当に知る前の、ただの憧れだった。




