↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
1/3

第1話「吸われるものが、最初からない」

登場人物はすべてオリジナルです。


一 前座の袖で


夏の終わりの野外フェス「ハレノヒ・サミット」。メインステージの裏、機材ケースの陰で、八人は円陣を組んでいた。


前座の出番はたった今終わったところだ。客席の反応は、「温かかった」と言えなくもない。少なくとも、途中で帰った人は少なかった。


「……手、冷たいね」 汐見みおが、紅林あかりの手を握ったまま言った。


「そう? 元気だよ、元気元気!」 あかりは満点の笑顔で答えた。みおは何も言わず、その手を握り直した。聞き役というのは、言葉の裏側の音まで拾ってしまう。


「ねえ、わたしの口角、右だけ下がってない?」 蜜原ゆずがコンパクトを覗き込む。


「下がってる」夜凪るりが、サングラスの奥の半分閉じた目で言った。「昼の屋外、まぶしい。帰りたい」


「るり、もうちょっとだけ頑張ろう」 綴木ことはは台本を胸に抱えて、小声で唱えていた。


「『みなさんこんにちは、進行は私にお任せ!』、『ここで拍手を促す』、『拍手が起きなかった場合は……』」


「ことは、拍手は起きたよ?」


「起きなかった場合のページが、いちばん分厚いの」


森野ちさとは頬を染めて空を見上げていた。 「前座から始まる、実は世界を救う少女たちの物語……これ、完全に主人公の始まり方じゃない?」


「ちさと、現実の話して」とゆず。


「いま現実の話してるよ」


「一拍遅れて返すのやめて」


桃園ふわりは「頼れるお姉さんだからね」と胸を張りつつ、橘みかんの袖をそっとつまんでいた。当のみかんは気にも留めず、全力で手を振っている。


「見て見て、次サンライズだよ! 本物のキラキラだよ!」


二 サンライズの光


この世界では、熱狂や笑顔が「陽の気」となって、金色の粒のように人々の体から立ちのぼる。陽の気は街の灯りになり、乗り物を動かし、そして、戦う者の力になる。


「キラメキ戦隊サンライズ」。日向ひなた、天野ひかる、華咲まいか、星川ゆめ、陽ノ宮そら。この国でいちばん明るい五人組だった。


「みんなーっ! 今日いちばんの笑顔、見せてーっ!」


ひなたの声に、五万人が応えた。金色の粒がいっせいに空へ昇り、ステージが光で満ちる。袖から見ていたみおが、ぽつりと言った。


「みんな、本当に楽しそう」


「……うん。本物だよね」 あかりはそう言って笑った。笑顔の温度が、ほんの少しだけ下がったことに気づいたのは、みおだけだった。


三 笑顔のノルマ


異変は、二曲目の途中で起きた。


空が、ふっと暗くなった。雲の切れ間から、全身が笑顔の仮面でできた巨大な影が降りてくる。声は驚くほど優しかった。それがいちばん怖かった。


「みなさん、素晴らしい笑顔ですね。全員笑顔連盟の幹部、スマイルイーターと申します。では、いただきます」


五万人分の金色の粒が、渦を巻いて空へ吸い上げられていく。


「みんな、下がって! サンライズ・チェンジ!」


五人が光に包まれ、戦闘衣装に変わる。ひなたが必殺技の構えを取った。


「ひだまり、バーストっ!」


眩い光が敵を撃つ。けれど、スマイルイーターは口を大きく開けて、それをそのまま飲み込んだ。


「もっと、もっと光らなきゃ……!」


ひなたは、さらに光を強める。光れば光るほど、吸われる。誰も、そのことに気づいていなかった。


四 倒れていく


最初にひかるが膝をついた。続いてまいか、ゆめ、そら。立ち上がろうとするたびに、金色の粒が体から抜けていく。


「だ、大丈夫……笑顔、笑顔……」


ひなたは最後まで立っていた。笑顔のまま、震える足で。


「まだ、笑えるよ……みんなの、前では……」


笑顔のまま、ひなたは崩れ落ちた。


客席でも、人々が次々と座り込んでいく。悲鳴は上がらなかった。ただ、ひとつ、またひとつと、光が消えていく。


「……あれ?」


袖にいたみかんが、首をかしげた。


「なんか、力が……入らな……」


ふらりと傾いた体を、ふわりが慌てて抱きとめる。


「みかん!」


「ごめん、ね。わたしだけ、ちゃんと光ってたんだね。みんなは、平気なのに」


「謝らないで。みかんの光、あったかいから」


みかんは小さく笑って、そのまま意識を手放した。


五 吸えないもの


気づけば、立っているのは七人だけだった。


「……わたし、なんともない」ゆずが自分の手を見る。


「わたしも」とちさと。


「だるいのは、いつも通り」とるり。


ステージの上から、スマイルイーターがゆっくりと七人を見下ろした。仮面の笑顔が、初めてわずかに歪んだ。


「なぜ立っていられる。あなたたちから、まるで吸えない……」


「簡単ですよ」 ゆずが、いつもの営業用の笑顔で言った。


「わたしたち、最初から光ってないので。奪われるほどの光が、そもそもないんです」


「そんなはずはない。あなたたちも、笑っていた」


「ふりですよ」あかりが答える。「ずっと、ふりです」


倒れているサンライズの五人を見て、みおの目から涙がこぼれた。


「ずっと光りっぱなしで、頑張ってたんだね。ごめんね、気づいてあげられなくて」


「みお、泣くのはあとで」


「うん、でも、止まらない」


「想定外……」ことはの台本を持つ手が固まった。「この展開のページ、ない……」


「ことは」るりが、眠そうな声で言った。「アドリブ」


「無理」


「だよね」


六 ニセモノのひかり


「ならば、せめて笑いなさい」スマイルイーターが両腕を広げる。「偽物で構いません。笑顔のノルマを満たしなさい。それがあなたたちの、存在理由でしょう?」


あかりは、胸の前でぎゅっと手を握った。その手は、やっぱり冷たい。


「みお」


「うん」


「……こわい」


「うん。知ってる」


「でも、やる」


あかりが顔を上げた。


「みんな、ペンライト出して」


七人が、腰のポーチから電池式のペンライトを取り出した。出番前、みんなで駅前のお店で選んだ、少し安っぽい、ただのペンライト。


「せーの、で笑うよ」


あかりの声に、全員が指で口角をそっと持ち上げる。ぎこちなくて、少し震えていて、それでも七つの笑顔が並んだ。


「本当は、ちょっと、こわいけど」


「笑って、ラフ、ラフ——力を抜いて!ラフ・チェンジ!」


スイッチを入れる。


ペンライトが光った。眩しくなかった。蛍の光のように、ぼんやりと、優しく、七人の輪郭を縁取る程度の、小さな光だった。


スマイルイーターが一歩、後ずさる。


「な、なんですか、その、中途半端な明るさは……」


「目が痛くならないでしょ」


みおが涙を拭いながら、少しだけ笑った。


ステージの端で、倒れていたみかんが、薄く目を開けた。ぼんやりと光る七つの背中を見て、小さくつぶやく。


「……みんな、かっこいい」


それはまだ、彼女が自分の光のことを、本当に知る前の、ただの憧れだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。