ジュリエット・テュール
*あれから、彼女の訓練を手伝ってほぼ一週間が経った……本当にあれでよかったのだろうか。*
本当に正しいことをしたのか、自分でも分からなかった。
僕の助言のおかげで、アレシアはついにアリスに追いついた。だが、その代償は大きかった。
*彼女はいつもよりずっと口数が少なくなっていた。*
僕はため息をついた。
「疲れた……」
*自分の行動で世界の運命まで変えられるかのように振る舞うのは、もうやめるべきだ……もう起きてしまったことなんだから。*
僕はベッドから起き上がった。
決心して、アレシアを探しに行くことにした……。
「中庭にいるはずだ」
朝日が、高級なアストレア邸の廊下を照らしていた。
まだ夜が明けたばかりだった。
それでも、彼女の声ははっきりと聞こえてきた。
アレシアが訓練をしていた。
藁人形に剣が擦れる音が聞こえる。
しかし、以前見たような美しく、細く、滑らかで、繊細な斬撃ではなかった。
荒々しく、騒々しく、乱暴で……痛々しい斬撃だった。
その顔には、感情のない怒りのようなものが浮かんでいた。
いや、僕の言葉では表現しきれないほど深い悲しみ、と言ったほうが正しいのかもしれない。
傷ついた姿……どうしようもなく悲しげな姿だった。
「アレシア……」
言い終えることさえできず、彼女は叫んだ。
「出ていって……」
彼女は低い声で吐き捨てた。
「いや、アレシア、話を聞いてくれ」
金属が地面に落ちる音がした。
続いて、避けなかった僕の顔に拳が飛んできた。
「アレシア……」
一発、そしてもう一発。
彼女が繰り出す拳を、すべて受け止めた。
かつて見たような力が、どの一撃にも込められていなかったからだ。
「私の何がいけなかったの……? どうして誰も私を見てくれないの……? どうして誰も私に気づいてくれないの……?」
彼女は地面を見つめたまま、そうこぼした。
僕には、ひとつだけ明らかなことがあった。
「分からない……僕は君のことを知らないんだ、アレシア」
彼女を励ます言葉なんて、きっと見つからない。
こんなことをした経験はなかった。そもそも、友達だっていたことがない。
*父さんと母さんなら、どうしただろう……?*
太陽が少しずつ中庭を照らしていく。
*はは……僕は両親に似ていないんだな……こんなやり方じゃ、うまくいかないよ……*
「アレシア……」
*もしかしたら、意味がないかもしれない……きっと、うまくいかない。*
それでも、僕自身の言葉だった。
「僕を殴りたいなら、殴ればいい。罵りたいなら、罵ればいい。話したいなら、聞くよ……泣きたいなら、泣けばいい……僕には魔法みたいな解決策を与えることはできない。ただ、自分の言葉を伝えることしかできないんだ。僕は特別な人間じゃないし、驚くような何かを持っているわけでもない。でも、君が望むなら……君にとって、友達に一番近い存在くらいにはなれるよ」
完全な沈黙が訪れた。
恥ずかしさが込み上げ、顔が赤くなっていくのを感じた。
「無視したいなら、そうすればいい!」
僕は慌ててそう付け加えた。
小さな笑い声が聞こえた。
「あなたって、本当に馬鹿ね……」
彼女はため息をついた。
「本当に、どうしてあなたなんかにあんなことを聞こうと思ったのかしら」
僕は少し自嘲気味に笑った。
「まあ……それで、手合わせでもする?」
「死んでも私のせいじゃないから」
その後の数日間は、穏やかに過ぎていった。
アレシアは僕の動きを修正してくれるようになった。
魔力についていろいろ教えてくれたり、助言をくれたりもした。
僕たちが本当に親しくなれたとは思わない。
それでも、落ち着いて話せることや、視線ひとつで殺されそうになる心配をしなくていいことは、心地よかった。
「下手! 全然駄目! あなた馬鹿なの、ハロルド!?」
彼女は顔を覆いながら叫んだ。
「初めてやる動きを、一発で成功させろっていうほうが無理だろ」
「なら、できるまでやりなさい」
「やってるよ……」
「できてないから言ってるの……。早く覚えなさい。あなたは明日には帰るんだから。その後、また教えてあげるつもりはないわよ」
「それなら、もう少し……」
屋敷の中から響いた大きな轟音が、僕の言葉を遮った。
僕たちは素早くそちらを振り向いた。
屋敷の扉が乱暴に開き、一人の人物が飛び出してきた。衛兵だった。
「アレシアお嬢様、ハロルド様! 三人を狙って襲撃者が来ました! 逃げてください!!」
誰が来たって?
何者なんだ?
何を言っている?
僕たち三人……? でも、中庭にいるのはアレシアと僕だけだ。
誰がアストレア家を襲うというんだ?
どれだけ愚かな人間なら、そんなことをする?
衛兵の悲鳴が聞こえた。
僕の疑問は、足音と、それに続いて現れたフードをかぶった女の姿によって、あまりにも簡単に解消された。
「あら、二人だけなのね……。もう一人の半エルフが足りないわ」
僕の身体は硬直した。
動けなかった。
ようやく、彼女の姿をはっきりと見ることができた。
最初に見たときには気づかなかった、ひとつの特徴。
サンサーラ。輪廻転生を表す卍の紋章。
僕のいた世界で見たことのある、仏教のシンボルだった。
アレシアが飛び出した。
「アレシア、駄目だ!!」
彼女は僕の言葉を無視した。
フードの女は、ほんのわずかな動きでアレシアの首をつかんだ。
「あら、悪い子ね。あなた、このお姉さんと友達になりたかっただけなのに」
別の衛兵が女に襲いかかった。
女は後ろへ軽く跳び、アレシアを解放した。
「あらあら、つれないことを言わないで。新しいお友達と遊んでいただけなのに」
誰かが背後から女に攻撃を仕掛けた。
セバスティアンだった。しかし、女はあっさりとその攻撃をかわした。
そこでようやく、僕は彼女の顔を見ることができた。
口癖のように繰り返される「あら」、あまりにも奇妙な攻撃の仕方、赤い瞳、短い黒髪……間違いない。
彼女だ。
「ジュリエット・テュール……」
間違いなく、彼女だった。
*彼女は『クズ貴族』の登場人物だ……彼女は……強すぎる……あまりにも。*
「あら……坊や」
彼女は足を軽く動かしただけで、僕の目の前に移動した。
僕は口元を押さえ、首を横に振った。
「いいえ、いいえ。聞こえたわよ……あなた、私のことを知っているのね。私には隠せないわよ」
赤い瞳が僕を射抜いた。
まるで魂まで貫かれるようだった。
「あら……もしかして、あなたもなのかしら」
セバスティアンが僕たちの間に割って入った。
女は後ろへ跳び退いた。
「あらあら、そんなに邪魔しないでよ、おじいちゃん。坊やとお話しさせてちょうだい」
僕は立ち上がり、アレシアのもとへ駆け寄った。
*どうして……? どうして彼女がここにいる……? どうして中盤の章の最後に登場するはずの敵が、今ここにいるんだ? 主人公を殺しかけた人間……どうしてこんな序盤で現れる? 彼女が登場するまで、まだ二年以上あるはずなのに。世界は変わった。それでも、彼女がここにいるはずがない。*
僕はアレシアの手首をつかんだ。
「逃げよう。今のうちに逃げるんだ」
「えっ? いや、ここは私の……」
僕は彼女の言葉を遮った。
「僕たちは死ぬ。彼女は化け物だ。人間が生み出した最悪の存在だ」
僕の手は震えていた。
アレシアは手首をつかんでいた僕の手を振りほどいた。
僕はもう一度彼女をつかみ、走り出した。
「ちょっと、何をするの? 戻って……」
僕は彼女の額に自分の額をぶつけた。
「セバスティアンが殺されそうになっているのが分からないのか!!」
「だからこそ、助けなきゃいけないんでしょう!!」
僕は口を開いた。しかし、響いた笑い声に身体が凍りついた。
「あらあら、可愛らしいわね。恋人同士の喧嘩かしら?」
*いつの間に、そこに立っていたんだ……?*
「あら、邪魔しちゃった? 続けてちょうだい。私のことなんて気にしなくていいわよ」
「セバスティアンはどこ!?」
アレシアが叫んだ。
「あら、そんなに怒鳴らないでちょうだい。あのおじいちゃんのこと?」
女は後ろへ視線を向けた。
そして、笑った。
「あら、そうだわ。ゲームをしましょう。私には両手があるでしょう……さて、おじいちゃんの頭はどちらの手にあると思う?」
アレシアの表情が、怒りから嫌悪へ、そして再び怒りへと変わっていった。
僕も彼女の視線の先を見た。
ジュリエットは、セバスティアンの頭を持っていた。
笑いながら。
アレシアが何かをつぶやいた。
「あら、何か言ったかしら、小さなお嬢さん? 聞こえないわ」
アレシアが何を言っているのか、僕には理解できなかった。
「力を貸してって……」
そうだ。ようやく理解した。
「アレシア、駄目だ!! お父さんなしで無理にルーンを発動させたら、死ぬかもしれないんだぞ!!」
「EXAUDI ET VENI, DEA HILDE!」
アレシアの身体が、全身を這うように広がるルーンで覆われた。
その紋様は、アリスのものとはまったく異なっていた。
彼女はジュリエットに一撃を与えることしかできなかった。
それでも、その一撃は女を後退させるほどの威力を持っていた。
アレシアの身体に刻まれたルーンが、激しく輝き始めた。
そして……。
起こった。
僕が恐れていたことが。
ルーンは、決して良い兆候ではなかった。
事前の訓練もなく、無理に発動させたということだった。
ルーンがアレシアの肌を焼き始めた。
脚、腕……顔。
全身が。
彼女は悲痛な叫び声を上げた。
「あら……ちょっとした奥の手を持っていたのね」
女はゆっくりとアレシアへ一歩踏み出した。
さらに一歩。
そして、もう一歩。
僕の身体は動かなかった。
動けば……。
死ぬ。
……
僕は彼女の前に立ち、剣を構えた。
「あら……三人とも生きたまま連れてくるように言われていたのだけれど……一人くらい殺しても問題ないわよね?」
頭のてっぺんから足の先まで、悪寒が走った。
落ち着こうと、深呼吸をした。
彼女の短剣が……。
何の前触れもなく、僕の首をかすめた。
僕は本能だけでそれをかわした。
「あら、悪くないわね……でも、これはどうかしら?」
女はアレシアに向かって短剣を投げた。
僕は走った。
しかし、間に合わなかった。
金属音が響いた。
「おいおい、まだ死んでないぞ」
アレシアが短剣を弾き返していた。
ルーンはすでに消えていた。
しかし、彼女の身体にはルーンの痕が無数に残っていた。
僕は再び飛び込んだ。
女は小さく笑った。
「あら、二対一なんて不公平じゃないかしら?」
「僕たちにとっては……不公平だと思うけど」
ジュリエットはわずかに目を見開いた。
「あら、あなたたち二人、気に入ったわ。殺さなきゃいけないのが残念ね」
アレシアがジュリエットに飛びかかった。
「言っておくけど、私はあなたのことが大嫌いよ」
「アレシア、右だ!!」
アレシアは素早く剣を持ち上げ、ぎりぎりのところでジュリエットの短剣を防いだ。
それでも、彼女の身体は吹き飛ばされた。
「アレシア!!」
彼女を心配している暇はなかった。
ジュリエットが、すでに僕へ向かってきていたからだ。
僕の反射神経でも間に合わなかった。
脇腹に蹴りが叩き込まれた。
肺から空気が抜け、僕の身体は地面へと吹き飛ばされた。何度か転がり、ようやく止まる。鋭い痛みに歯を食いしばった。
*駄目だ……息ができない……僕……死ぬのか……。*
立ち上がろうとした。
無駄だった。身体が動かない。
「ハロルド!!」
アレシアが近づいてくるのが聞こえた。
「駄目だ!! 僕を見るな」
少なくとも、二人のうち一人は戦わなければならない。
アレシアは剣を持ち上げた。
魔力で身体を覆おうとする。
無意味だった。まったく意味がなかった。
ルーンの発動によって、彼女の魔力はすべて使い果たされていた。
僕はどうにか立ち上がった。
「あら、ダーリン。魔力が切れちゃったのかしら?」
アレシアは完全に不意を突かれた。
僕は彼女の首元を引っ張った。
彼女の腹部に浅い斬り傷が刻まれた。
「まだ戦える?」
「ええ。あなたは?」
僕は剣を構えた。
「当然だ。僕はシルフォードだからな」
嘘だ。
無理だ。
息が苦しい。
まともに呼吸できない。
身体が震えている。
逃げたくてたまらない。
「さあ、いらっしゃい」
初めて……。
彼女の声から笑みが消えた。
真剣な声だった。
*ここが、僕の墓場になるのか……?*
僕は首を横に振った。
深呼吸をした。
最初に攻撃を仕掛けたのはアレシアだった。
ジュリエットはただ攻撃をかわしていた。
まるで、彼女がどこまでやれるのかを見極めようとしているかのようだった。
僕もアレシアに加勢した。
一撃。
もう一撃。
さらにもう一撃。
すべてかわされた。
顔色ひとつ変えずに。
防御すらしなかった。
まるで僕たちを嘲笑うかのように。
「我が魔力よ、我がすべてを捧げよう。その代わり、我が身体、我が心、我が魂を覆え」
温かな感覚が指先まで広がった。
僕の魔力の総量は、まだ大したものではない。
それでも、ほんのわずかでも有利にならなければならなかった。
「アレシア!」
僕は彼女の目を見た。
彼女は理解した。
*よし……行くぞ。*
僕は横薙ぎに剣を振るった。
彼女は簡単にかわした。しかし、今度は少しだけ距離を詰めることができたように思えた。
一撃。
もう一撃。
さらにもう一撃。
「もう一人はどうしたのかしら?」
僕は剣を投げつけた。
*気づかれるまで、ほとんど時間はかからなかった。*
彼女を押さえ込もうと、僕は走って近づいた。
しかし、彼女は僕をかわした。
「GELUM HASTA!」
氷の矢がジュリエットに向かって放たれた。
かわす暇も与えず。
氷の矢は彼女に直撃した。
ジュリエットに命中した氷が、視界を遮る氷の幕を作り出した。
しかし、ひとつだけ確かなことがあった。
これで終わりではない。
僕はアレシアの手を取り、走り始めた。
彼女も抵抗せずについてきた。
だが、無駄だった。
「ああ、もう。まさかあなたたちに攻撃を当てられるなんて思っていなかったわ。不意を突かれちゃった……まあ、いいわ」
彼女の身体が魔力に覆われ始めた。
「アレシア。僕たちは死んだよ」
動きは一瞬だった。
僕には見えた。
もしかしたら、避けることだってできたかもしれない。
でも、それをすればアレシアが死ぬ。
どうすればいいのか分からなかった。
ただ、その場に立ち尽くすことしかできなかった。
僕たちの目の前で、轟音が響いた。
「へえ、多少は耐えられたみたいね、ハロルド?」
目の前にいる人物が誰なのか、すぐには理解できなかった。
「ヴェロニカ・ペンドラゴン……」
アレシアがそう口にした。
ヴェロニカは蹴りを放ち、ジュリエットを押しのけた。
「前回は、あの馬鹿なヴァノックス・アストレアのせいで重傷を負っていたから、あなたの仲間とまともに戦えなかったけれど……今回は違うわよ」
ジュリエットは笑った。
「私に勝てると思っているの? たとえ私を殺したとしても……私より強い人間が、あと十人はいるわよ」
ヴェロニカは剣を持ち上げ、笑った。
「なら、全員殺せばいいだけね」
彼女は戦闘態勢に入った。
「さあ、子供たち。ヴェロニカ先生による実演授業よ。しっかり見ておきなさい」
戦闘は短かった。
ジュリエットは圧倒的な力の差で叩きのめされた。
ヴェロニカは彼女の首をつかんだ。
「ははは……それに、私はもうあの子の母親を殺したし、衛兵たちも殺したわ。あの執事もね……あなた、来るのが遅すぎたのよ」
アレシアは屋敷の中へと走っていった。
僕もその後を追った。
最後に目にしたのは、ヴェロニカが剣を持ち上げ、ジュリエットの首元へと当てる姿だった。
屋敷の廊下には、衛兵や執事、メイドたちの死体が転がっていた。
腕を失った者、脚を失った者……。
だが、その大半は首を斬り落とされていた。
アレシアはカサンドラの部屋の前で立ち止まった。
ゆっくりと扉を開ける。
カサンドラはソファに座っていた……。
いや、正確には、その身体が座っていた。
彼女の頭部は、シャンデリアに吊るされていた。
アレシアは膝から崩れ落ちた。
頬を涙が伝っていく。
「アレシア……」
僕は彼女に近づいた。
「どうして……? どうして、あの人の声を聞いたとき、私はほっとしたの……? どうして今も、こんなにほっとしているの……?」
アレシアは泣き続けていた。
涙に濡れた目で、僕を見上げる。
「私がおかしいの……? あの人はいつも、もっと、もっとって、私に求め続けた。自分のこと以外、何も気にしていなかった……。それなのに、私がおかしいの……?」
僕は彼女の背中に手を置いた。
いつか、この言葉を後悔することになるかもしれない。
でも、今は違う。
「……いや、アレシア……君は何も間違っていないよ」




