↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
7/10

アリス

俺はいつもよりずっと早く起きていた。

特に理由もなく、アストレア邸の中を歩き回っていた。

*両家の決定で、俺はもう二週間ここに滞在することになった。別にそれ自体は構わない。ただ、俺のマナを手伝ってくれるヴェロニカがいないのは困る。*

そんなことを考えていると、やがて口論する声が聞こえてきた。


------------------------------------------------------------------


—明日は明日よ、それでいいでしょう、アレシア!

分かっていた。

でも、まだ覚悟ができていなかった。

負ければ、父上の前でさらに恥をかくことになるかもしれない。

—でも、お母様……明日、アリスとは戦えません。アリスには、私じゃ到底敵いません。

母は手を上げ、私の頬を平手打ちした。

—私にそんな口を利くんじゃないわ、この子! —母はため息を吐いた。—さあ、訓練に行きなさい。明日負けたら、お父様はあなたのことなど見向きもしなくなるでしょうね。

私は黙って部屋を出た。

*何をしても、どれだけ訓練しても、アリスには勝てない……*

苛立ちを抑えきれず、ため息を吐いた。

朝の光が訓練場を少しずつ照らしていく。

そんな私の集中を、足音が遮った。

—スパーリングでもする?

シルフォード家の息子がそう言った。

—死にたくないなら、帰って。

—偶然聞いたんだけど、明日アリスと戦うんだろ? 勝ち目なんてないよ。

私は剣を手放し、彼の首を掴んだ。

—それがあなたに何の関係があるの?

彼は私の腕を掴んだ。

—たぶん、俺のほうがアリスより反射神経がいいから。

*こいつが、アリスより反射神経がいい? 冗談でしょ……*

でも、もし本当なら、訓練相手としては悪くないかもしれない。

結局、失うものなんてない。

貴族の家の子なのだから、それなりの訓練は受けているはずだ。

私は彼を放し、彼は首をさすり始めた。

—マナはなしで。俺はまだ適性が目覚めてないから。

そう言いながら、彼は立ち上がった。

—どうでもいいわ。どっちにしても、あなたは負ける。

—うん、分かってる。 —彼は構えた。—先に動いていいよ。俺が挑戦者だから。

*本当に先手を譲った……。死んだわね。*

私は剣を振り、彼の左腕を狙った。

単純な攻撃だった。

いや、単純すぎるほどに。

ハロルドはただ身体を後ろへ傾け、刃が胸の前を通り過ぎた。

*まあ、単純な攻撃だったし……*

私は体勢を崩しているハロルドへ向けて剣を振った。

だが、彼は簡単に避けた。

間髪入れず、再び攻撃する。

一度、二度、三度、四度。

それでも彼はすべての攻撃を避け続けた。

*本気で攻めるべきね。*

私は柄を強く握った。

今度は手加減しない。

踏み込む。

肩へ向けて斬りつける。

避けられた。

すぐさま剣を返し、脇腹を狙う。

身体を傾けられた。

さらに角度を変える。

後ろへ下がられた。

*また……?*

—攻撃して。避けてばかりいないで。

気づけば、そんな言葉が口から出ていた。

—避けるのをやめたら、俺は死ぬよ。

戦いは思っていたより長く続いた。

ずっと、ずっと長く。

そして――

—くそっ!

彼は足をもつれさせ、背中から倒れた。

私はその隙を逃さず、彼の首元に剣を突きつける。

—参った……。

彼はため息を吐いた。

私は勝った。

ただし、彼自身のミスによって。

—こんな勝ち方、欲しかったわけじゃない。

私は剣を彼から離した。

彼は肩をすくめた。

—仕方ないよ。

*もう一回……*

そう思った。

いや、もう一度やる必要があった。

—もう一度……。もう一回やりましょう。

彼はため息を吐いた。

—あと一回だけね。

それから一度、また一度、さらに一度。

何度も繰り返した。

私はすべて勝った。

だが、それはハロルドが疲弊していったからに過ぎなかった。

太陽が沈み始めていた。

反射神経で、ここまで自分が誰かに劣っていると感じたことはなかった。

アリスでさえ、ここまでではない。

彼の反射神経は、まるで別世界のものだった。

私は息を切らしながら口を開いた。

—一応言っておくけど、私の反射神経はヴェロニカ・ペンドラゴンと同じくらいだって。本人がそう言っていた。

*ヴェロニカ・ペンドラゴン……。あの、父上と互角に戦った……?*

—俺から言えることがあるとすれば、もっと速くなることだね。相手のほうが圧倒的に速いなら、反射神経なんて意味がない。

彼は地面から立ち上がった。

—最後に、マナありでやってみよう。たぶん俺が負けるけど、俺が言ってることが分かると思う。

彼は構えた。

私はマナの適性を発動する。

そして、反応する暇すら与えない勢いで彼へ飛び込んだ。

彼は剣を手放した。

—降参!

本当に、純粋な速度だけで勝った。

マナを使わせてもらったから勝てたのだ。

—分かった? 俺はまだマナを上手く扱えてないから、身体がこの速度についていかなくて反応できないんだ。


------------------------------------------------------------------


—アレシア、あなたの父親の前で私に恥をかかせないで。

—分かっています、お母様。

アリスはすでに闘技場に立っていた。

いつも私が嫌っている、あの傲慢な笑みを浮かべている。

—アレシア、お姉ちゃん。 —ほとんど皮肉のような口調で言った。—始めましょうか?

父上が直接彼女を鍛えている。

その構えは、父上とまったく同じだった。

私の本能が告げている。

降参しろ、と。

けれど、私の感情はそれ以上に強かった。

私はゆっくりと息を吐いた……。

そして、飛び込む。

身体にマナを集中させる。

ただし、使うのは速度だけ。

これならいけるはず。

アリスは動いていないように見えた。

私の次の動きを待っているようだった。

私は彼女の頬へ向けて剣を振る。

だが、彼女は剣でそれを弾いた。

それでも、まだ諦めるには早い。

私は剣の軌道を変え、彼女の腕を掠めるほど近くを斬りつけた。

だが、彼女は後ろへ跳んだ。

—今回はちゃんと訓練したみたいね。

私はその言葉を無視し、再び彼女へ飛び込んだ。

*今度こそ……もしかしたら……*

何度も剣を交える。

一度、また一度。

そのたびに、少しずつ彼女へ近づいている気がした。

—イグニス・アロー!

私は魔法で煙幕を作った。

巻き上がった砂埃の中を飛び込む。

そして――

—あ。

そんな声が聞こえた。

砂埃が晴れたとき……。

私はそれを見た。

ついに、できた。

アリスの頬に一筋の傷をつけていた。

—嘘……。

アリスが私を見上げる。

—あなたは、もう死んだわ。アレシア。

彼女の言葉を、私は理解しきれていなかった。

それほどまでに、今この瞬間に意識を奪われていた。

—ああ……女神よ。世界の始まりを見届けたあなたよ。女神よ、今日――

その詠唱を私は知っていた。

アストレア家の者が生まれつき得るルーンの一つを発動するための詠唱。

父上だけが使える、専用の詠唱。

—この卑小なるアストレアの星が、あなたの力を求めます。

私はすぐさま彼女へ向かって走り出した。

あれを発動されたら……。

死ぬ。

今度こそ、本当に死ぬ。

—Exaudi et veni, Dea Hilde!

ヒルデ女神……。

アストレア家が信仰する女神。

私はアリスへ届かなかった。

彼女は簡単に私の攻撃を避けた。

そして、彼女は私へ向けて剣を振る。

私は間一髪で避けた。

だが、耳に意味の分からない熱さを感じた。

周囲を見回す。

シルフォード家の息子が、必死に何かを叫んでいるようだった。

—アレシア、降参しろ!

でも、なぜ彼がそんなことを言うのか分からなかった。

まだ戦える。

そう思っていた。

アリスが視界から消えた。

私は視線を動かし、彼女を探す。

耳の熱が、さらに強くなる。

そして、ようやく見つけた。

だが、アリスはただ笑っていた。

私の服が、赤く染まり始める。

視界がぼやけていく。

私は耳に触れた。

そこには、何もなかった。

—あああああっ!

凄まじい痛みが全身を襲った。

手で傷口を押さえようとする。

けれど、血は止まらない。

全員が見ている。

それなのに、誰も助けようとしない。

母を探そうと視線を動かす。

でも、見つけられない。

私は地面に倒れた。

そして、最後に見えたのは父上だった。

その顔には、何の感情も浮かんでいなかった。

—わ、私は……降参します……。

私はすすり泣きながら、そう呟いた。

アリスがゆっくりと私へ近づいてくる。

—泣くのをやめなさい。綺麗に斬ったから大丈夫よ。アストレア家専属の魔術師が治してくれるわ。

彼女は再び笑い、私のすぐ隣へ剣を投げ捨てた。

地面に倒れたまま、私は遠ざかっていく彼女の姿をただ見つめていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。