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4/10

ダンジョン

—ハロルド、クレア、道中は気をつけて。はぐれないようにね。


ヴェロニカはそう言いながら、俺たちのほうを見た。


俺たちは同時に答えた。


—はい。


*こんな、テンプレ小説みたいにはいかなかった……。一ヶ月経っても、俺は魔法で何の進歩もしていない……。剣術も……まあ、前よりは攻撃を避けられるようになった。でも、反撃はほとんどできない……ヴェロニカが先に攻撃してこなければの話だけど。 *


—ハロルド!


クレアは俺の手を掴み、ヴェロニカのほうへと早足で歩き始めた。


*クレアのほうはというと、剣術も魔法もかなり上達している……それに比べて、俺はずっと停滞しているような気分だった。 *


—楽しみなのか、クレア?


歩みを止めることなく、クレアが答えた。


—もちろん! 冒険者だけがダンジョンに入る機会を持ってるんだよ! それに、貴族が冒険者になることなんて普通はないし!


その声からも、彼女がどれだけ楽しみにしているのかが分かった。


俺たちが向かっているダンジョンは、『クソ貴族』の小説に登場する場所だった。


簡単で、特に問題も起こらないダンジョン。


すべて順調に進めば、ヴェロニカが引率する学校の遠足みたいなものになるはずだった。


—よし、二人とも。第一のルール。常に私の近くにいること。そして第二のルール。私だけを信じること。


—はい、ヴェロニカ。


クレアが答え、俺はただ頷いた。


*ヴェロニカは俺たちに、目立たず動きやすいようにという理由で、簡素な防具を身につけさせた……まあ、彼女を責めることはできない。結局、俺は彼女のような冒険者じゃないんだから。 *


ダンジョンの入口は巨大だった。


そして、それだけ巨大なら当然のように人も多かった。


多すぎるほどに。


クレアが俺の服を掴んだ。


—ハロルド、人がいっぱい……。


少し怯えたような声だった。


*原作では、もっと社交的で明るかったはずなんだけどな……。 *


俺は小さく笑った。


—大丈夫だ。ヴェロニカと一緒なんだから。


その言葉で、クレアは少しだけ落ち着いた。


—そうだね!


最初の数階は、そこにいた他の冒険者たちによって、ほとんど魔物が残っていなかった。


七階までは。


そして、最初の敵が現れた。


コボルト。


ファンタジーではお馴染みの魔物だ。


—よく見ておきなさい、クレア、ハロルド。こうやってコボルトを殺すのよ。


ヴェロニカはコボルトの背後へと近づいた。


そして、その首を斬った。


血が地面へと飛び散った。


ゲームやアニメで見るものとは違った。


吐き気がした。


目の光が消えていくのが見えた。


そして、首の血管まで見えてしまった。


俺はその場で吐いた。


俺だけではなかった。


クレアも吐いた。


ただ、彼女のほうが少しだけ耐えていた。


—慣れるしかないわ。こういうのが日常になる人もいるんだから。


分かっていた。


その通りだった。


それでも、これを見ることには耐えられなかった。


俺たちはしばらく七階を進んだ。


ヴェロニカが突然立ち止まった。


—今度はあなたたちがやりなさい。


彼女は少し間を置いてから続けた。


—これは遊びじゃない。自分自身で生き残る術を身につけなさい。


ヴェロニカはその場から動かなかった。


目の前には三体のコボルト。


こちらには気づいていないようだった。


それでも、俺は動けなかった。


自分の手で殺す。


それが、あまりにも重く感じた。


グロテスクだった。


気持ち悪かった。


だが、先に動いたのはクレアだった。


一体の背後へ回り、その首を斬り落とした。


血が雨のように降り注いだ。


頭では動けなかった。


それでも、身体が勝手に動いた。


俺は一体の腹を斬り裂いた。


—《ヴェントス・ブレード》!


クレアが詠唱し、三体目のコボルトを斬り裂いた。


簡単だった。


だが、気持ち悪かった。


俺たちは血まみれになっていた。


そこからは、ゆっくりと、安全を確認しながら下へ進んだ。


人を殺すことには少しずつ慣れてきた。


だが、血を見ることには慣れなかった。


そして、俺たちは初めての大型の敵に遭遇した。


オーガ。


—二人で倒しなさい。死なない程度には私が見ている。


考える時間は?


作戦を立てる時間は?


そんなものはなかった。


ヴェロニカがオーガへ石を投げた。


—戦場では、いつも作戦を考える時間をくれるとは限らないわよ!


そう言って、彼女は素早く後ろへ下がった。


オーガが棍棒を振り下ろした。


俺は簡単に避けた。


クレアは、なんとか避けたものの、かなり苦戦していた。


—それぞれがどう戦うのか考えなさい!


ヴェロニカが叫ぶ。


—クレア、離れろ。遠距離から攻撃するんだ。


クレアは素直に距離を取った。


すぐに、オーガの視線が俺へ向いた。


再び棍棒が振り下ろされる。


俺はそれを避けた。


—《ヴェントス・ブレード》!


風の刃がオーガの肩へと直撃する。


だが、何も起こらなかった。


ただ、さらにオーガを苛立たせただけだった。


オーガがクレアを見る。


俺はその隙を利用して、脚を斬りつけた。


深くはない。


オーガの視線が再び俺へ戻る。


そして、間髪入れずに攻撃してきた。


だが、ヴェロニカの攻撃よりは遅い。


俺は避けた。


—もっと強い魔法を詠唱しろ!


クレアは素直に従い、より長い詠唱を始めた。


オーガが俺だけを見ている間、俺はひたすら攻撃を避け、隙があれば斬りつけた。


数秒だったのか?


それとも数分だったのか?


分からない。


身体が勝手に動いていた。


自分が何をしているのかも分からなかった。


それでも、上手くできていた。


クレアの詠唱が終わりに近づいていた。


—……炎よ、太陽の娘たちよ! 《イグニス・アロー》!


巨大な炎の矢がオーガへ向かって飛んでいった。


中級魔法。


九歳の少女には不可能に思えるほどの魔法。


だが、クレアなのだ。


炎の矢はオーガの顔面へ直撃した。


オーガはその場に倒れた。


まだ死んではいない。


最後の力を振り絞り、俺へ向かって攻撃してきた。


完全に不意を突かれた。


あと少しで直撃する。


だが、ヴェロニカがその攻撃を止め、オーガの首を斬り落とした。


—二人ともよくやったわ。でも、もっと周りを警戒しなさい。


ヴェロニカは一度息を整えた。


—ハロルド。回避は上手かった。でも、無駄な動きが多すぎる。ほとんど反撃できていなかったし、いつも身体より思考が遅れているように見える。頭で身体を動かすんじゃなくて、身体の動きに思考を合わせなさい。もっと言えることはあるけど、今はここまでにしておくわ。


ヴェロニカはクレアを見る。


—あなたに言うことは少ないわね。まだ幼いんだから。でも、もっと正確に狙うこと。マナをもっと上手くコントロールすること。それから、一撃で仕留めたいなら、マナを攻撃だけに集中させて、さらに速く詠唱しなさい。


—別に二人を責めているわけじゃないわ。まだ幼い。これからいくらでも伸びる。でも、手遅れになる前に直しておいたほうがいい。


俺たちには、勝利を喜ぶ時間すら与えられなかった。


空気が張り詰める。


—次は役割を変える。ハロルド、あなたが遠距離攻撃。クレア、あなたは近距離よ。


……


そうして、俺たちは何階も進み続けた。


最初はかなり苦労した。


それでも、互いに足りない部分をほんの少し補える程度には、適応することができた。


だが、下へ進めば進むほど、ヴェロニカの様子がおかしくなっていった。


—どうしたんだ、ヴェロニカ?


ヴェロニカのような人がこんな状態になるのは珍しい。


—何でもない。ただ戦い続けなさい、ハロルド。気を散らさないで。


それでも、彼女が緊張しているのは明らかだった。


クレアが俺の手を取った。


—ハロルド! 前にコボルトがいるよ! 行こう!


クレアは……まあ、この空気には気づいていないらしい。


下へ。


下へ。


さらに下へ。


何階かに一度は見かけていた冒険者たちも、もういなくなっていた。


ヴェロニカはさらに警戒を強めていた。


視線をあちこちへ走らせている。


それなのに……クレアは相変わらず自分の世界にいた。


シャルロットとのお茶会で聞いたらしいメロディーを、鼻歌で歌っていた。


本人がそう言っていた。


—ハロルド! ヴェロニカ!


クレアの叫び声に、俺は驚いた。


どうやら二人にはそれがおかしかったらしく、笑っていた。


俺の顔が少し赤くなる。


—どうしたの、クレア?


ヴェロニカは笑いをこらえながら尋ねた。


—あ、そうだ。宝箱を見つけたの。


クレアが指差した。


宝箱。


どう見ても怪しい。


ヴェロニカが先頭に立ち、宝箱へ近づいていく。


そして、近くまで来た瞬間――


—ハロルド! クレアを支えて!


直後。


爆発が起きた。


俺の意識が吹き飛びそうになる。


どうにかクレアの手を掴んだ。


視界がぼやけていた。


感覚が狂っていた。


身体もほとんど動かなかった。


何かに引っ張られた。


ほとんど何も聞こえない。


—ハロルド、お願い、離さないで!


クレアだった。


そして、もう一つの声が必死に叫んでいた。


—ハロルド、クレア、走れ!


どうにか走った。


何度もつまずきながら。


何も見えないまま。


何も理解できないまま。


ただ、走った。


やがて、視界が安定してきた。


四人以上いる。


四人の人間。


魔物ではない。


大人と、少年少女たち。


それが、どんな魔物よりも恐ろしかった。


俺は剣を抜いた。


だが、ただ震えることしかできなかった。


そこにいた男の一人が手を上げた。


そして、残りの三人が俺たちへ飛びかかってきた。


運良く、一人の指を切り落とすことができた。


俺の後ろでは、クレアが泣いていた。


少なくとも、そう見えた。


—……汝、天を統べる者よ……《フルグル》!


クレアの手から雷が放たれた。


二人の叫び声が響いた。


一人を殺し、もう一人を負傷させた。


リーダーらしき男が笑った。


—その娘か。


それだけだった。


俺は一瞬気を取られ、腹に攻撃を受けた。


息ができなくなった。


ただ、クレアが連れ去られていくのを見ることしかできなかった。


—嫌! お願い、やめて!


俺は這いずった。


爪が割れた。


それでも追おうとした。


だが、立ち上がることができなかった。


ほんの数分だった。


なのに、何時間にも感じた。


足音が聞こえた。


身体が動かない。


*俺は死んだ。 *


—ハロルド!


ヴェロニカだった。


俺たちを守るはずだった人。


それが、地面を這うようにして戻ってきた。


*彼女がこんな状態なら……俺はどうなる……? *


ヴェロニカが俺へ近づいてきた。


だが、俺の頭の中にあるのは一つだけだった。


感覚の中に。


鼓動の中に。


ただ、それだけがあった。


—俺たちは死ぬ。


*俺たちは死ぬ。 *


俺たちは死ぬ。


ヴェロニカが俺の頬を強く叩いた。


—しっかりしなさい、ハロルド!


たぶん何時間ぶりだったのか。


俺は初めて、ヴェロニカの顔を見た。


彼女は……怯えていた。


俺と同じくらい。


身体中が切り傷と血と傷跡だらけだった。


—ハロルド。クレアを助けに行くわ。


*……クレア……? *


—クレアって、誰?


俺の頭は思考を作ることすらできなかった。


いや。


もしかしたら、俺自身がそうしたくなかったのかもしれない。


ヴェロニカは俺の額に自分の額をぶつけた。


—二度とそんなことを言うな。


悲しそうな声だった。


静寂の中、ヴェロニカから滴り落ちる血の音だけが響いていた。


彼女は俺の肩を掴んだ。


—魔法戦士でも、貴族でも、平民でも、死んだ人間でもいい。でも、今ここにいるハロルドが必要なの。


一度、息を吸う。


—あなたの身体にマナを巡らせる。クレアを助けるために、あなたの力が必要なの。


ヴェロニカは俺の背後へ回り、俺の背中に手を当てた。


熱いマナの波が押し寄せてくる。


熱すぎる。


身体の中へ入り込んでくる。


焼ける。


燃える。


死んでしまうような感覚だった。


それでも、ヴェロニカは止めなかった。


さらに。


さらに。


そして、さらに。


増えていく。


死んでしまいたいと思うほどに。


秒が、時間へと変わっていくようだった。


—今、私のマナを一部渡した。あなたのマナの総量を強制的に増やしたのよ。これを知っているのはペンドラゴン家だけ。絶対に他人へ話さないで。


俺はふらつきながら立ち上がった。


少しだけ身体が軽くなった。


頭も、ようやく考えられる程度には晴れていた。


—クレアを……助けに行こう。


俺たちはクレアが連れていかれた方向へ進んだ。


そこには――


大量の……。


殺された人間たち。


切断された死体。


刺し殺された者。


命を失った者。


中には、まだ息をしている者までいた。


それでも――


ヴェロニカは彼らを無視した。


—クレアのことだけを考えなさい。分かった、ハロルド?


数分が過ぎた。


そして、足音が聞こえた。


—五人……。私が正面から攻撃する。あなたは殺せる奴を殺しなさい。


*……人を殺す……。そんなこと、今まで考えたこともなかった……。俺に、人を殺せるのか? たとえ自分の命が懸かっていても……俺は殺せるのか? *


ヴェロニカが俺を見る。


—殺すか、殺されるかよ。そして、あなたが死ねば、私も死ぬ。クレアも死ぬ。泣いてもいい。吐いてもいい。叫んでもいい。何をしたっていい。でも、それは後にしなさい。今は殺す必要がある。あいつらは魔物よりも怪物よ。


俺は最後まで理解できなかった。


ヴェロニカはすでに正面から飛び込んでいた。


頭が一つ飛んだ。


ヴェロニカのものではない。


腕。


脚。


もしここに立ち尽くしていたら――


また誰かを失う。


—マナよ、我がすべてを捧げる。その代わりに、我が身体、心、魂を包み込め。


マナを身体に纏わせるこの詠唱は、まだマナを上手く扱えない者が使うものだ。


俺は最初に目についた男へ走った。


首へ向かって飛びかかる。


斬った。


男の目から光が消えていくのが見えた。


そして、俺の手は血で染まった。


だが、後悔している暇はなかった。


別の男が俺へ向かってきた。


俺たちがそこにいた者たちを殺し終えたとき、俺はあることに気づいた。


全員、俺と同じくらいの年齢の少年たちだった。


そのとき、笑い声が聞こえた。


身体が震えた。


—驚いたな。まさか自力で全員倒してしまうとは……。この私が、ペンドラゴン嬢。君に最高の部下たちを送り込んだというのに。


ようやく、俺はその人物を思い出した。


原作とまったく同じだった。


『クソ貴族』の人物ではない。


三人の聖人の一人。


剣聖。


主人公の一人。


こいつがやった。


考える時間はなかった。


そいつが俺へ飛びかかってきた。


—俺を知っているのか?


ヴェロニカが俺の前に立ち、剣を受け止めた。


男は苛立ったように言った。


—聞いているんだ。俺を知っているのか?


そして、止まることなく攻撃を続けた。


ヴェロニカはただ耐えていた。


—俺を知っているのか!?


同じ言葉を繰り返しながら、怒涛のような連撃を繰り出してくる。


俺には何もできなかった。


マナがあっても。


なくても。


俺が相手にできる存在じゃなかった。


主人公だった。


やがて、男は攻撃を止めた。


—ああ、そうか。どうして気づかなかったんだ。お前も……。


その言葉を遮るように、雷が男の頭へ落ちた。


クレアだった。


—お嬢ちゃん、礼儀ってものを教わらなかったのか?


男はクレアへ向けて手を上げた。


ヴェロニカが走り、クレアの前に立つ。


だが、何も起こらなかった。


—ああ、そうか……ここではそれは使えないんだったな……。


ヴェロニカの目を見た。


それだけで、すべてが分かった。


……


俺は男の首を斬った。


頭が飛んだ。


俺の身体は血まみれになった。


人間の血で。


俺を殺そうとしていた人間の血で。


俺たちは無言でダンジョンを出た。


入口の周囲には大勢の衛兵がいた。


そして、そこには二人の重要な人物がいた。


フェリックスとシャルロット。


クレアは二人のもとへ走った。


そして、泣いた。


泣いて、泣いて、泣き続けた。


俺はただ、それを見ていた。


自分が汚れているように感じた。


気持ち悪い。


吐き気がする。


自分が、ひどく醜いものになったように感じた。


そして、フェリックスが最初に動いた。


何も言わず、俺へ近づき――


俺を抱きしめた。

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