なぜ、彼らがここにいる?
*本当に聖女の小説に転生したんだ……。でも……ハロルドに妹なんていたっけ? 一話にしか登場しなかったキャラクターだったけど、妹がいたかどうかは覚えていない。*
しばらくの間、俺は考え込んでいた。
気づかないうちに、俺は目を閉じていた。
馬車が段差に乗り上げ、揺れた。
*クレア……クレア・ド・ヴァロワ……。中世風のメカが出てくる、あの小説のキャラクターじゃなかったか……?*
俺の視線が窓へと向いた。
そして、彼女を見つけた。間違いない。聖女、ソフィー・フェルリン……別の小説のキャラクターだ!
なぜ彼女がここにいるのか、俺には理解できなかった。
絶対に小説を間違えたわけでも、キャラクターを間違えたわけでもない。
何より、クレアもソフィーも、『役立たずの聖女と間抜けな王子』の原作には存在しない。
俺は長いため息を吐いた。
小声で話す。
「よし、整理しよう……。俺はハロルド・フォン・シルフォード。父親はフェリックス・フォン・シルフォード、母親はシャルロット・フォン・シルフォード。二人とも『役立たずの聖女』の小説の登場人物だ。クレアは変な中世メカの小説に登場して……ソフィー・フェルリンは……未来のサイバーパンクみたいな小説の……。これ……どう考えてもおかしいだろ」
この身体の母親であるシャルロットは、不思議そうに俺を見つめた。
「ハロルド……大丈夫? 今朝からずっと様子がおかしいわよ」
「何でもないよ、母さん」
俺の口が勝手に答えた。
*そういえば、ソフィーは未来的な服を着ていなかった。この世界では普通の服を着ている……。きっと俺の想像だ。そうであってくれ。*
「お兄ちゃん! 着いたよ!」
クレアはそう叫ぶと、俺の手を取って馬車の外へと駆け出した。
「クレア、待ちなさい。そんなに急いだら転んで怪我をするわよ」
シャルロットが心配そうに言った。
俺は王立学院を見て、その場で足を止めた。
巨大だった。王城とほとんど変わらないほどの大きさだ。学生寮らしき建物まである、広大なキャンパス。
そこを大勢の人々が出入りしている。
そして、どうしても無視できないものがあった。
「なんでこいつらがここにいるんだよ!?」
*『三人の馬鹿な聖者』のマイク・ハルフォード、『ハーレムの口実みたいな小説』のリリアーネ、ファウナ・ファルチ……こいつがどの小説のキャラクターなのかすら覚えていない。でも、絶対にここにいるはずがない! いったい、他の小説のキャラクターが何人いるんだよ!?……そしてクロエ・ド・ローゼンベルク……こいつはここにいてもおかしくない……。*
俺が落ち着きを取り戻すと、周囲の全員が俺を見ていることに気づいた。
シャルロットが俺の耳を強く引っ張った。
「ハロルド・フォン・シルフォード。人前で大声を出してはいけません」
明らかに怒っている。
俺は耳を擦りながら、シャルロットの隣を歩いた。
*一番おかしいのは、全員が学院の制服を着ていることだ……。*
俺は数秒間、足を止めた。
*ということは……どうやってこの世界は成り立ってるんだよ!? リリアーネの小説では、人間一人一人が都市を破壊できるほどの力を持っているんだぞ!?……他の能力システムのある小説なんて言うまでもない。*
「ハロルド?」
シャルロットが声をかけてきた。
「今行く」
俺は歩調を速め、再び彼女についていった。
「母さん……」
*シャルロットって呼ぶのは変だよな。*
「どうしたの、ハロルド?」
*絶対に疑問を解消しておくべきだ。*
「母さん……僕はいつ最初の魂環を受け取るの?」
*俺が覚えている限り、『三人の馬鹿な聖者』では、魂環を受け取るのは十五歳になってからだ……。この身体は十四歳。つまり、もうすぐ目覚めるはずだ。*
シャルロットは黙り込んだ。
「魂環ですって?」
彼女は俺の額に手を当てた。
「大丈夫なの、ハロルド? それに、目覚めるって何のこと?」
「え?」
*じゃあ……魂環なんて存在しないのか。*
「どんな魔法体系を使ってるの、母さん?」
「魔法体系?」
シャルロットは、さっき以上に困惑した顔をした。
「そう、魔法体系とか、騎士の紋章とか、肉体変異とか」
俺が魔法体系を口にするたび、シャルロットはさらに困惑していった。
「ハロルド、この世界にはルーンと魔法詠唱を使った魔力しか存在しないわ。それに、魔法剣士や聖職者、遠距離型の魔法使いなんかがいるくらいよ……。本当に大丈夫? それに……勉強していなかったんじゃないでしょうね?」
*そうだ……この身体の持ち主は読書が大嫌いだった。*
「アストリッドにあなたの勉強を個人的に監督してもらうわ」
俺の身体を悪寒が駆け抜けた。
「わかった……母さん……。最後に一つだけ……僕たちはどの大陸にいるの?」
シャルロットは顔を手で覆った。
「ヴァラリス大陸の、アリステア人間王国よ」
*この大陸と王国は、『転生したらゴミみたいな貴族だった……でも最強の魔法を持っていた』の舞台だ。つまり、あの『ゴミ貴族』だ。おそらく、この魔法体系もあの小説のものだ。でも俺の家族は『役立たずの聖女』の小説に登場する。そして、他の小説のキャラクターまでいる……! それより重要なのは……エルフは!? ずっと実物を見てみたかったんだ!*
「母さん……今は何年?」
*地理や魔法、それ以外のいくつかの要素が元になっている小説の時系列で考えると、849年に学院が他種族の生徒を受け入れ始める。そして、それがあの小説の始まりの年だ。*
シャルロットは先ほど以上に呆れた様子で答えた。
「王暦848年よ……」
*ものすごく呆れた顔をしている……。でも、俺が見た本物のハロルドの記憶はほんの少しだけだ……。*
「シルフォード夫人」
低い声が聞こえた。
「はい。わざわざ来ていただき、ありがとうございます、バーナード学院長」
母さんが小さく頭を下げた。
俺の身体も同じように勝手に動き、頭を下げた。
「そこまで畏まる必要はありません。かつてフォン・シルフォード氏には大変お世話になりました。とても感謝しております。それに、二年後にあなたの息子が私の学院で学ぶことになるのは、嬉しいことです」
彼は事務室らしき部屋の扉を開けた。
シャルロットが入り、その後にクレア、そして最後に俺が入った。
二人はしばらく、どうでもいいような話をしていた。
「それでは……ハロルドは前回の魔力試験で、何の魔法も発現しなかったのですか?」
バーナード氏が尋ねた。
「はい……魔法が使えないのではないかと心配しているんです……」
母さんは悲しそうに答えた。
「なるほど、それは問題ありません……父親の才能を受け継いでいるのですから。優れた剣士になれるでしょう」
*今思い出した……。元の小説でのハロルド・フォン・シルフォードは魔法と相性が悪い代わりに、優れた剣士だった。『役立たずの聖女』の世界では、優れた戦士になれば高い地位を得られた……。でも、この小説の世界では……まあ、せいぜい王国騎士になれればいいところだ……。*
「ですが……父親は優れた魔法剣士です。もしかすると、魔力の覚醒が遅れているだけかもしれません。通常より少し遅れて適性が発現する例も、決して少なくありません」
空気が張り詰めた。
部屋に数秒間、沈黙が流れた。
「ママ、もう一度魔法の試験を受けさせることはできないの?」
*確かにその通りだ。この世界の原作では、主人公のカズキも遅れて魔力に目覚めた……まあ、あいつは全ての分野に適性があったけど……主人公補正ってやつだ。*
バーナードは咳払いをした。
「確かに、もう一度試験を受けることはできます……」
彼は顎に手を当てた。
「よし、ハロルド。君たちが望むなら、もう一度試験を受けてもらおう」
シャルロットは安堵のため息を吐いた。
「ありがとうございます、バーナード先生」
……
*本当に……俺は何をしているんだ……?*
「黒板に書かれているものを読んでください」
学院の教師の一人らしき女性が言った。
そこに書かれている文字は、俺が見慣れていたものとは完全に異なっていた。それでも、不思議と見覚えがあった。
奇妙な文字が何と書いてあるのか理解しようとしていると、学院長と母さんが小声で話しているのが聞こえた。
「はい、魔法が使えないのではないかと心配しています。魔法が使えない者が王都でどう扱われるか、あなたもご存じでしょう」
*ああ、そういうことか。*
「イグニス!」
俺の指先に炎が現れた。
*……本当に作者は詠唱を考える気がなかったんだな。典型的なものをそのまま使ってる……。*
全員が静まり返った。
聞こえるのは、俺の指先で燃える炎の音だけだった。
シャルロットが俺のもとへ駆け寄り、強く抱きしめた。
「やっぱり! ハロルドが目覚めないなんて、絶対にありえないと思っていたわ!」
彼女の顔には涙が浮かんでいた。
不思議なことに、それを見て俺は本当の母親を思い出し、俺まで泣いてしまった。
クレアも俺たち二人のもとへ駆け寄り、ほとんど反射的に泣き始めた。
バーナードはただ笑った。
「これで一件落着、ですね? あとはどの分野が専門になるのかを見るだけです。それは後で確認すればいいでしょう……」
彼は顎を掻いた。
「突然で申し訳ありませんが、聖職者は数が少ない。シャルロット、念のため、聖職者の適性試験も受けさせてみませんか?」
シャルロットは涙を拭い、俺を解放した。
「もちろんよ、バーナード」
……
空はオレンジ色で、風は冷たかった。
*ああ、俺は聖職者じゃない……。『ゴミ貴族』では、聖職者は数が少ないからこそ、存在する者は非常に重宝されている……。*
俺は残念そうにため息を吐いた。
*魔法は魂と結びついているのか……? ハロルドは死ぬまで魔法に目覚めない……。*
俺は頭を掻きながら、窓の外を眺めた。
街の景色は美しかった。
「俺、このくだらない小説について考えすぎてるな」
「何か言った、ハロルド?」
クレアを膝の上に寝かせ、その頭を撫でながらシャルロットが尋ねた。
俺は首を横に振った。
*魔法を使ったことが、まるで自然なことのように感じた……。もしかすると、元のハロルドの記憶には、魔法を実際に何度も見た経験があるからかもしれない。*
家へ戻る道中は、とても穏やかだった。通りから聞こえてくる音だけが静寂を破っていたが、それがどこか心地よかった。
馬車を降りると、そこには背が高く、がっしりとした体格で、灰色の目と黒い髪を持つ男が立っていた。
シャルロットとは正反対で、彼女は小柄で、淡い青色の瞳と、羨ましいほど美しい金髪をしている。
*小説ではフェリックス・フォン・シルフォードの容姿について一度も詳しく描写されていなかった……。実際に見ると、かなり威圧感があるな。*
「息子よ、ヴァレリス王立学院は気に入ったか?」
「はい、父さん。どうして高い名声を得ているのか分かりました」
俺は礼儀正しく答え、頭を下げた。
すると、背後から足音が聞こえた。
クレアを抱いたシャルロットが近づいてきた。
「あなた……私たちのハロルドが魔力に目覚めたわ」
涙をこらえながら、シャルロットはフェリックスへ近づき、彼に抱きしめられた。
「そうだろうと思っていた。これほど才能に恵まれた我がフォン・シルフォード家のハロルドが、魔力に目覚めないはずがない」
フェリックスは明らかな誇りを滲ませながら言った。
二人はしばらくの間、そのまま抱き合っていた。
そして俺は、ただそれを見つめていた。
今はハロルド・フォン・シルフォードだけど、精神的にはまだホシノ・ソウタだ。
フェリックスが俺のもとへ近づき、俺の目を見つめて、心の奥深くまで響く言葉を口にした。
「ハロルド。息子よ、私はお前を誇りに思う。お前がどんな人間であろうと、魔法が使えても使えなくても。愛しているぞ、私の息子よ」
外見だけを見れば感情がないように見えるフェリックスが、俺を抱きしめた。
まるで、本当の息子であるかのように。
気づけば、俺の腕はすでに彼の背中に回っていた。
そして、目には涙が浮かんでいた。
俺はしばらくの間、泣き続けた。
まるで、再び家に帰ってきたような気持ちになった。
しばらくして、俺たちは食事をするためフォン・シルフォード家の屋敷へ入った。
シャルロットは口元を拭い、アストリッドに合図を送った。
「明日から、ハロルドが少なくとも一日二時間は勉強するように監督してちょうだい……」
アストリッドが俺へ視線を向けた。
そして、小さな笑みを浮かべた。
その表情に、俺は悪寒を覚えた。
「かしこまりました、シャルロット様」
*アストリッド……アストリッドは『ゴミ貴族』には一度も登場していない……。もしかして、別の小説のキャラクターなのか?*
その疑問が俺の中を蝕み始め、俺はそれを考えながら眠りについた。
「思い出した。アストリッド・パイルズ。『三人の馬鹿な聖者』のキャラクターだ。第二聖者の専属メイド……」
*分かるぞ、元のハロルド……。あの小説では、彼女は怖かった……。*
完全な静寂だった。
屋敷全体で聞こえる音は、夜の鳥の鳴き声と俺の呼吸だけだった。
*もしかしたら……これは現実から逃げるために見ている夢なのかもしれない……。俺が読んだすべての小説が混ざっているなら、それも納得できる。*
俺は笑った。
「本当に……戻りたくないな」
俺は少しずつ目を閉じ、眠りについた。
------------------------------------------------------------------
*後悔した。やっぱり帰りたい……。*
「それでは、若様ハロルド。これから……」
そう言って、アストリッドは巨大な本の山を取り出した。
「最低でも二冊は読んでもらいます。それから、簡単な感想文と要約も書いてください」
彼女は悪魔のような笑い声を漏らした。
「もしやらなかったら、お母様にお小遣いを取り上げてもらいますからね」




