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科学の敗北

人造魔女兵『ナンバーズ』との死闘を終え、

ユウナ、ラビス、マーリンの三人は、ついにオルテリア帝国の首都――帝都オルテリアの巨大な城門の前に立っていた。


かつては数千の近衛兵が厳重に警備し、鉄壁を誇った大城門。しかし今、門は不気味なほどに左右へ大きく開け放たれ、人っ子一人いない。広大な石畳の目抜き通りには、ただ冷たい風が砂埃を巻き上げて吹き抜け、ちぎれた帝国の国旗が虚しく地面を転がっているだけだった。


「静かすぎるわね……。まるで、巨大な墓場にでも足を踏み入れたみたい」


マーリンが、背中の風の刃を鋭く微振させながら、周囲の警戒を強める。


「ええ。市民たちの気配は、すべて地下の防空壕や巨大な居住区に避難させられているようです」


ユウナが静かに周囲の精神の波長を読み取る。その銀髪をなびかせながら、彼女は街の全域から伝わる微弱な感情の波を精査していた。


「街に残っているのは……あの冷酷で、ひどく歪んだ、狂気じみた精神の持ち主だけです」


「グレイブね」


ラビスが冷ややかな声で告げる。


「五年前、私を罠に嵌めて処刑台へ送った男。そして、私の大切な母クレアを殺した『魔女対策課』の現トップ。ユウナ、あんたはどうしたい?」


ユウナは、胸元のラビスを愛おしそうに、かつてないほど優しく見つめ、それからそっと地面へと降ろした。


すっかり成長したラビスの身長は、ユウナの腰ほどまである。ユウナはラビスの前に静かに跪き、その小さな、しかし温かい両手を、自らの細い両手で包み込んだ。


「ラビス様。私を拾ってくださったあの日から、私の命は貴女のものでした。貴女が目の前で処刑されたあの日、私は世界への復讐と、自らの無力さへの激しい怒りだけで生きてきました。ただそれだけが、私の心臓を動かす燃料だったのです」


ユウナの硝子玉のような瞳に、かつてないほどに深く、揺るぎない確かな光が宿る。


「ですが、今の私は違います。貴女と奇跡の再会を果たし、マーリンと出会い、帝国に虐げられてきた多くの同胞たちの涙を見てきました。私はもう、怒りだけで戦う、あの哀れな弟子ではありません。魔女が魔女として、人間が人間として、ただ平穏に笑い合える世界を作る。そのために、私は私の意志で、グレイブを、そしてこの国の長い悪夢を終わらせます」


ラビスは、そんなユウナの表情をじっと見つめていた。その紅い瞳は、目の前の愛弟子が完全に自分の手を離れ、一人の偉大な魔法使いとして完成したことを悟っていた。ラビスはふっと、満足げに口元を歪めた。


「合格よ、ユウナ。あんたはもう、私の庇護を必要とする子供じゃない。……私の誇る、世界最高の弟子よ。行きなさい、あんたの決意を、あの男に見せてやりなさい」



「はい。――行ってまいります、ラビス様」



ユウナは立ち上がり、ゆっくりと、しかし確かな足取りで帝都の深奥へと歩みを進めた。マーリンはラビスの側に残り、彼女の守護と周囲の警戒を買って出た。ここからは、ユウナと宿敵との個人的な決着の場だった。


帝都の中央にそびえ立つ、荘厳な大理石の謁見の間。

かつて皇帝が座していたきらびやかな玉座の前に、一人の男が立っていた。


安全保安局長、グレイブ。


しかし、その姿は五年前の冷徹な官僚のそれとは、大きくかけ離れていた。


彼の左半身は、おぞましい金属の装甲と生々しい筋肉の繊維が、無理やりこねくり回されて融合していた。全身に突き刺さった真鍮製の管からは、不気味に脈動する紫色の液体が直接体内に注入されている。昨日の『ナンバーズ』と同じ、いや、それ以上に強力な「魔女の細胞」を自らの肉体に移植した、狂気と盲信の成れの果てだった。



「――来たか、魔女め」



グレイブの声は、人間のそれとは異なる、金属と鉄錆が擦れ合うような不気味な重低音へと変貌していた。一歩動くたびに、彼の体内からゴボゴボと嫌な液体が波打つ音が響く。


「自ら忌み嫌う悪魔の肉体を取り込むとは。安全保安局長ともあろうお方が、ずいぶんと滑稽な姿になられましたね」


謁見の間の重厚な扉を開け、静かに歩み入ったユウナが、冷徹な声で告げる。その銀髪は、謁見の間に差し込む細い光の中で美しく輝いていた。


「滑稽だと? 黙れ、魔女が!」


グレイブの唯一残った右目が、血走って狂気に見開かれる。


「我々人間が、どれほどの恐怖の中で生きてきたか、貴様らにわかるはずがない! たった一人の魔女の気まぐれや気分の良し悪しで、国家が、歴史が、一瞬にして灰にされるのだ! 力なき正義など無意味! 私は、この国を、人類を守るために、神聖なる『科学』を極め、この力を手に入れたのだ!」


グレイブが左腕の異形の義手を突き出すと、そこから狂暴な黒い雷撃が放たれた。バリバリと空間を引き裂き、大理石の床を木端微塵に弾き飛ばしながら、凄まじい衝撃波がユウナを襲う。


「――『精神のマインド・シールド』」


ユウナは眉一つ動かさず、ただ静かに視線をグレイブへと向けるだけで、その凶悪な雷撃を完全に霧散させた。彼女の周囲数メートルには、如何なる魔力も物理的な衝撃も届かない、絶対的な不可視の障壁が展開されていた。


「貴方の言う『科学』とは、死した魔女たちの尊厳を汚し、生きた人々を恐怖で支配するための、ただの『暴力』です。恐怖から逃れるために、さらに大きな恐怖を生み出す……その循環に、なぜ気づかないのですか」


ユウナが静かに、一歩、また一歩と、大理石の破片を踏み締めながらグレイブへと歩み寄る。



「黙れぇぇぇ! 貴様と、ラビスさえ消えれば、この国に真の平和が訪れるのだ! これが人類の、私の意志だ! 死ねぇッ!」



グレイブは全身の管から激しく紫の液体を噴出させ、自らの肉体をさらに膨張、肥大化させながら、狂った獣のように床を蹴り、ユウナへと突進した。


グレイブの繰り出す攻撃は、大理石の円柱を容易に粉砕し、謁見の間を崩壊へと導くほどの圧倒的な破壊力を伴っていた。


だが、ユウナの周囲に展開された絶対的な精神領域の中では、彼の重い拳は空を切り、彼が狂乱の中で放つ紫の雷撃は触れる前に煙のように霧散していく。


「――気づいていますか、グレイブ」


ユウナの声が、暴れるグレイブの脳内に、直接、静かに響き渡る。どれほど彼が防魔の金属を体に埋め込もうとも、内側から直接語りかける彼女の精神干渉を防ぐことは叶わない。


「貴方のその異形の肉体。埋め込まれた魔女たちの細胞が、今、貴方の精神を内側から貪り、食い荒らしています。貴方が生涯恐れていた『魔女の呪い』とは、他でもない、貴方自身の強欲と恐怖が自ら招き寄せた、自業自得の結末なのです」




「が、あ、あぁぁぁッ! 頭が……私の、頭がァッ! 黙れ! 消えろ! 私の頭から出て行けェ!」



突如、グレイブが狂ったように自らの頭を両手で抱え、大理石の床に転がって激しく悶え苦しみ始めた。

彼の壊れかけた脳裏に、自らがこれまで「国家のため」と称して処刑し、地下施設で実験台にして搾取してきた、無数の魔女たちの死に際の「幻聴」と、狂わされた魂たちの「絶望」が、堰を切った奔流となって押し寄せていた。ユウナが精神干渉の手をほんの少し強めただけで、彼の歪んだ精神のジェンガは、内側からあっけなく崩壊していった。


「終わりです、グレイブ。貴方の長い悪夢を、今、私が引き受けましょう」


ユウナが静かに両手を広げると、彼女の背後から、純白の光の羽が広がるように、温かで清らかな魔力の波動が謁見の間を満たしていった。


「――『深淵への洗礼アビス・リトリート』」


それは、相手の狂った精神を優しく包み込み、すべての憎悪と、恐怖と、狂った記憶を無に帰す、ユウナが辿り着いた究極の精神鎮静魔法。


のたうち回っていたグレイブの叫び声が、光に包まれるにつれて、次第に小さくなっていく。

彼の全身を巡り、生体組織を侵食していた禍々しい紫の液体が急速に輝きを失い、完全に浄化されていく。異形化し、肥大化していた左半身は、静かに形を失ってサラサラと崩れ、白い砂へと変わっていった。


「私は……何を、これほどまでに、恐れて……」


最期に、グレイブは掠れた、かつての人間としての静かな声を漏らし、そのまま糸が切れた人形のように、玉座の前でゆっくりと倒れ込み、二度と動かなくなった。その表情には、長年の恐怖から解放されたかのような、奇妙な平穏が浮かんでいた。


凄まじい静寂が、埃の舞う謁見の間を包み込む。

かつて魔女たちを地獄に陥れ、この国を恐怖で支配した「魔女対策課」の最高権力者、グレイブの、これが最期であった。


ユウナは、静かに彼を見つめ、それから深呼吸をしてゆっくりと振り返った。

壊れかけた扉の向こうでは、ラビスと、マーリンが静かに彼女の帰りを待っていた。


「終わりましたよ、ラビス様」


ユウナの顔に、かつてないほどに穏やかで、美しい微笑みが浮かんだ。


歪んだ因縁を自らの手で断ち切った彼女は、今やかつての師の背を追いかけるだけの少女ではなく、世界をその意思で救う「本当の魔女」となったのだ。

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