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国の正体

討伐軍三千を灰にした「黒い更地」のニュースは、オルテリア帝国全土に、かつてない激震となって駆け巡った。


「伝説の魔女ラビスが復活した」


「銀髪の死神が、一瞬で軍を消し去った」


そんな噂は、虐げられてきた者には希望として、特権階級には逃れようのない恐怖として浸透していく。


帝都に近い要衝である商業都市リンドルもまた、その噂の渦中にあった。かつては大陸中の商人が集まり活気に満ちていたこの街も、今はいたる所に保安局の「監視の目」があり、住民たちは隣人の密告を恐れて息を潜めて暮らしている。街のあちこちに掲げられた「魔女密告奨励」の看板が、乾いた風に揺れて不気味な音を立てていた。


「……酷い空気。魔法の匂いもしないけれど、人間の『悲鳴』だけは風に乗って聞こえてくるわ」


マーリンが、フードの下で眉をひそめた。二十六歳となり、風の精霊と一体化した彼女の感覚は、街の隅々にまで張り巡らされた住民たちの負の感情――「諦め」や「猜疑心」を敏感に察知していた。彼女の足元で微風が渦を巻き、まるで主人の不快感に共鳴するように石畳を削っている。


「ここには帝国最大規模の『魔女収容所』があります」


二十六歳のユウナが、五歳のラビスの手を引きながら静かに告げる。ユウナの銀髪は夜の光を反射し、その瞳は街の地下に潜む巨大な魔力の歪みを見抜いていた。


「表向きは犯罪者の更生施設ですが、実態は本物の魔女を監禁、魔力を抽出し、魔道具の動力源として使い潰す工場です。帝国が誇る『科学の光』の正体は、彼女たちの命の灯火なのです」



五歳のラビスは、幼い外見に似合わぬ鋭い眼光を、街の中央に鎮座する巨大な石造りの収容所へと向けた。


「私の同胞を、機械の歯車の一部にしているわけね……。ユウナ、マーリン。派手にやるわよ。恐怖で縛られたこの街に、本物の『魔法』を見せてあげなさい。人間たちが忘れ去った、神聖なる力の顕現を」



深夜。リンドルの外れにある収容所に、二つの影が降り立った。


「侵入者だ! 撃てッ!」


監視塔の看守たちが叫び、魔力感知機能を持つ最新鋭のサーチライトが二人を捉える。だが、ユウナが静かに右手をかざした瞬間、世界から「意志」が消えた。


「――『精神のミスト・オブ・レテ』」


ユウナから放たれた銀色の霧が、波紋のように収容所全体を包み込む。霧に触れた看守たちは、銃を構えたまま、あるいは叫ぼうとした口を開けたまま、呆然と立ち尽くした。彼らは自分が誰なのか、ここで何をしていたのか、そして目の前の侵入者が何者なのかという記憶を、一時的に完全に失ったのだ。ユウナの精神魔法は、もはや破壊ではなく、認識そのものを操作する神域の域に達していた。


「道を作るわ。――『風神のストーム・ハンマー』!」


マーリンが虚空を殴りつけるような動作をすると、圧縮された大気が目に見えるほどの衝撃波となり、厚さ一メートルを超える鋼鉄の正門を襲った。轟音と共に、門は紙細工のように内側へとひしゃげ、建物の奥深くまで吹き飛んだ。


二人が地下へと突き進むと、そこには言葉を絶する光景があった。


広大な地下ホールに並ぶ無数のガラスカプセル。


その中には、痩せ細った女性や、まだ幼い子供たちが閉じ込められ、体中に管を繋がれていた。


「……これは」


マーリンが絶句する。カプセルの中の少女たちは、生命力そのものである魔力を強引に引き抜かれ、その魂が削られるたびに、青白い光が機械の配管を通って帝都へと送られていく。



「汚らわしい」




ユウナの瞳に、極寒の怒りが宿る。


彼女は管を一本ずつ、精神干渉によって優しく、しかし確実に切り離していった。ショック死しないよう、相手の精神に安らぎを与えながらの作業は、ユウナにしかできない繊細な芸芸だった。


「もう大丈夫、風が守ってくれるわ」


マーリンは、カプセルから抱き上げた少女の震える肩を抱き寄せ、優しく微笑んだ。かつて自分が街を追われた時の孤独を、この子たちには二度と味わわせない。


その決意が、彼女の魔力をさらに力強く、温かなものに変えていた。


夜が明ける頃、収容所から救い出された数百人の「魔女」たちが、リンドルの広場へと集められた。衰弱し、日の光に目を細める彼女たちの前に、五歳のラビスが悠然と姿を現す。



「顔を上げなさい、娘たち」



その幼い外見からは想像もつかない、大気を震わせるほどの威厳。住民たちが家の窓から恐る恐る覗き見る中、ラビスは自らの膨大な魔力を、黄金の光に変えて広場全体に降らせた。


『奇跡の治癒ミラクル・ヒール』。



光に触れた者たちの傷が癒え、奪われていた活力が急速に回復していく。これほど純粋で、慈愛に満ちた力は、今の帝国のどこを探しても存在しないものだった。


「私はラビス。あんたたちが歴史で習った『最悪』であり、あんたたちの『未来』よ」



ラビスは集まった魔女たち、そして遠巻きに見ていた街の住人たちに向かって、高らかに宣言した。その声は念話となり、街中の全住民の脳内に直接響き渡る。



「帝国は、魔女を厄災と呼び、その裏で魔女の力を貪ってきた。だが、その搾取の時間は終わった。今日、このリンドルを『魔女の聖域』として解放する。従いたい者は共に来なさい。平穏を望む者は去りなさい。ただし――」



ラビスの背後に、天を突くほどの紫の魔力が渦巻く。その巨大な圧力が、街の象徴であった時計塔を揺らした。



「これ以上、私たちの同胞に指をかける者は、この世界のどこにいても私が焼き尽くす。オルテリアの王に伝えなさい。……王座を磨いて、震えて待て、と」




その夜、リンドルの街からは保安局の旗が引き裂かれ、代わりに三人の魔女を象徴する「銀・金・紫」の三色旗が掲げられた。恐怖に支配されていた住民たちの中には、魔女たちの慈悲深い姿を見て、自分たちが教えられてきた歴史が嘘だったのではないかと涙する者も現れ始めた。




一方、帝都の安全保安局。



「……リンドルが、堕ちただと?」



報告を受けたグレイブは、執務室の机を粉々に砕いた。その顔は怒りと、それ以上に深い「恐怖」に歪んでいる。



「化け物め……。だが、こちらもタダでやられるつもりはない。例の研究を完成させろ。……毒には毒を。厄災には厄災をぶつけてやる」



グレイブは自らの腕に、不気味に脈動する紫色の液体を注入し、狂気的な笑みを浮かべた。





解放された街リンドルの夜明けの裏で、科学が産み落とした最悪の闇が、静かに蠢き始めていた。

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