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真実の歴史

霧深い森の奥、ユウナたちの隠れ家。


暖炉ではパチパチと薪がはぜ、部屋中にはセージとカモミールの香りが漂っていた。


「……ふぅ、落ち着く。こんなに安心して温かいお茶を飲んだのは、いつ以来だろう」


金髪の魔女マーリンは、差し出された木彫りのカップを両手で包み込み、深く息を吐いた。追っ手の恐怖から解放され、ようやくその端正な顔立ちに血色が戻っている。

その隣では、ユウナが慣れた手つきで、一歳の赤ん坊――ラビスの口元へ、ぬるま湯でふやかしたお粥を運んでいた。


「あーん、なさいませ。ラビス様」


「……屈辱だわ。中身は三十九歳の淑女に、あーんだなんて。ユウナ、あんた確信犯でしょう」


脳内に響く不機嫌な念話とは裏腹に、赤ん坊の身体は本能に逆らえず、パクパクとお粥を平らげていく。一通り腹が膨れると、ラビスはユウナの膝の上で、ふんぞり返るように座り直した。


「さて、マーリンと言ったかしら。あんた、自分がなぜ追われているか、本当の意味を知っているの?」


マーリンは少し顔を伏せた。


「魔女は……悪魔の子だから。人を惑わし、国を滅ぼす厄災。学校でも、街の広場でも、そう教えられてきました。だから、魔法を使った私は……」


「ハッ! 洗脳教育の賜物ね」



ラビスの紫の瞳に、氷のような冷たい光が宿った。


「いい機会だわ。この国の連中が、自分たちの『臆病』と『強欲』を隠すために、どうやって歴史を塗り替えてきたか。その泥臭い真実を、あんたたちに教えてあげるわ」


ユウナは静かに手を止め、ラビスの背中を優しく支えた。


これから語られるのは、この「世界最悪の魔女」が誕生した、呪われた物語だ。



「話は五十年前まで遡るわ。当時、このオルテリア帝国は隣国との長い戦争の最中にあった。泥沼の五年……帝国軍は無能でね、他国の軍隊に一度も勝てず、敗戦に次ぐ敗戦。国は滅びの淵に立たされていた」


ラビスの念話が、低く重く部屋に響く。


「そこで国王が頼ったのが、忌み嫌われていた私たち魔女だった。寄せ集められたのは、わずか百人の魔女。それが『魔女部隊』。そして、その隊長を務めていたのが、私の母親……クレアだったわ」



マーリンが息を呑む。



「魔女が……軍隊に?」


「ええ。結成からわずか半年よ。たった百人の魔女が、五万を超える敵国軍を、まるでゴミを払うように殲滅した。空からは火が降り、大地は割れ、敵軍は戦う前に戦意を失った。圧巻だったそうよ。帝国の人々は、魔女を『救国の女神』と崇め奉ったわ」


しかし、ラビスの唇(赤ん坊のそれだが)は、嘲るように歪んだ。


「平和が訪れた瞬間、人間たちの手のひらは返った。圧倒的な力は、平和になればただの『恐怖』でしかない。昨日まで女神と呼んでいた民衆が、今日には『いつか自分たちも殺されるのではないか』と怯え始めた。そして何より、自分たちの無能さを突きつけられた国王が、魔女の存在を何よりも恐れたのよ」


国王は秘密裏に『魔女対策課』の前身となる組織を結成。


そこから始まったのは、戦場よりも陰湿な「処刑」だった。


「闇討ちよ。一人、また一人と、魔女たちが消えていった。夜道で、あるいは食事に毒を盛られ……誰の仕業かもわからず、英雄たちは泥の中で息絶えた。国王の徹底ぶりは狂気そのものだったわ。反逆を恐れるあまり、部隊員だけでなく、その家族、まだ魔法も使えない子供まで、根絶やしにするよう命じたの」


「そして、その矛先は私の家にも向けられた」



ラビスの念話が、一瞬、微かに震えた。


「あの夜。私はまだ九歳だった。母クレアは、戦場を生き抜いた英雄でありながら、就寝中に愛する国が放った刺客に襲われ、殺された。……私の目の前で、心臓を槍で貫かれたのよ」




「そんな……っ」



マーリンが口元を押さえて絶句する。


「刺客の男は、次に私に槍を向けたわ。震える九歳の子供にね。でも、その時よ……私の中で何かが壊れた。悲しみなんて生ぬるいものじゃない。脳が沸騰するような、真っ黒な怒りが溢れ出したの」



それが、ラビスの魔力の「暴走」だった。


九歳という若さで、母の死によって開花した絶大な魔力。



「一晩よ。たった一晩で、私は王都の半分を灰にした。王城も、街も、私を殺そうとした人間も、すべてを焼け野原に変えてやったわ。……それが、私が『世界最悪の魔女』と呼ばれるようになった理由。そして、今の魔女狩りの仕組みが完成した瞬間よ」



ラビスの失踪後、帝国は自らの不祥事を隠蔽した。


「魔女は恩を仇で返し、国を滅ぼそうとした悪魔である」と公表し、魔女対策課を正式に発足させた。魔女を助ける者、隠す者はすべて死刑。


魔女は「厄災」として定義され、家畜以下の扱いを受ける地獄が始まったのだ。



「一通り魔女を根絶やしにすると、今度は『魔女対策課』の存在意義を保つために、見せしめが必要になった。……今の時代がそうでしょう?」



ラビスは、マーリンの震える瞳を真っ直ぐに見つめた。


「本当の魔女は、もうこの国には数えるほどしかいない。だから彼らは、気に入らない人間や、ただ運の悪い普通の人間を『魔女』に仕立て上げて殺す。恐怖で国民を支配するためにね。あんたが子供を助けて追われたのも、彼らにとっては絶好の『獲物』が見つかっただけの話よ」



部屋の中は、静まり返っていた。



マーリンは溢れ出す涙を拭うことも忘れ、ラビスが語ったあまりにも重く、悲しい真実に震えていた。自分が信じていた世界が、どれほどの嘘と死体の上に成り立っていたのかを知ったからだ。


ユウナは、ラビスの小さな手をそっと握った。


ラビスの語った過去。それはユウナにとっても、初めて聞く細部だった。母を殺され、九歳で国を焼いた孤独な少女。その果てに出会ったのが、捨て子だった自分だったのだ。



「……ラビス様。だから貴女は、私に『平穏に生きろ』と仰ったのですね」



ユウナの呟きに、ラビスはふんと鼻を鳴らした。



「そうよ。こんな泥沼に関わって、いいことなんて一つもない。……でも、あんたは私を見つけ出し、このマーリンなんて小娘まで拾ってきた。運命ってのは、本当に趣味が悪いわね」



ラビスは、幼児の短い指を天に向けた。


「いい? マーリン。今生き残っている本物の魔女は、おそらくこの国に片手で数えるほどしかいないわ。でも、だからこそ、私たちは『最強』でなきゃいけない。人間たちが作り上げた偽りの平和を、根底からひっくり返すためにね」


マーリンは、涙を拭い、力強く頷いた。


「……私、魔法のことが、自分のことが、ずっと怖かった。でも……もう逃げたくありません。ラビスさん、ユウナさん。私に、戦い方を教えてください。誰かを守るための、本当の魔法を」



ラビスは満足げに口元を歪めた。


「いい覚悟ね。……ユウナ、明日からこの小娘を扱き倒すわよ。まずはその甘ったれた風の魔法を、鋼を断つ刃に変えるところからね」


「かしこまりました、ラビス様」


ユウナは深く一礼した。


隠れ家の外では、冷たい夜風が木々を揺らしていたが、暖炉の火はこれまで以上に赤々と燃え上がっていた。


復讐でも、破壊でもない。


狂った世界を正し、魔女たちが本当の意味で「人間」として生きられる場所を作る。


そのための、小さくも力強い結社が、今ここに誕生した瞬間だった。

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