皮肉な裁判結果
「――あ?」
保安局の指揮官が発した間抜けな声が、静まり返った広場に妙に響いた。
静寂は、一瞬ののちに怒号へと変わる。
ユウナの突如たる乱入と、あまりに場違いな静謐さに気圧されていた大衆が、一斉に我に返ったのだ。
「なんだ、あの小娘は!」
「執行を邪魔する気か! 魔女の仲間か!」
「保安局、そいつを捕らえろ!」
野次馬たちの怒号が、津波のようにユウナへと押し寄せる。
木柱に縛り付けられたエリーゼは、信じられないものを見るかのように、涙に濡れた目でユウナを見つめていた。
「おい、娘」
保安局の指揮官が、腰の剣の柄に手をかけながら、冷酷な眼差しで壇上から見下ろす。
「今、なんと言った? 執行を妨害することは、オルテリア帝国法において重大な反逆行為であり、魔女への加担とみなされる。その意味がわかって発言しているのか」
ユウナは、何千もの敵意に満ちた視線をその身に浴びながらも、眉一つ動かさない。
すっと背筋を伸ばし、泥にまみれたエリーゼを一瞥してから、再び指揮官へと視線を戻した。
「言葉の通りです。その女性は魔女ではありません。魔力が微塵も存在しない、ただの人間です。それをそのように乱暴に扱い、命まで奪おうとするのは、甚だ不条理であると申し上げているのです」
どこまでも透き通った、非の打ち所のない敬語。
だが、その内容はこの世界の「正義」に対する真っ向からの宣戦布告だった。
「ふん……愚かな狂人が、また一人増えたか」
指揮官の口元が、邪悪に歪む。
「本人の自白、そして『神明裁判』による悪魔の証明。これ以上の真実がどこにある? それを否定するお前こそ、悪魔の囁きに惑わされた魔女の眷属……いや、お前自身が人間の皮を被った『魔女』なのではないか?」
「捕らえろ!」という叫びが、一人の兵士から上がると、それはすぐに群衆の大合唱へと変わった。
「そうだ、そいつを捕らえろ!」
「そいつも魔女だ! 裁判にかけろ!」
あっという間に、金属鎧をまとった保安局の兵士たちがユウナを取り囲む。
鋭い槍の刃先が、彼女の華奢な首筋へと突きつけられた。
(……ああ。やってしまいました)
ユウナは、心の内で静かに溜息をついた。
ラビスの言葉を無視し、衝動的に口を出してしまった。もしここで自分が捕まれば、ラビスにどれほど叱られるか。あるいは、あの傲慢な女王が怒り狂ってこの街ごと消し去ってしまうかもしれない。
初めて自らの行動を「後悔」という形で認識した。
だが、ユウナの瞳に「焦り」の色は微塵もなかった。
冷たい刃を向けられてもなお、彼女はただ、凪いだ湖のような静けさを保っていた。
「よろしいでしょう」
ユウナは静かに手を上げ、降伏の意思を示す。
「私が魔女であるか否か、その『神明裁判』とやらで証明して見せます。ですが、一つ条件があります」
「条件だと? 罪人が法を交渉の道具にするか」
「交渉ではありません、依頼です」
ユウナは、縛り付けられているエリーゼを指差した
。
「もし、私がその裁判を受け、私が『人間』であると証明されたならば。隣の彼女もまた、ただの人間であると認め、解放していただきたいのです。これほど不合理な裁判なのです。人間が耐えられるものであるならば、私が耐えて証明いたします」
「……面白い」
指揮官は鼻で笑った。
「神聖なる裁判を愚弄した報いだ。己の身をもって、悪魔の報いを受けるがいい」
広場の熱狂は、最高潮に達していた。
さきほどよりもさらに残酷で、淫靡な興奮が群衆を支配する。
現れたのは、息を呑むほどに美しい、銀髪の絶世の美少女なのだ。
その華奢な身体が、これから鉄棒によって蹂躙され、悲鳴をあげて崩れ落ちる。
大衆にとって、これほど極上の娯楽はなかった。
「やれ! やれ!」
「魔女の化けの皮を剥ぎ取れ!」
「叫ばせてみせろ!」
下卑た笑いと怒号が飛び交う中、ユウナは自ら進んで石畳の上に横たわった。
兵士たちが、彼女の衣服に手をかけ、その白い太ももを露わにする。触れられる不快感に、ユウナの眉がわずかにピクリと動いたが、それだけだった。
(……このままであれば、肉は裂け、骨は砕けます。ですが――)
ユウナは、自身の体内に眠る膨大な「魔力」を呼び覚ました。
それは、世界最悪の魔女ラビスをして「神のいたずら」と言わしめた、絶大なる魔力。世界中の魔女の中でも、片手の指に数えられるほどの深淵。
ユウナは、息を吸うように極小の魔法を展開した。
魔力の光も、呪文の詠唱も一切ない。
彼女が発動したのは、体内の組織、神経、粘膜のすべてを、目に見えない強固な魔力の「膜」で覆う防護魔法。表面は柔らかく、しかし内側は城壁よりも硬く。どれほどの質量が押し込まれようとも、肉体には微塵の傷もつかず、痛覚すら脳に伝達させない。本物の魔女にしか成し得ない、極限の魔力制御。
「神聖なる鉄杭をもって、悪魔の真偽を問う!」
指揮官の宣言とともに、あの太く、赤黒い鉄棒が、ユウナの秘部へと容赦なく押し込まれた。
ぐにり、と。
肉が圧迫される、生々しい感覚だけがユウナに伝わる。
だが、痛みは「ゼロ」だった。
鉄棒は魔力の膜に阻まれ、ユウナの肉体を一厘たりとも傷つけることはできない。
群衆は、彼女が悲鳴をあげる瞬間を待ち望み、身を乗り出していた。
「あ」という最初の喘ぎを。絶望に染まるその美しい顔を。
しかし。
「…………」
ユウナは、ただ天井の青空を見上げていた。
その瞳は、まるで退屈な講義でも聴いているかのように平坦で、眉一つ動かない。呼吸すら、深く、静かに保たれたままだ。
「な……!?」
執行していた兵士の顔から、血の気が引いた。
全体重をかけて押し込んでいるにもかかわらず、少女は一切の苦痛を示さない。
「おい、もっと強く押し込め! 手加減をするな!」
指揮官が焦れたように怒鳴る。
だが、兵士がどれほど力を込めようとも、ユウナの表情はピクリとも変わらない。ただ、静かに横たわっているだけだ。
一分。
二分。
時間が経過するにつれ、広場を支配していた熱狂は、じわじわと不気味な「困惑」へと染まっていった。
未だかつて、このおぞましい鉄棒を挿入されて、叫ばなかった女など存在しなかった。失神するか、狂い狂うか、どちらかだったのだ。
それなのに、この銀髪の少女は、お茶でも飲んでいるかのような平然とした顔でそこにいる。
「……あり、得ん……」
指揮官の額から、冷や汗が流れ落ちた。
「この鉄棒は、真の人間であれば……神の加護により……」
自身の口から出た「魔女裁判の定義」が、ブーメランのように突き刺さる。
悲鳴をあげなかった。
つまり、この少女は「神に祝福された、真の人間」であると、自らの法が証明してしまったのだ。
だが、それはあまりにも巨大な皮肉であった。
今、この凄惨な拷問を、魔法という「悪魔の力」をもって完全に無効化している彼女こそが、世界屈指の「本物の魔女」なのだから。
人間であることを証明したのが、最も人間からかけ離れた怪物であるという、滑稽な結末。
「……もう、よろしいでしょうか」
ユウナは、身を起こしながら、衣服を整えた。
その動作には、塵一つの乱れもない。
「約束通り、私も、そしてそちらの女性も、ただの『人間』ということでございますね。……行きますよ」
ユウナは呆然と立ち尽くす兵士たちの間をすり抜け、木柱に縛り付けられていたエリーゼの縄を、手元にあったナイフで静かに切り裂いた。
エリーゼはがたがたと震えながら、ユウナの細い手を握りしめる。
「神の、神の証明がなされた……」
「彼女は、聖女……いや、本物の人間だ……」
群衆は、完全に唖然とし、道を開けるしかなかった。
誰一人として、ユウナを止める言葉を持たなかった。
ユウナはエリーゼの肩を支え、静まり返った広場を後にしようとした。
その背中に、ただならぬ「気配」が突き刺さる。
ただの大衆の憎悪や、一兵卒の困惑ではない。もっと冷酷で、鋭利で、底の知れない悪意。
ユウナは、歩みを止めずに、視線だけをわずかに斜め後ろへと向けた。
広場を見下ろす、大聖堂のバルコニー。
そこに、一人の男が立っていた。
豪奢な黒い軍服をまとい、胸元には安全保安局の最高権力者を示す『金色の天秤』の勲章。
安全保安局長、グレイブ。
彼は、冷徹極まりない双眸で、ユウナの背中をじっと睨みつけていた。
その目は、大衆のように「神の証明」など信じてはいなかった。
(あの小娘……まさか、本物の魔女か?)
グレイブの脳裏に、確信に近い猜疑心が宿る。痛みに耐えたのではない。何か「未知の力」で、審問を無効化したのだと。
ユウナは、その突き刺さるような視線を、表情一つ変えずに、ただ受け流した。
そして、何事もなかったかのように、エリーゼを連れて街の雑踏へと消えていった。
「――よくもまあ、のうのうと帰ってこられたものねえ?」
深き森の暖炉小屋。
扉を開けた瞬間、冷え切った空気と共に、地を這うような低い声がユウナを出迎えた。
長椅子に深く腰掛けたラビスは、燃え盛る暖炉の炎に照らされながら、この世のものとは思えぬほどに恐ろしい美貌を歪めていた。その手には、自給自足用の薪を割るための、太い木の鞭が握られている。
最強の魔女であるラビスは、遥か遠く離れた街であっても、発動された魔法の「魔力の痕跡」を敏感に察知することができる。ユウナが、街で魔法を使ったこと。それも、自身の身体を保護するような、極めて高度な魔法を展開したこと。
その意味するところを、察知できないはずがなかった。
「ラビス様。ただいま戻りました」
ユウナは、いつも通りの丁寧な敬語で一礼した。
「ユウナ。あんたに、何と教えてきた?」
ラビスがゆっくりと立ち上がる。その豊満な胸が、怒りで大きく波打っていた。
「絶対に、他人の前で魔法を使うなと。あれほど、あれほど耳にタコができるほど躾けてやったはずよ。それをあんたは……人間の、それも保安局の目の前で魔法を使った。私の顔に泥を塗るだけでなく、自分の命まで危険に晒して!」
「申し訳ありません。ですが、あのままでは無辜の人間が――」
「黙りなさい!」
ラビスの怒号が響く。
「他人の命など、知ったことか! あんたは私の所有物であり、私の弟子よ! あんたの命は、あの汚らわしい人間どもの命より、遥かに価値があるの!」
ラビスはユウナの腕を乱暴に掴み、自身の膝の上にうつ伏せに押し倒した。
「いい度胸ね。少し、おいたが過ぎるわ。……お仕置きが必要ね」
ラビスはユウナのスカートを容赦なく捲り上げ、下着を剥ぎ取った。
白く、滑らかなユウナの生尻が、暖炉の火に赤く照らされる。
パンッ! と、乾いた、激しい音が室内に響き渡った。
「うっ……」
「反省しなさい!」
パンッ! パンッ!
ラビスの、容赦のない手の平によるペンペンが、ユウナの生尻に叩き込まれる。
魔法で身体を強化することなど、ラビスの前では許されない。生身の肌に、最強の魔女の手加減のない痛みが直接響く。
ユウナの白いお尻は、あっという間に赤く腫れ上がっていった。
それでもユウナは、涙をこぼさず、声も上げず、ただじっとその痛みに耐えていた。それが、自分が仕でかした「余計な事」への代償であると理解していたからだ。
数十回にも及ぶお仕置きが終わり、ユウナは赤くなったお尻を抑えながら、ふらふらと立ち上がった。
「……ありがとうございました。反省いたします、ラビス様」
「フン……全く、手のかかる娘だわ」
ラビスは大きくため息をつき、乱れた髪をかき上げた。
しかし、その表情はすぐに、いつになく真剣な、険しいものへと変わっていった。
ラビスは窓の外、遥か彼方にある人間の街、そしてその中心にある安全保安局の方向を見つめた。
その美しい眉が、深く、不快そうに寄せられる。
「……それにしても、やべーわね」
ラビスはぽつりと、低く呟いた。
「保安局の犬ども、特にあの局長のグレイブ。奴は、大衆のような馬鹿じゃない。今回の件で、間違いなくあんたを『本物』だと睨んだはずよ」
ラビスはユウナを振り返り、その紫の瞳を細めた。
「静かな生活は、もう終わりかもしれないわよ、ユウナ」
不穏な予感を孕んだ風が、森の木々をざわざわと揺らしていた。




