Episode6 - モンスター然として
女はまだ死んでいない。
急所を狙いはしたが、本人が直前になって【隠密】の解かれた私に気が付いたのだろう。
少しばかり傷は浅く、しかりながらすぐに戦闘に参加出来るような状態でもないようだ。
故に、先に無力化すべきは目の前の男。
油断なくこちらの所作を見ながら、興奮が抑えられないのか口元が軽く緩んでいる。
「お前……PKか?少なくとも湿地には居ないよな、お前みたいなモンスター」
「……」
答えない。
1番最初、攻撃する際についつい声を出してしまったが……会話するつもりは一切無かったからだ。
……さっきの【スラッシュ】ってやつ……多分、戦闘カテゴリの、人間限定のやつだね。
無論、碌な情報を私は持ち合わせていない。
状況証拠から、【スラッシュ】が剣を使って攻撃する類のスキルであろう事。
そして、その軌道を変えるのは難しいのではないか、と考える事くらいしか出来ていない。だが、それで十分だ。
「おい、リラ。動けるか?」
「ばっ、かじゃないの……今のだけでHP8割持ってかれてるわよ。逃げなさい」
「ははっ、良いじゃねぇか。暴れ足りなかった所なんだぜ、こっちは!」
男がこちらへと向かって駆けてくる。
速度は……はっきり言って遅い。恐らく碌なパッシブスキルも持っていないだろう。
だが、それでもゴブリンよりは速く私の元へと辿り着き、
「がッ……!?」
「ケント!」
振り上げ、上段から剣を振るおうとした所を、ガラ空きになっている胴体目掛けて全力で拳を振り抜いた。直撃だ。
男の身体は一気に近くにあった木の元へと吹き飛んでいき、そのまま激突する。まだHPは尽きないらしい。意外とタフなのかもしれない。
正直、戦闘相手として見るならば格下も良い所だろう。隙が多すぎるし……何より、私よりもリラと呼んだ女の方に意識を向けていて、戦闘に集中し切れていないのも良くない。
戦闘に入る前の会話的に、彼らがプレイヤーの中でも弱い部類なのかもしれないが……にしたって、こんな状態のプレイヤーがマーテルにちょっかいを出していたら、と考えるとゾッとする。
……勢いと食欲だけで跳び出したのミスったかなぁ……いやまぁ確実にミスではあるんだけどさ。
手に生成した口からとは言え、人の肉を喰らったからだろう。
一応、今の私は食欲自体は落ち着いている。逃がすつもりはないし、しっかりと自身の口で食べるまでは遊んでもらうつもりではあるのだが……だからこそだろう。
はっきり言えば、萎えていた。
「く、クソが……一撃で半分以上消し飛ぶ様な攻撃持ちを置くんじゃねぇよ、運営……!」
男が腹部を片手で抑えながらも、未だ剣をこちらへと向ける。
精神的な強さは認めたい。ゴブリンならば戦意喪失しているか、気絶くらいはしていただろう。
しかしながら、如何せんそれに肉体的な強さが見合っていないのが残念な所なのだ。
……別に、私は弱いものイジメがしたいわけじゃなくて、食事がしたいだけではあるんだよねぇ。
構図的には、人間対モンスター。端から見れば、主人公はあちら側だ。
何せ、余裕だと思っていたクエストの途中で、今の自分達からしたら格上のモンスターと戦闘になってしまったのだから。
これがファンタジーのライトノベルならば、急に未知の力に目覚めたり、強い味方が助けに来てくれたりして九死に一生を得るのだろうが……残念かな、ここはそんなフィクションの世界ではないのだ。
「ッ、【ガードスタンス】!」
「【砂掛け】ッ」
私から手を出したものの、これに付き合う必要もないなと再度距離を詰めようとすると。
男は剣の腹をこちらに向けて、全身に緑色の光を纏い。女は私に目掛けて大量の砂を投げかけてきた。
……おっと目潰し。状態異常名は……そのまま『目潰し』か。
一応避けようとしてみたものの、謎の力が働き私の目の中に砂が入ってしまう。
ダメージはない。しかしながら、視界全てが黒く染まり……周囲のモノが見えなくなってしまった。
逃げる為、なのだろう。視界を潰せれば逃げられる可能性が高くなる。道理だ。
だが、私は【聞き耳】を持っている。
「嘘、目は潰してるのに!」
「リラは逃げろッ!俺が囮に……ァッ」
「ケントッ!」
耳を澄ます事で、2人の位置を把握して。
私は一足飛びの要領で、比較的に戦闘能力が高そうな男の方へと一気に距離を詰め……肩を掴み地面へと叩きつける。
そのままの勢いで、背中を何度も踏み付ける事でダメージを与え……HPを削り取る。
視界が無くとも、息遣いや装備が擦れる僅かな音だけで位置の把握が出来るのが【聞き耳】の良い所だ。
……視界が戻ってきた。あんまり効果時間自体は長くないみたいだね。
戻ってきた視界の中、こちらから出来るだけ距離を取るべく湿地の中をふらつきながら駆けていく女の背中が見え。
私はゆっくりと、しかしながら追いつける速度で追っていく。
【筋力増加】を持っていたり、ネズミなどの様な四足歩行の動物でなければこの湿地は進みづらい。
それこそ、必死に走ったとしても……歩きで追いついてしまう程度には。
「ひッ……あ、アンタなんなの!?プレイヤーでしょ!?ぜ、絶対掲示板に書いてやるんだから!晒してやるわ!」
「……」
「何か言いなさいよ!そうやって弱い私達をイジメて楽しんで……良い性かひゅッ?!」
距離を詰め、何か喚いている口を頬ごと掴み地面に叩きつける。
それと共に、もう片方の手で首を掴み……そのまま喰らう。
【カニバリズム】が発動したのか、再度ログが流れるものの気にせずに。私は煩い女を黙らせる為に肉を手で、口で肉を喰らうのだった。
「ふぅ……ゴチソウサマ。美味しいか美味しくないかで言うと、まぁ美味しくはなかったね。なんか薄かったし」
女の身体が光の粒子になって消えていきかけた所で、私はやっと顔を上げ息を吐く。
全体的に味が薄かった。肉らしき味はしたものの、繊維質であったし旨味があったわけでもない。これならばまだゴブリンの方が味がした、というものだ。
「それに、なんか色々言ってたけど……私、別にモンスターだから関係ないんだよね。申し訳ないんだけど」
女が最後にごちゃごちゃ言っていたのは、私が人間側であった場合に不利益になる事だけ。
モンスターである時点で元々敵対しているのだ。掲示板などに晒された所で、結局誰に出会っても戦闘になるのだから関係がないのだ。
……それに、こっちの方向に逃げてたって事は……さぁ?
人間が逃げる先なんてものは決まっている。
他に人間が大量にいる場所だ。故に、私はゆっくりと女が進んでいた方向へと足を進める事にした。





