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二人の男と闇に溶ける者

 


 じりじりと新しい情報を待っていたダンベルトのもとに、ようやくイレウスからの連絡が届いたのは、一刻ほど前のことだ。


 王都のすぐそばにあるその店に入ると、店主がいつものように無言で奥に案内してくれる。ここはイレウスとよそでは話しにくい情報を交換しあうときに利用している、いわば隠れ家だ。


「もうすっかり治ったようだな、さすが団長殿だ」

「お前のほうはだいぶくたびれているようだな。何か出たか?」


 肩をすくめて苦笑するイレウス。

 いつものようにこの店で一番強い酒を頼むと、さっそくイレウスが懐から何かを取り出す。


「いくつかわかったことがある。まずはこれだ」


 テーブルに置かれた小さな破片と、一枚の報告書。

 そこにはその破片の調査結果と傷に関する詳細が書かれてある。


 調査の結果、ダンベルトに残された傷跡と、襲撃事件の被害者や荷に残された傷とが一致していることが分かった。同一の者によるものだという確証を得たダンベルト。そして当然のことながら、ヴァンパイアの噂はただのデマであることもはっきりした。


 ――問題はそれが何者で、どんな目的があって襲撃したのかということだ。


 襲撃を受けた際、わずかに視界にとらえた闇に動く何かの影。あれは犯人の姿だったのだろうか。しかし、ダンベルトも部下たちもはっきりと確認できたものはいない。

 ダンベルトは、ぎり、と歯を噛みしめる。


「一体何者だ。あの荷の行方を突き止められたら困る者の妨害だというなら、なぜわざわざ他の荷馬車まで襲う必要がある?物騒な事件を起こしてゴーダ周辺の人目をなくすためか?」

「おそらくな。しかもそれはおそらくエディオン侯爵家に雇われている者の仕業だ。素性は不明だが、全員黒ずくめの格好をして、特殊な武器を使用しているという噂だ」


 思わず勢いよく立ち上がり、危うくグラスを倒しそうになるダンベルト。いやな汗が背中に流れる。


 ――俺や荷馬車を狙ったのは、エディオン侯爵家の手の者か。


「わざわざ他国に手練れの私兵まで送り込んで、エディオンは何をしようとしている。石鹸で、リューグ男爵とグンニルと一緒に仲良く小銭稼ぎでもする気か?」

「目的はわからないが、おそらくこれが関わっている」


 そう言ってイレウスがポケットから出したのは、小さな包みに入った石鹸だ。

 先日の調査で、ダンベルトたちがデルベ船から入ってきた積み荷とゴーダの町の店にあったものを、いくつか拝借してきたものだ。

 包みを開いて石鹸を持ち上げたダンベルトは、それが半分に切られて中から何かがのぞいていることに気づく。


「これは何だ?」

「そいつは毒だ、とびきり危険な。ゴーダの商店に置いてあったもののうちのひとつにだけ入っていたらしい。だが、船から運ばれたばかりの石鹸には入っていなかった」

「毒だと?」


 思わず手から石鹸を離して、険しい顔で尋ねるダンベルト。


「詳細はまだ調べ中だが、コニアとよく似た成分の毒物らしい。コニアと違って、触るだけで死ぬわけではないらしいから安心しろ」


 喉を潤そうと傾けていたグラスを、落としそうになるダンベルト。

 コニアといえば、この国を含め各国で禁制とされているある植物から生成される毒物だ。

 昔は国の内乱等で用いられることが多かったらしく、これを盛られて毒殺された王族や貴族がごろごろいたらしいと聞く。死後三時間もたてば、なんの痕跡も残らず死因を特的できないという特性から随分重宝されていたそうだ。

 その葉や花に触れるだけでも幻覚や麻痺が起こる代物で、あまりの危険性から、何十年も前から各国共同でその生産を禁じている。


 ――それとよく似た成分の薬だと……?もともと自生地も少なく栽培も限りなく不可能なため、すでに絶滅したともいわれている過去の遺物が、今頃になってなぜ……?


 焼けつくような強い酒を勢いよく、くっと流し込む。


 ――どうやら俺はすごいものを持って帰ってきたらしいな。一体何が起きようとしているのか……。


「ゴーダの店のひとつにだけっていうのはどういう訳だ?ランダムで毒入りを販売しているってことか?それとも毒の効果を確かめるための試作品か?」


 ダンベルトの問いに、イレウスは首を振る。


「もしかすると無加工の石鹸と毒が、別々にこの国に持ち込まれているのかもしれん。とすれば、誰かが国内で石鹸の中に毒を仕込んでいる、もしくはさせている可能性がある。もし毒入りの石鹸を持ち込んでいるのならとっくに国内に流通しているはずだし、毒なしの石鹸をあれほど大量に持ち込む必要はないからな」


 ――毒に詳しい知識のある者が誰かを雇って、どこかで秘密裏に作業させているということか……。金を積まれてもそんな命に関わる作業をすすんでやる者がいるとは、到底思えないが。


「国内で広がっている懸念は?」


 ダンベルトの問いに、イレウスは黙ったまま首を振る。

 その表情に、ダンベルトの顔は曇る。


 ――懸念がない、という意味ではなくまだわからない、ということか。もしコニアと同等、いやそれ以下の毒性であっても、もしあんなものが国内に広がれば、この国は。


 及ぼす被害の大きさに体が冷えていく。

 ともあれ、そんな物騒な毒物をこの国に蔓延させるわけにはいかない。流通ルートを突き止めて、その毒物のありかと関わっている者を一刻も早く見つけ出さなければ――。


 ダンベルトはイレウスに問いかける。


「どう動く?今あの荷はゴーダの給水塔と教会にある。部下が見張っているが、動きがあればすぐ知らせろと言ってある」


 エディオン侯爵家の手の者が関わっているとなると、部下たちの身も心配だ。


「まだ静観してくれ。毒のありかとエディオン侯爵家の動きを探らせている。まずは毒がどんな形でこの国に持ち込まれているのかを突き止める」

「わかった。こちらは引き続き教会とゴーダの動きを探る。毒のありかがわかったらすぐに連絡をくれ」


 何より国を守る武器であり盾である二人には、この国の罪のない民に甚大な被害が及ぶことのないよう守る責任と義務がある。たとえ自分の身を犠牲にしても。


 守らねばならないものがある。

 守りたいものがいる。


 そのために今何をなすべきか、ダンベルトとイレウスは考えていた。



 帰り際、ダンベルトはふとあることを思い出して口を開く。


「ちょっと聞きたいんだが、目が赤く変化する病気とか症状をお前、知っているか?たとえば病気でも薬でもなんでも」


 いぶかしげに眉根をよせて「赤い目?」とつぶやくイレウス。


「聞いたことはないな。もちろん薬品で一時的に染めるとかはできるだろうが、その場合は眼球全部が赤くなるが、お前が言っているのはそういうことじゃないんだろう?」


 頷くダンベルトに、少し考えこむように顎に手をやるイレウスである。これは何かを思い出そうとするときのイレウスの癖である。


「知らないならいいんだ。忘れてくれ」


 ダンベルトはそう言うと店を出た。


 その後ろ姿を、何かを考えこみながらイレウスが見つめていた。


 ――赤い目……?まさか、な。




 それは、闇に溶けていた。

 うんざりするほどの長い時の中で、自分の存在さえその輪郭をなくしてしまいそうなほどの黒い闇に溶ける。もう、自分が何者で何のために存在しているのかもわからない。誰で何であるのかを知るには、鏡となる存在が必要だ。だが、もうその男には何もない。とうの昔に、男は一人になった。


 失うものも得るものもない。そこにあるのは、渇望だけだ。


 この前会ったあの男――。ダンベルト、とかいったか。

 あの目、こちらをわずかにとらえたあの鋭い目。


 今回は楽しめそうだ。手段も結果も選ばないとのお達しだ。ならば存分に楽しませてもらおう。ちょうど飢えていたところだ。


 男は暗闇の中、ぼんやりと足元で妖しげに光る花をその足でぐしゃり、と踏みつぶす。

 粉のようなものがふわりと周囲に漂い、空気に溶けて消えていく。


 ……次はどこで狩りをしようか。今度は別の場所で?そうだ、町へ行くのもいい。できれば人間の多い、にぎやかな町へ。


 男のくくっ、という小さな笑い声が空気を揺らす。



 闇に浮かぶ数えきれないほどの光る花。

 そこに立つ黒い衣服に全身を包んだひとりの男。


 まもなく大きな闇が覆い隠そうとしていた。

 ――ラルベルのいる、あの町に。






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