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荷馬車の行方

 



 ダンベルトと第二師団の部下たちが調査を終えて町へ戻ってきた、その一日前――。


 その日の午後、港に大量の荷を積んだデルベからの船が入港予定であることを、ダンベルトはイレウスから知らされていた。その船は、リューグ男爵とゴーダの代表グンニルとが共同で輸入している日用品を積んでいた。

 港で船を待ち受けるダンベルトたち一行。


 ――荷はやはり石鹸か。あれほどたくさん一体どうするつもりだ。


 ダンベルトはそのあまりの量に首を傾げる。

 おそらくはこの後荷はゴーダか男爵家所有の倉庫かどこかに保管されるのだろう。船員たちによって、二つの荷馬車に荷が積み分けられている。

 それがどこに運ばれるのか流通ルートを確認するため、部下に命じてそれぞれを追跡させることになっている。



 その夜のゴーダでは。

 どの家からも明かりが消え、静寂に包まれた夜更け。一台の荷馬車が、今まさにグンニルの屋敷に静かに進んでいく。屋敷にたどり着いた後、わずかに開いたドアから光が漏れて何者かが屋敷の中へ入っていくのを部下が見ていた。馬車はその後、のっそりとした動きの男が給水塔のあたりから現れてどこかに引いていった。給水塔の裏手に移動させたようだ。


 一人の部下が、給水塔の中にその荷が運び込まれたのを見ていた。運び込んでいたのは、どうやらこの町で馬車の整備などを行う店の店主らしい。おそらく以前に見たのっそりとしたシルエットの男もその店主だろう。


 ――やはり一台はここか。しかもこんな夜更けまで待って運び入れるとは……。もう一台はいったいどこに?


 数人の部下とともに町の外に待機していたダンベルトは、荷馬車が用事を済ませて町をでてくるそのわずかな瞬間を待っていた。

 荷馬車の御者は、グンニルか誰かに雇われているのだろう。用事を済ませた馬車が出てくるのを、じっと息を潜めて待つ。グンニルに気取られずに動くために、町の外に出てきたところを追跡して話を聞くしかない。


 屋敷の方でわずかに物音がして、蹄の音とばたんと何かが閉まる音が聞こえる。門の物陰に身を潜めるダンベルトたちの横を馬車が通り過ぎると、その後はスピードを上げて王都の方角へ走り去っていく。


 ――やはり警戒しているのか。


 ダンベルトは舌打ちする。

 やはり相手も、自分が何者であるか悟られまいと用心しているようだ。つまりはそうするだけの後ろ暗い理由がある、ということか。すぐにそばに待機させていた馬に乗り、その跡を追う一行。


 その時だった。

 ダンベルトの顔の真横を何かが走りすぎるような、風の音がした。とっさに剣を抜き、風を切る音を立てて何かが走りすぎたあたりを強く払う。身体の周囲をつむじ風のように何かが走り抜ける。


 ――これは、なんだ?鳥、でもない。何かが意図的にこちらに飛んできている。


 暗闇で何が向かってきているのかまったく確認できないが、体中の毛が逆立つ嫌な気配がする。


 ――これは……殺気か。


 ダンベルトが見えない何かと剣を振り払い格闘している間にも、馬車はどんどん加速して走り去っていく。

 と、剣にガキッという固いものを跳ね返すような手応えを感じて、剣に力を籠める。

と同時に右腕に熱くピリッとした感覚が走る。


「団長!」


 部下の一人がこちらに馬を向けて走り寄る。どうやら馬車はもうどこかへ走り去って行ってしまったようだ。先ほどまでの殺気も風を切る何かも、すでにもう感じない。

 大きく息を吐いて自分の右腕を見下ろすと、何かでじわじわと濡れていくのがわかる。


 ――しくったな。


「追っているものはいるか?」

「いえ、見失いました。それより団長!腕から血が……」


 部下たちの慌てた声を制して、ダンベルトは野営していたテントに戻るよう促す。


 計画は失敗だ。だが、大きな収穫があったとダンベルトはほくそ笑む。

 この傷と引き換えに、グンニルと貴族、そして連続して起きている強盗事件の犯人らしき者がつながったのだ。


 ――絶対にしっぽをつかんでやる。せいぜい屋敷の中で震えて待っていろ。


 ダンベルトたち一行は、数名の部下をゴーダの町と港に残し、翌朝町へと戻った。

 途中みつけた小石ほどの大きさの欠片と、いくつかの証拠品とともに。




 ダンベルトたちが町に戻ってきて、もう一週間が過ぎた。

 ラルベルとはあの赤い目以降、事後処理やら報告やらで忙しくなかなか会うことができずにいる。ノールやマルタにそれとなく聞いては見たが、特に体調が悪そうな様子も変わった様子もないらしい。


 むしろダンベルトが不在だった間のほうが、よっぽど元気がなく食欲もいつもの半分だったと聞いて、ダンベルトは少しむずがゆく思う。

 心配してくれていたんだろうか。

 寂しいと思ってくれていたんだろうか。

 そう思うと思いのほか嬉しく、胸の奥からあたたかい思いが広がるダンベルトである。


 その一方で、あの日のラルベルの目が気になっていた。

 医者にも聞いてみたが、目の色が変わる病気というのは聞いたことがなく、瞳孔の開き具合によって色が多少違って見えるなどはあるが、赤く燃えるように輝くといった症例は聞いたことがないという。



 事件の調査は停滞していた。

 もちろんこの間、ダンベルトもイレウスも何も動いていなかったわけではない。とある分析結果を待っていたのだ。

 

 そして結局石鹸の入った荷は、半分はゴーダの給水塔内に、もう一台はなぜか港の北方にある小さな教会に運び込まれていた。

 もっと利益の上がりそうな輸入品は他にいくらでもあるだろうに、あえて大量の安価な石鹸を輸入する理由。。しかもそれを小さな町の給水塔とさびれた教会に運ぶ理由。どうも相手の狙いがわからない。


 そして、あの時自分を襲ってきた何者か。

 非常に鋭利な刃で切られたような、均等な幅で並んだ数センチほどのふたつ並んだ傷。それは、獣の牙や爪などではなく、人工的に作られた刃物による傷であることを示していた。

 体の横を何かが過ぎる瞬間、とっさに剣で払った際に何かを弾くような手応えと何かが落ちる音がしたため、もしかするとその武器の一部でも落ちていないかと、念のため一帯を捜索したのだ。


 見つけたのは、驚くほど薄くわずかにカーブした鎌のような、もしくは爪のような形状の刃の欠片。

 ダンベルトはその欠片を持ち帰り、イレウスに調査を依頼していたのだ。


 自分の腕に残る傷と、何かの欠片。

 そして、ゴーダの町から持ち帰ったもの。


 なかなか事件の輪郭が見えてこない現状に嫌な予感ばかりが膨らんでいく。ダンベルトは何か見えない嫌な気配が近づいているのを、感じていた。




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