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第35話 怒り

 目を開けて最初に映ったのは、見慣れた天井だった。


 ──ああ、と、オレは理解する。


「死んだ──と思ったんだがなぁ」


 そうか……生き残ってしまったか。

 はぁ、と溜め息をつく。


「……ん、ぅ……」


 静かな寝息が聞こえた。

 見ると、コノハがオレに寄り添うように眠っていた。


 ……もういつも通りの姿に戻っている。

 あの時の姿、金色に染まった髪と黄金の輝きが嘘のように、今はとてもおとなしい。

 まるであれが夢だったのではないかと思うほど、何も変わっていない。


「──っ、てぇ」


 そう思って体を起こそうとしたら、身体中がズキズキと悲鳴をあげた。

 寝起きにこの痛みはキツイと顔を顰め、起き上がることを断念する。


「はぁ……」


 再び溜め息が出る。

 オレが考えるのは『この後どうするか』だ。

 絶対に面倒なことになるのは理解している。魔王と協力して魔物の大群を差し向けたのだ。相応の罰は覚悟するが、もっと面倒なのは────


「ルーちゃん……!」


 オレを呼ぶ声が聞こえた。


 ……はぁ……早速来やがった。


 オレは首だけを動かし、部屋の入り口を見る。

 そこには可憐なエルフが立っていた。美しい金色の髪は、今は元気がなさそうに艶がない。目元は真っ赤に腫れ上がっており、鮮やかな翡翠色の瞳からは涙が溢れ出そうになっている。そしてそれが決壊するのは遅くないだろう。


 ここで号泣されるのは困る。

 なるべく安心させてやろうと、オレは笑顔を作った。


「……よぉリフィ……久しぶりだな」

「…………ばか……」


 リーフィアは顔を両手で覆い隠し、ポツリと、そう口にした。

 彼女なりにオレが起きたら何て言おうかと考えていたのだろう。だが、結果出てきたのはその一言のみだった。


「私は、怒っているんだよ」

「……そうか」

「でもね、私と同じくらいに怒っている子がいるの」

「……そう、らしいな」


 リーフィアの視線の先にあるのは、今も静かに眠るコノハだった。


「コノハちゃんは三日も寝ないで看病していたの。私が休めと言っても『私が選択した道だから、責任は取る』って……」


 責任は取る、か。一丁前に言いやがって。

 ……本当、オレには出来すぎた弟子だ。


「私はまだ何も言わない。一番最初は、一番の功労者に譲るよ」

「……わかった。また後で会おう」


 リーフィアはその言葉に頷き、部屋を出て行く。


 また後で会おう、か。

 …………もう二度と会えないと諦めていた。


 また会おうと言えた。不思議な気分だ。だが、その言葉を言えることに安心している自分がいる。もう未練は残していない。そう決めた……はずだったんだがなぁ。


 ──どうやらオレは、覚悟が足りてなかったらしい。


 コノハに何度も覚悟を問うていたというのに、一番覚悟が足りていなかったのはオレだったというわけだ。……全く、情けない師匠だな。


「…………コノハ」


 オレは、今も眠っている弟子の頭を撫でる。

 よく見ればこいつも、目元が赤く腫れていた。

 どいつもこいつも泣き虫だな。……まぁ、オレのせいなのだが。


「コノハ」


 オレはもう一度、弟子の名を呼ぶ。

 『運命』に翻弄され、それでも最後まで自分の意志を貫いた心強き獣人。

 今なら自信を持って言える。


 ──こいつは自慢の弟子だと。


「……、……ん……し、しょぅ……?」


 撫でながら名前を呼んだら起きてしまった。

 疲れて眠っているところ申し訳ないと思うが、謝罪の言葉は言わない。

 その前に、言わなければいけないことがあるからだ。


「おはよう、コノハ」

「ししょう──っ、師匠!」


 コノハがガバッとオレの胸に飛び込んで来た。

 まだ完治していない体なのでめちゃくちゃ痛かったが、そこは師匠の威厳を保つために声を我慢する。


「師匠、師匠、ししょう……!」

「……ああ」


 コノハは何度もオレを呼び、そこに居ることを確かめるように力一杯抱きつき、頭をグリグリと押し付ける。その度に胸の傷が痛む。……流石にきつくなってきた。


「ほら、そろそろ泣くのはやめろ。折角の顔が台無しだろ?」

「……ぐすんっ……だれの、せいだと……」

「ああ、悪い。オレのせいだ」

「……ばかぁ……!」


 声にならない声で泣き、何度もオレの胸を叩く。

 どこまでも容赦の無い弟子だ。そう育てたのはオレだが、無自覚で人の弱点を突くのは勘弁して欲しかった。


 『天罰』による消耗と、『終末を喚ぶ漆黒の剣(ジ・エンド)』を呼び出したせいで魔力はすっからかんだ。そのため、魔法で体を強化することは出来ない。


 きっとこれは罰なのだと、オレは諦める。


「…………師匠、私は怒っているの」


 まるでリーフィアのようだと、オレは内心思う。


「色々と言いたいことはある。でも、生きていてくれて良かった」


 コノハはへにゃりと表情を崩した。

 それは子供らしい可愛らしい笑顔で、オレもそれに釣られて微笑んだ。


「でも、やっぱり怒りの方が──強い」


 その可愛らしい笑みから一変して、コノハは真顔になった。

 オレから一旦離れ、拳を握る。


「食いしばって」

「……ああ」


 その拳が何の意味で作り出されたものなのかは、容易に予想がついた。

 だが、あれにはコノハの様々な想いが込められている。これだけは避けるのだけは、ダメだ。


 限界まで引き絞られる拳。

 オレは目を閉じ、それを受け入れた。

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