第34話 古い記憶と誓い
──遠い昔の記憶。
それはオレがまだ社会の闇ってところで無様に生きていた頃の記憶だ。
「ったく、あの野郎……また勝手に居なくなりやがって」
オレは悪態をつきながら、とある国の裏路地を歩いていた。
道端で倒れこんでいる死に損ないや、ただ無気力に座り込んでいる意気地無しには一切の興味を持たず、オレはずんずんと奥の方へ進んでいく。
そして見つける。
路地の奥にひっそりと座り込んでいるのは、金色の髪を背中辺りまで伸ばした少女だ。耳は長く尖っていて、人間ではない。一般的に『亜人』と言われる部類の中の『エルフ』だ。
そいつがオレの探していた人物。
名前をリーフィア。オレは愛称で『リフィ』と呼んでいる。
「おいリフィ! 何して──」
肩に触れようとしたところで気づく。
座り込んで微動だにしないリーフィアの背中が、微かに震えていることに。
「……ああ、なるほど、な」
彼女の前に横たわっている『それ』を見て、オレは納得したように声を洩らした。
それ、とは人間だ。まだ10歳にもいっていないような、小さな子供だった。
骨が浮き出るまでに痩せ細った体。何日も洗っていないようなボサボサの髪。年齢に見合わない小さな体は、すでに事切れていた。
今オレたちが住んでいるこの世界は、弱肉強食。
この子供はそれに抗うことが出来ず、こんなところで死んだのだろう。
「泣いているのか?」
オレは、リーフィアにそう問いかけた。
「…………」
返事は返ってこない。
「お前には関係のない子供だ。そいつもお前のことを知らない。お前が悲しんで何になる」
非情に聞こえるかもしれないが、それがこの世界の常識だ。
それは『諦め』とも言えるのだろう。……だが、それが正しいと突き付けられるのが、この狂った世界なのだ。
「…………ねぇ、ルーちゃん」
リーフィアは、ようやく口を開いた。
それはとても弱々しく、今にも消えてしまいそうな感じさえした。
やはり泣いていたのだろう。若干声が裏返っている。
「なんだ?」
「どうして、こんなにも残酷なのかな?」
「……さぁな。オレだって知りたい」
「ルーちゃんは、今に満足してる?」
リーフィアが立ち上がり、オレを真っ直ぐに見つめる。
「満足しているわけないだろう。今すぐここから飛び出して、どこか別の場所に行きたいくらいだ」
「どこかって、どこに?」
「わからない。まだこの腐った世界しか見たことがないからな。オレの行き着く先がどこなのか、そんなのわかるわけがない」
だが、まだそれは先の話だ。
ここから出るにしても、オレは小さすぎる。
すぐにどこかで野垂れ死ぬだろう。
だからまだ我慢だ。ここで力を付けて、いつか絶対にここから飛び出す。
「……私は、どうなるのかな?」
「それこそ知らん。お前は、お前だ。自分の人生くらい自分で決めろ」
少しキツイ言い方になってしまったか?
そう心配していると、リーフィアが呆れたように微笑んだ。
「ルーちゃんは相変わらず厳しいね」
「仕方がないだろう。こっちだって余裕が無いんだ」
他人のことを心配している余裕なんて、ここには無い。
なのにリーフィアは、この腐った世界だろうと優しくあろうとする。他の奴から見たら、それはただの愚行だろう。弱さを見せればそこを突かれる。優しさを見せれば利用される。わかりきっていることだ。オレも、リーフィアに何度もそう言った。
それでもリーフィアは優しくあろうとした。
全く接点の無い子供の死にさえ、涙を流した。
何度もその光景を目撃しては涙を流し、祈り、最後にこう言うんだ。
「もっと、私に力があれば良いのにな……」
他人を助けるために力を欲する。
それはやはり、ただの愚行なのだろう。
馬鹿なことだを一蹴されても文句は言えない。
オレだって最初は「何言ってんだこいつ?」と思った。
だが、それと同時に──美しいと思ってしまったんだ。
どこまでも優しくあろうとするリーフィアを美しいと思った。
他人を気遣えるリーフィアに羨ましいと思った。
そんなリーフィアを綺麗だと思ってしまった。
「だったら強くなれば良い」
「……えっ……?」
「強くなって、お前が守れば良い。誰かを守るためにその力を振るえ。それがお前に相応しい」
リーフィアは笑った。
だが、すぐその笑顔に影が差す。
「……私に、出来るかな?」
「知らん」
はっきりとそう口にすると、次はムッとした表情になった。
「流石に無責任だよ?」
「最初から出来るかどうかを考えてどうする。まずはやるんだ。弱気になっていると可能性だって生まれやしない」
挫けて、立ち上がって、そしてまた壁にぶち当たって膝を折り、諦めずにまた立ち上がる。
誰かを助けるために力を振るう。無謀な望みっていうのはいつだって茨の道だ。
リーフィアはそれを望んだ。だったらやるしかない。何度も立ち上がって前に進むしかない。
でもまぁ、それでもダメな時は────
「それでもダメな時は、オレを頼れば良い」
「え……?」
自分で何を言ってんだこいつは。と思った。
だが、その内心に反して、口からはスラスラと言葉が出る。
「一人でダメなら、オレを頼れ。自分で溜め込んで中途半端に終わるんじゃねぇ。何度だって挫けても良い。何度だって泣いても良い。オレはお前の味方であり続ける。だから、その無謀な夢を──オレに見せてくれ」
自分でも恥ずかしいことを言ってしまったという自覚はある。
だが、さっき言ったことは全てオレの本心だ。
オレは見てみたくなった。
こいつの語る夢を。
こいつが彩るであろう優しい世界を。
オレは信じたくなった。
こいつの意志を。
こいつが信じた未来を。
だから助けたいと、そう思ったんだ。
「ルーちゃん……!」
「お前は弱いからな。それに騙されやすい。オレが見張ってやらないと心配だ」
リーフィアはまだここに来て一ヶ月くらいだ。
まだ知らないことは沢山あるだろう。勿論、オレだってまだ知らないことは沢山ある。
「出来ないことは二人で補っていけば良い。オレ達ならそれが出来る。……そうだろう?」
「っ、うんっ……!」
その日、オレ達は誓った。
リーフィアは、この世界を救いたいと。
オレは、そんな彼女を支えたいと。
それはただの指切りだ。
裏切ろうとすれば簡単に解ける約束だ。
だが、オレはその約束を何十年、何百年と守った。
英雄になってからもずっと、リーフィアの望む世界をと戦った。
ネクトフリーデンが出来た。
リーフィアの帰るべき場所も作った。
信頼出来る同胞も出来た。
オレが居なくなっても寂しくないように形見も探した。
──だからもう十分だろう?
お前の望む居場所は、全て用意した。
これで心置きなく休める。
オレは十分過ぎるくらい沢山のものを貰った。
だから寂しくない。満足もしている。
ただまぁ……もう少しだけわがままを言って良いのなら…………。
──最後にお前の顔を見たかったよ。




