第33話 終わりの時
──確実に殺した。
長年培ってきたオレの勘が、そう言っていた。
『終末を喚ぶ漆黒の剣』の最大火力をオレの弟子、コノハに放った。
あいつの強さは認める。認めたからこそ、オレの本気をぶつけた。例え戦いにおいて『天賦の才』を持つコノハでも、これだけは避けられない。
オレの剣は、触れただけでも命を略奪する。
飛ばした斬撃は、立ち止まるコノハの鼻先まで迫った。
流石のオレでも、あの状況から完全に避けるのは難しい。
だから殺したと確信した。
──ガチャリ、と。
鎖の擦れ合う音が聞こえるまでは。
「アアアァアアァアアアアア!!!!」
コノハが吠える。
ただの叫びに応えるように、奴の体内に秘められた魔力が吹き荒れ、オレの斬撃はその余波に掻き消された。
「……………………」
先程の咆哮が嘘のように、コノハはジッと立ち止まっている。
一見隙だらけに見れる。しかし、オレは踏み込むことを忘れていた。
「諦めない。絶対、諦めない……」
それは小さな呟きだった。
しかし、それには頑固たる意志が籠っていた。
コノハの背後が陽炎のように揺らめく。
コノハの瞳が真紅に染まり、爛々と輝いている。
獣のような獰猛な気配……なのに、コノハの魔力は──静かだった。
「諦めないと、誓った」
コノハを囲むように、八つの火柱が立ち上がった。
黄金の輝きは質量となり、地獄の業火が生ぬるいと言わんばかりの熱が、周囲の地形を変化させる。
勢いは衰えぬまま、火柱が縮小する。
やがてそれは八つの塊となってコノハの背後に並んだ。
まるで尻尾のように、それは伝説の神獣『キュウビ』を再現しているかのように思えた。
──そうか。
一目見た時から確信していた。
こいつには何か秘められた力が宿っている、と。
世界に失望した瞳。それでいて優しさを捨てきれない甘ったれの感情。
その奥底に揺らめく『何かが』オレの興味を引いた。
──目覚めたのだ。
オレの弟子に秘められた力は、これだったのだ。
コノハから感じる魔力が、一変して荒々しく変化した。
弟子は、最後の最後で掴みやがった。このオレを、英雄を越える内なる力に。
コノハが目を開く。
溢れんばかりの敵意と獰猛な獣性。理性を失っているかのようなそれには、確かな決意が宿っていた。
真紅の瞳は炎のように揺らめき、真っ直ぐにオレを射抜いた。
──ぶるり。
オレは震えていた。
……恐怖? このオレが恐怖を覚えている?
誰に? コノハに、我が弟子に。……このオレが弟子に恐怖した?
「ハハッ……」
オレは薄く笑う。
……違う。
これは恐怖ではない。
胸の奥底から湧き立つこの感情は『歓喜』だ。
英雄の頂に到達し得る力を前にして、オレは歓喜していた。
「──おもしれぇ」
体はすでに限界だった。
人類に仇為した代償『天罰』のせいで正直立っているのもやっとだ。
最大火力を放ったおかげですでに消耗していた魔力は空っぽ。
目眩がする。今すぐ意識を手放してしまいたい。
だからなんだと、自分を叱咤する。
「折角面白くなったんだ。ここでやめるわけないよなぁ!」
動かすのもやっとな体に鞭打ち、漆黒の剣を構えた。
大地を砕くほど強く地を蹴り、駆ける。その勢いを殺さず、剣を突き出した。
コノハはまだ動いていなかった。死滅の一撃がコノハの首に吸い込まれる。
「──ガハッ」
オレは元から立っていた場所より、遥か後方へと吹き飛ばされていた。
神速の刺突を刀で弾き、すぐさま持ち替えてオレの腹を斬り裂いたのだ。
一瞬で繰り出されたカウンターに、このオレが反応出来なかった。
「くそ、がっ……」
血は出ていない。
自分の腹を見下ろすと、そこは焦げていた。
黄金の炎を纏った刀が、斬ったと同時に腹を焼いたのか。
「おいおい、まじかよ」
オレは戦慄した。
ハンデがあるのは理解している。
だがそれでも、ここまで圧倒されるものなのか。
今のコノハは、まるで別人だ。
「ハハッ、なぁコノハ。今のお前は何だ?」
「……私は、私。それ以上でも、それ以下でもない」
まだ理性を失っていない、か。
今のコノハを突き動かしているのは、ただの信念だ。
オレを助ける。リーフィアとの誓いを叶える。
それだけのために、あいつは動いているのだろう。
「甘い。甘いんだよ、コノハ!」
なけなしの魔力を引き出し、自身を強化する。
次は不覚を取らない。
先程より早く、オレはコノハに肉薄する。
「同じ手は──」
「くらわねぇよなぁ!」
「──っ!」
オレは突きを繰り出す瞬間、真横に魔力壁を作り出し、蹴り飛ばした。
完全に不意を突いた旋回。死角から横薙ぎに剣を振る。
「っ、くっ!」
オレはかつてないほどの殺気を感じて、瞬時に飛び退いた。
そのすぐ後にオレの居た場所はつんざくような破裂音と共に爆発する。圧倒的な熱量によって生み出された爆風がオレの肌を焼き、余波に再び吹き飛んだ。
「何だ、そりゃ……ゲホッ、反則だろ、さすがによぉ」
まじで手も足も出ない。
くそっ……意識が遠のく。
まだ戦いたい。
まだ最後の死闘を楽しみたいってのに……。
「この程度?」
「…………あんだと?」
「師匠の力は、この程度なのかと聞いているの」
コノハは真紅の瞳でオレを見つめる。
真っ直ぐに、曇りのないその瞳がオレを映していた。
──やはり良い目をしている。
どこまでも優しさを捨てきれず、そこには強い意志が揺らめいている。
──綺麗な目だ。
オレの好きな瞳だ。
「──ハッ!」
オレは笑う。
「上等だ!」
オレとコノハは同時に地を蹴った。
──おそらく、これが最後だ。
出し惜しみはしない。
手加減して殺される気はない。
本気で殺すつもりで放った突きは──空を斬った。
──ザシュッ、と、胸に感じた鋭い痛み。
見下ろすと、赤く染まった刀が胸から突き出ていた。
ゆっくりと、刀が抜かれる。
「……ああ……」
オレは理解した。
それと同時に、どうにか繋いでいた意識が遠のく。
支えを失ったオレの体は、ゆっくりと前のめりに倒れ──。
ダンッ! とギリギリのところで踏ん張って耐えた。
「まだ、だ……」
まだオレは、倒れるわけにはいかない。
最後なんだ。最後くらいは、こいつに…………。
コノハに振り返り、黄金に輝くその体を──抱きしめた。
「強くなったなぁ……このは、ぁ……、────」
最後に弟子の顔を見たいと思って離れた次の瞬間、視界には真っ青な空模様が広がっていた。
そこでオレは仰向けに倒れたのだと理解する。
流石にもう限界だった。
抗う力なんて残っていない。
指一本動かせない。
弟子の顔が近づく。
涙目になり、何かを言っている。
だが、それは上手く聞き取れなかった。
それだけオレの体は、もうダメになっているらしい。
…………泣くな、笑え。
声は出ない。だからオレは、最後に笑顔を作ろうとした。
ちゃんと作れたか不安だったが、弟子の表情を見れば、それはわかることだった。
……出来るのなら、まだその顔を見ておきたかった。
オレの最初にして最後の、最高の弟子。
最後までそいつの顔を脳裏に焼き付けておきたかった。
しかし、それさえも霞んで見えなくなり、オレはゆっくりと瞼を閉じた。
──ああ。
オレは思う。
これで良かったのだ、と。
こんなに清々しい死を迎えられるオレは、幸せ者だ。




