■第九章:司法試験予備試験、愛の証明
中学一年生という、世間一般の子供たちがまだ親のすねをかじり、学校のグラウンドで無邪気にボールを追いかけているだけの未熟な時期に、私は自らの内なる精神の冷徹さを試すための試金石を設定していた。
まずは、自分がただ記憶力が良く、ちょっと生意気な「頭のいいだけのガキ」の範疇に留まっていないことを、私自身の脳と社会の構造に対して明確に証明しなければならない。
この国において、法曹の最高峰を目指す者には、通常であれば法科大学院という長い時間とお金を消費するステップが用意されている。しかし、今の私にとって、大学の法科大学院へ通うための数年間などというモラトリアムは、圧倒的な時間の無駄遣いにすぎなかった。
私に許されたルートは一つしかない。
――司法試験予備試験。
法科大学院を修了していなくとも、法科大学院修了者と同等以上の学識を有しているかを判定するために設けられた、名実ともに日本最高難易度の国家試験の一つ。合格率はわずか数パーセントという、無数のエリートたちが血を流して敗れ去る過酷な関門だった。
試験のシステムは極めて厳格かつ重層的で、年に一回、以下の三段階によるステップアップ方式で実施される。
第一段階は、七月に実施される「短答式試験」。
マークシート形式による法律基本科目(憲法、民法、刑法、商法、民事訴訟法、刑事訴訟法、行政法の七法)と、広範な知識が問われる一般教養科目の試験。膨大な条文の正確な記憶と、瞬時の判別能力が要求される最初の篩いだ。
第二段階は、九月に実施される「論文式試験」。
短答式の合格者だけが駒を進めることができる、法律基本科目と選択科目、そして法律実務基礎科目に関する記述式の死闘。単に知識を詰め込んでいるだけでは絶対に突破できない、論理の構築力と圧倒的な文章量が試される。
第三段階は、翌年の「一月」に実施される「口述試験」。
ここまで生き残った者だけが立つことを許される、法律実務基礎科目に関する試験官との個人面接。実務家としての倫理観や、突発的な問いに対する法的思考の即応性が冷徹に審査される。
これを頭の中で整理しながら、私は机のライトの光の下で冷笑を浮かべた。
「……来年、つまり私が中学二年生の夏から冬にかけての時期には、この過酷な試験のすべてを通過していなければならない」
逆算すれば、残された時間は決して多くない。
短答式試験、そして難所である論文式試験までのプロセスは、完全にこの中学一年生の段階で完璧にクリアしておかなければ、スケジュールに狂いが生じる。西神中央の土地を買い占め、将来の生活基盤と法的防壁を構築するための計画において、私が社会的な無力な子供である期間は、短ければ短いほど都合が良いのだ。
――しかし、それだけが理由ではない。
私は、この試験を、彼女への愛を証明するための儀式としても捉えていた。
彼女は、私のことを知らない。彼女は、私が何を考え、何を感じ、何を求めているのか、まったく理解していない。彼女は、ただ同じ中学校に通う「ちょっと変わった同級生」として、私を認識しているだけだ。
――しかし、私は彼女に、いつか必ず、自分のすべてを伝える。
そのとき、私は彼女に対して、「私は、あなたのために、司法試験を受けた」と言いたい。私は、あなたのために、一人前の人間として相対するために、あなたの両親に認められるために。
最難関とされる資格を取っておきたい。
あなたを守るために聳える鉄壁の城塞になりたい。
法律を学び、社会の防壁を築き、未来の災害を回避するための準備をしてきたと言いたい。私は、あなたのために、この人生を生き直していると言いたい。
その言葉に、私は真実を込めたい。私は、彼女に対して、たった一つの嘘もつきたくない。だからこそ、私はこの試験を、真剣に、本気で、狂気的に受けなければならない。
――この試験に合格することは、私の愛の証明だ。
もしこの試験に落ちれば、私は彼女に対して「愛している」と言う資格を失う。もしこの試験に落ちれば、私の愛は「ただの口先だけの言葉」になってしまう。もしこの試験に落ちれば、私は彼女の前に立つことさえ、恥ずかしくてできない。
だから、私は絶対に合格する。彼女のためではなく、彼女に愛を証明するための自分自身のために。
――だが、その論理は、明らかに狂っている。
普通の人間は、愛を証明するために司法試験を受けたりしない。普通の人間は、愛している相手に、もっと直接的な方法で気持ちを伝える。しかし、私は普通の人間ではない。私は狂人だ。そして、狂人であることを自覚している狂人は、自分の狂気を誇りとしてさえいる。
難関国公立大学の受験対策として、数学や理科、国語といった基礎学力を徹底的に底上げする勉強を続けながら、並行してこの膨大な六法全書と過去問の海に溺れなければならない。
一般的な中学生の脳のキャパシティであれば、一週間も経たずに精神がパンクするか、あるいは現実逃避の果てに放り出していることだろう。しかし、私には数十年という人生の酸いも甘いも噛み分けた老練な精神と、冷徹に最適化された思考回路があった。
「若い頭脳の吸収の良さは、実に素晴らしい武器だ」
私は分厚い予備試験の過去問題集を開き、その最初のページに目を走らせた。
憲法の基本的人権の条文から始まるその無機質な文章群は、かつての私にとっては意味不明な呪文書のように見えたかもしれない。だが、今の私にとっては、世界という不条理なシステムを内側から解読し、自分と彼女の未来を完璧に守護するための最も強力なプログラミング言語に等しかった。
――しかし、私は時々、問題集の余白に、彼女の名前を書いていた。
それは、無意識の行為だった。難しい条文を読み解きながら、ふと鉛筆が止まり、そして気づくと、私は「彼女の名前」を何度も何度も、細かい文字で書き殴っている。私はそれを、消しゴムで消す。しかし、また次のページで、同じことを繰り返す。
これは、一種の強迫行為だった。彼女の名前を書くことで、私は自分が何のために勉強しているのかを、再確認していた。彼女の名前を書くことで、私は自分の目的を、自分の狂気を、自分の愛を、視覚化していた。
――この文字達は、私の愛の日記だ。
私は、このノートを誰にも見せない。このノートは、私だけのものだ。しかし、いつか彼女にこのノートを見せるときが来るかもしれない。そのとき、私は彼女に言うだろう。「これが、私の愛の証だ」と。
外の世界では、まだ春の暖かい風が窓ガラスをコトコトと揺すっている。
誰もいない静まり返った自室で、私は鉛筆を数本削り、未来の防壁を築くための果てしない法的思考の旅へと、単身足を踏み入れたのだった。
――しかし、その旅の途中で、私は自分自身に問いかける。
私は、本当に彼女を愛しているのか? それとも、彼女という存在を、自分の狂気を正当化するための道具として使っているだけなのか?
その問いに答えることは、私にはできなかった。しかし、私は知っている。この問いに対する答えは、おそらく、この試験に合格した後でさえも、見つからないだろうということを。
なぜなら、私は狂人だからだ。狂人であることを自覚している狂人は、自分の狂気の根源を、永遠に問い続ける。そして、その問いに答えることは、狂気そのものを否定することになる。私は、自分の狂気を否定したくない。なぜなら、それが私のすべてだから。
――彼女は、私の狂気の象徴だ。彼女がいるから、私は狂人でいられる。彼女がいなければ、私はただの空っぽの老人だ。
だから、私は試験を受ける。彼女のためではなく、彼女という存在を核にした自分自身のために。




