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■第七章:奇妙な記憶、その整合性、そして彼女との共振

世間の人間が私に対して向ける眼差しには、いつも「神童」や「天才」といった、過剰で少し気恥ずかしいラベルが貼り付けられている。階段からの転落事故という劇的なイベントを境にして、周囲は勝手に私の脳内が劇的な変貌を遂げたと思い込み、その特異性をありがたがっている。


だが、当の本人である私からすれば、それは少しばかりピントが外れていた。


誰かにとっては、私は生まれながらの天才、あるいは突然変異の勝者なのだろう。

しかし、記憶の底を冷徹にまさぐってみれば、私は物心ついた頃から――いや、もっと幼い頃の記憶の断片をたどっても、最初から人より優れた知性と客観性を持った子供だったという確かな自負がある。生まれ落ちた瞬間から、この世界をどこか冷めた一歩引いた位置から観察しているような、そんな子供だった。


――だが、それは「天才」ではなく、「異常」だったのだと、今の私は知っている。


正常な子供は、世界をそんな風に見ない。正常な子供は、周囲の子供たちと同じように笑い、同じように泣き、同じように群れる。私は、それができなかった。できなかったというより、する気がなかった。周囲の子供たちが無邪気に騒ぐ様子を、私はどこか遠くから眺めるような感覚でいた。彼らの感情の起伏が、私には理解できなかった。彼らの笑いの理由が、私には分からなかった。彼らの涙の意味が、私には読めなかった。


――私は、生まれつき、何かが欠けていたのだ。


それを最も色濃く証明していたのは、小学校時代の記憶だ。


あの頃の私にとって、学校のテストというものは、知恵を絞って苦悩するような代物ではなかった。テストとはすなわち、満点を取って当然の作業であり、百点満点以外の結果を残すことなど、自分の中では「明確な失敗」と同義だった。周囲の子供たちが、試験官である教師の足音に怯え、ガリ板で刷られた藁半紙に鉛筆を走らせる音を響かせながら冷や汗を流している横で、私はいつも誰よりも早くすべての問題の解答を叩き出し、見直しの時間を持て余していた。


多くの者にとって、教室で机を並べて受けるテストの時間というものは、束縛と緊張に満ちた苦痛の時間だったに違いない。

だが、当時の私にとっては、それはただ早く答案を埋めて教室の中で自分の時間を作り、自分だけの静かな日常へと帰るための、一日のうちで最も手っ取り早い通過点にすぎなかった。


考えてみれば、私はテストというシステムそのものが好きだったのかもしれない。

問われたことに対して、正確無比に正しい解を導き出し、白紙の余白を冷徹な回答で埋め尽くしていく。あの決まりきったルールの中で完璧な正解合わせを行うような時間は、当時の私にとって小さくはあるが確かな幸福だった。難解な設問の端に、誰に見せるわけでもない細かないたずら書きを幾重にも重ね、試験官の目を盗むようにして自分の世界に浸る。テスト用紙の裏の余白に広がるその小さな落書きの空間こそが、当時の私にとって最大の慰めであり、満ち足りた幸福の時間だったのだ。


――しかし、今思えば、それは「正常な子供の幸福」ではなかった。


正常な子供は、テストの点数で幸福を感じない。正常な子供は、友達と遊んだり、笑い合ったり、時に喧嘩したりすることで幸福を感じる。私は、それらをすべてスキップしていた。友達との遊びよりも、テストの満点の方が、私にとっては明確で、理解しやすく、そして安全だったのだ。


勉強の記憶だけではない。

身体能力においても、私は奇妙なほど偏っていた。


たとえば、小学校の校庭で行われる体育の時間。個人種目における私は、常にクラスの先頭を走っていた。足が驚くほど速く、短距離走でも長距離走でも、誰の背中をも許さなかった。器械体操の時間になれば、跳び箱を軽々と、まるで重力を無視するかのように美しい軌道を描いて飛び越えてみせる。身体を自分の意のままにコントロールし、数値や記録として結果が出る個人プレーの領域において、私は常に卓越していた。


しかし、その一方で、決定的な欠落もあった。

チームスポーツ、すなわちサッカーやバスケットボール、クラス全員参加のリレーといった集団競技の場になると、私は途端に凡庸以下になった。いや、正確に言えば、足を引っ張るわけではないのだが、周囲の人間が熱狂するような「勝利の歓喜」や「チームワークの連帯感」が、どうしても理解できなかったのだ。


恐らく、当時の私には真に根本的な「共感性」というものが欠落していたのだろう。

仲間がパスを求めて声を荒げても、そこにどのような感情的なドラマがあるのか、私の脳内ではただの物理的なベクトルの移動としてしか処理されなかった。誰かと喜びを分かち合うことの心地よさを知らず、ただ冷徹に与えられた役割をこなすだけの機械的な人形。それが、運動場という名の集団社会の中にぽつんと置かれた、当時の私の正体だった。


個人で完結する世界では無類の強さを誇りながら、他者の感情と交わる集団の中では完全に孤立している。幼い頃の私は、そんなアンバランスな精神構造を抱えたまま、無機質に日々を過ごしていた。


――そして、この「孤独」と「周囲とのズレ」こそが、彼女と私を結びつけるものだったのだと、今の私は確信している。


彼女もまた、同じように孤独だったはずだ。彼女もまた、周囲の子供たちと「本当の意味で」交わることができなかった。彼女は、私とは異なる形で、しかし確かに、同じ歪みを抱えていた。彼女のあの鋭い目つきは、周囲を拒絶するものではなく、周囲に理解されない自分を守るための防壁だった。彼女のあの影のある佇まいは、彼女自身が自分の「異常性」を自覚していたからこそ生まれたものだった。


――私は、彼女の中に、自分を見たのだ。


それは、恋愛感情よりももっと根源的な、同類の認識だった。この世界で、たった一人、自分と同じ孤独を抱えた存在がいる。その存在を、私は無意識のうちに探し続けていた。そして、見つけた。小学校三年生のあの春の日、鉄筋コンクリートの窓辺で、彼女は私にそのことを教えてくれた。


「お前は、一人じゃない」と。


――いや、彼女は何も言っていない。彼女はただ、窓の外を見ていただけだ。しかし、私にはそれが、そう聞こえた。


そして、時は流れ、舞台は小学校から私がタイムリープしてきた中学校へとスライドした。

すべてが順風満帆に、冷徹な計算通りに処理されていくはずだった私の日常に、ある決定的なノイズが混入した。


――それが、中学校の授業で初めて本格的に組み込まれた「英語」という教科だった。


これほどまでに論理的で、どんな難問であってもパズルのように解体してきた私の脳が、なぜかその言語の壁の前に立ち尽くした。文法や構文のルールはあるはずなのに、そこに込められた感情の機微や、生きた音の響きがどうしても馴染まない。私という完璧に構築されたはずの精神の歯車に、たった一つだけ紛れ込んだ小石。


苦手が一つあると、それまでの人生がいかに平穏だったかと思い知らされる。

それまで、どれほど難解な問題であっても淀みなく解き明かし、静かな幸福を感じさせてくれていた「テストの時間」という日常のルーティンが、そのたった一つの苦手科目によって、一瞬にして冷や汗の滲む苦痛の時間へと変貌してしまったのだ。


「ディスイズアペン……」


発音の仕方も、それが持つ本当の意味もよく分からないまま、ただ黒板に書かれた文字をノートに写し取るだけの無力な時間。

完璧主義だった私のプライドは、そのたった一つの「分からない」という不協和音によって、音を立てて崩れ去った。周囲の同級生たちが当たり前のように受け入れ、平然と発音しているその言葉の裏側で、私だけが取り残されたような強烈な疎外感を味わった。


あの英語のつまずきこそが、私の幼い世界を初めて内側から壊したのだ。

苦手なものが一つあるだけで、あんなにも好きだったテストの時間という日常が、息の詰まるような地獄に変わる。その痛烈な挫折の記憶と、そこから這い上がろうともがいたかつての泥臭い自分の姿が、数十年という時間を巡り、今再び十代の脳裏によみがえる。


――だが、もういい。

かつて私を壊し、絶望の淵へと追いやったその「英語」という鬼門すら、今の私にとっては過去のデータベースの引き出しをめくるような作業にすぎない。


何十年間もネイティブの荒波にもまれ、言語の壁などとうに超えてきた老練な精神を持つ今の私にとって、中学の英語の教科書など、ただの懐かしい笑い話にすぎなかった。


――しかし、ここで一つの、冷徹な問いが浮かぶ。


もし私が、英語というたった一つの苦手を克服するために、あの時、彼女に「教えてほしい」と頼んでいたら、どうなっていただろうか。彼女は、私に教えてくれただろうか。彼女は、私と一緒に英語を学ぼうとしてくれただろうか。そして、もしそうしていたら、私たちの関係は、もっと早く、もっと違う形で始まっていたのではないか。


――その問いは、今となっては、ただの「もしも」だ。


しかし、その「もしも」が、私の胸の奥で、冷たく、しかし確かに疼いている。私は、あの時、彼女に頼む勇気がなかった。完璧主義のプライドが、誰かに「教えてほしい」と言うことを許さなかった。その結果、私は彼女との接点を失い、何十年もの間、彼女のいない時間を生きることになった。


――私は、あの時、彼女に「教えてほしい」と言えなかった自分を、呪っている。彼女と会話をしなかった己自身の失敗を理解している。


失われた記憶の整合性を頭の中で静かに合わせながら、私は再び鉛筆を握り、完璧に再構築されつつある未来の軌道へと、冷徹に目を向けた。


――しかし、その目は、すでに彼女の横顔を探していた。


私の過去と現在と未来。それらのすべては、彼女という一点に収束している。英語の挫折も、テストの満点も、跳び箱の記録も、すべては彼女に至るための、彼女を理解するための、彼女を愛するための、ただの通過点だったのだと、今なら分かる。


そして、彼女もまた、同じように何かと戦っていたのだろう。彼女もまた、自分の中の「異常性」に苦しんでいたのだろう。


そのことを思うと、私は彼女を抱きしめたい衝動に駆られる。しかし、今はまだ、それができない。彼女はまだ幼い。彼女はまだ、自分の孤独を言葉にできない。彼女はまだ、私が同じ孤独を知っていることに気づいていない。


――だから、私は待つ。彼女が成長し、自分自身を理解し、そして私と向き合う準備ができるまで。


その間、私は自分の過去を、自分の異常性を、自分の狂気を、すべて彼女への執着に変換し続ける。それが、私という人間の、唯一の生きる意味だから。



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