■第二章:事故と見せかけて、そして距離
「事故の、ふりか」
私は階段の踊り場で自ら足を滑らせ、わざとらしく身体を投げ出した。
ゴロゴロと数段の音を立てて転がり落ちる。狙ったのは、打撲の痛みや肉体的なダメージなどではない。あくまで「周囲の人間、そして学校という組織に与える衝撃の大きさ」だ。冷徹な計算と極めて冷静な自己制御のままに、致命傷にならないよう最小限の衝撃で後頭部を軽くコンクリートの床に打ち付け、私はその場でピクリとも動かずに意識を失ったふりをして床に伏した。
「おい、シンゴロちゃん!しっかりしろ!」
「嘘だろ……誰か! 保健室だ! 早く先生を呼べ!」
静まり返るはずの廊下に、周囲の慌ただしい足音と、恐怖に引きつった女子生徒の黄色い悲鳴が響き渡る。
騒がしい。実に耳障りな雑音だ。だが、この大げさで少しばかり間抜けな茶番劇には、私にとって極めて明確かつ絶対的な目的があった。
――この学校という閉鎖社会において、私は「異質な存在」として認知されなければならない。
この国の中等教育という退屈で硬直したシステムにおいて、もし普通の生徒がいきなり「不自然な飛び級」を希望したり、周囲の人間が理解できないような奇抜な行動を起こしたりすれば、教師や親、そして学校という同調圧力の化身たちはたちまち警戒心を強める。そして、余計な詮索や、ルールという名の無意味な足枷をこれでもかと嵌めてくるものだ。凡人どもに囲まれた社会で頭角を現すには、突出していること自体がリスクになる。
しかし、「学校内の階段からの転落という大きな事故に遭い、一時は生死の境をさまよいながらも奇跡的に生還した。ただし、その代償として脳にちょっとした変化――あるいは頭部を強打したことによる強烈なショックと覚醒が起きた」というわかりやすい免罪符があれば、話はまったく別物になる。
大人は「ドラマチックな物語」が大好きだ。そして「不慮の事故による天才の誕生」というフィクションを、彼らは勝手に、かつ喜んで信じ込みたがる。
――これで、面倒な手続きを踏むことなく高校という無駄なステップを合法的にスッ飛ばすための正当な理由と、周囲の目を完全に欺くための「無敵の物語」が完成する。
――だが、それだけではない。
この事故という茶番劇には、もう一つ、私自身に課した「禁忌」が含まれている。
私は、彼女に近づかない。
少なくとも、今は。
倒れ伏した私の視界の端に、遠くの教室の扉から顔を覗かせる生徒たちの群れが映る。その中に、彼女の姿はなかった。いや、いたとしても、私はそれを確認するために視線を動かさなかった。動かしてはいけない。今、この瞬間に彼女の顔を探すという行為は、私の計画に不要な「感情の漏洩」をもたらすからだ。
彼女は今、教室で、いつものように窓の外を見ているのだろう。
この騒ぎなど、彼女の世界には入ってこない。彼女は彼女のままだ。それでいい。今は、それで。
私は冷徹にそう思いながら、床に伏せたまま、救急隊が到着するまでの時間を、ただ無機質に数えていた。
数日後。
私は消毒液の匂いが鼻をつく病院のベッドの上で、ただ白い天井を見つめていた。
見舞いに訪れた医者や、目を赤く腫らした両親の過剰な心配と不安混じりの言葉を、私は適当なうなずきと物言げな沈黙でやり過ごす。すべては計算の範疇だった。
記憶の混濁を適度に装いながら、しかしその一方で、圧倒的な知能の異常な跳ね上がりや、難解な概念を瞬時に理解する様子だけを、医者たちの前でさりげなく、だが効果的に見せつける。
「頭を打ってから、なんだか世界が違って見えるんです。色々なことが、これまでの何倍もクリアに脳に入ってくる」――そんな、小説やドラマの安直なパクリのような陳腐な言い訳を、権威あるはずの大人たちは勝手にありがたがり、深読みし、私を「頭脳の特異点」「奇跡の神童」として勝手に祭り上げ始めた。愚かだが、実に扱いやすい。
すべては計画通りだった。
遠回りに見えて、実はこれが最も早く、誰も文句を言えない、否定できない形で「誰からも干渉されない自由な時間と、社会的な信用」を手に入れるための最短ルートなのだ。
退院の日の午後。
迎えに来た両親の車に乗り込み、私は窓の外を流れる見慣れた街の景色を冷ややかに見つめながら、静かに息を吐いた。
――彼女は、あの学校にいる。
私がしばらくの間、病院という隔離された空間にいた間も、彼女は変わらずあの教室で、あの窓辺で、時間を過ごしていたはずだ。
私は彼女に何も伝えていない。事故のことも、自分の変化も、何ひとつとして。今の彼女にとって、私はただの「同じ学年の、どこか変なやつ」でしかない。それでいい。今は、それで十分だ。
高校という、若者たちの無駄な熱気と同調圧力に満ちたモラトリアムの檻を、合法かつ完璧に破壊する私にはもう、あの「たった一つのもの」へと至るための障害は何ひとつ残されていなかった。
――いや、正確には。
彼女にどう向き合うか。その「方法」だけが、まだ決まっていなかった。
私は彼女を愛している。それこそ、私自身でもおかしいと思えるくらい、狂気じみたほどに。
だが、今の私は、小学三年生からの彼女を知っているのに、彼女はまだ本当の私のことを何も知らない。
ただし、私はおちゃらけた小学生で人気者だったため、ある程度は知っているだろう。
この非対称性を、どう乗り越えるのか。
「焦るな。時間はある」
はるか昔の街並みに目をやりながら、私は冷たく、しかし確かな熱を帯びた声で呟いた。
彼女が高校生になるまで。
彼女が自分という存在を自覚し、世界と向き合う準備が整うまで。
私は、待つ。
それが、私という狂人に許された、唯一の誠実さだった。
――だが、待つということは、同時に彼女に関わらない時間を生きるということだ。
その空白を、私はどう埋めるのか。
その問いに対する答えは、すでに私の頭の中に、冷徹なまでに組み立てられていた。
「彼女と関わらない時間を、私は知識と実績で埋め尽くす。そうすることでしか、彼女に本当の意味で、出会うまでの空白を耐えられないのだから。」




