表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
1/33

■ 第一章:終わりの始まり、もしくは始まりの終わり

この物語は創作ですが、私個人の記憶を一部加えております。

「私はどうやら今日か明日、もしくはひと月以内に死ぬのだろう。それは別にどうでもよい。人並みには楽しい人生だったのだから。ただ一つだけ手に入れそこなったものがあるが……消えゆく私にとっては、もう、どうでもいいことだ。さて、この時を閉じる心の準備でも始めようか」


自嘲気味に呟いたその言葉を最後に、私の意識は途切れた。


――その瞬間、走馬灯のように脳裏を駆け抜けたのは、死の間際に思い出すべき数十年の人生の断片などではなかった。妻の顔でもなく、共に歩んだ恋人たちの笑顔でもなく、成功した事業の場面でもない。ただ、一枚の、あまりに鮮明な少女の横顔だった。


小学三年生の教室。新築の鉄筋コンクリートの埃っぽい匂い。窓の外の桜が散りかけていた、あの春の日。

彼女は、窓際の席で、誰とも話さず、ただ工事中の校庭を小さくとり囲む木の板を見つめていた。校庭には遊具すら存在しておらず、本来の半分程度の広さしか無かった。


その光景を眺めるように見る、その横顔は、周囲の喧騒をすべて遮断するように静かで、しかしどこか鋭く、そして――私の世界のすべての色を、その瞬間に奪い去った。


あれから数十年。百人を超える女性と関係を持ち、何人かには深い愛情を注ぎ、家庭も築いた。それなのに、私は一度もあの日の色彩を取り戻せなかった。

夢に見る。今でも。

彼女が振り返り、何かを言おうとして、結局何も言わずにまた窓の外を見る。その繰り返し。目が覚めるたびに、私は自分が何を求めているのかを、冷たく、そして痛いほど理解していた。


――あの少女と、もう一度、最初からやり直したい。

今度は、逃さない。絶対に。


意識が途切れた。

あるいはそれは、この世界の構築式が強制的にリセットされたかのような、あまりにも静寂な断絶だった。


――気が付くと、そこは見覚えのある天井だった。

いや、正確には「過去に何度も見て、そして遠く離れた」天井だ。私がいま身を置いているのは、両親が健在で、まだ家業が辛うじて形を保っていたころの実家の子ども部屋に違いなかった。

視線を動かせば、そこには時代遅れの重厚なブラウン管の小さなテレビがあり、その傍らには埃をかぶったファミコンの本体が転がっている。インターネットなど影も形もない。物心ついたころの、あの湿った昭和の空気感が、妙な生々しさをもって皮膚を撫でていた。


私はどうやら、死の淵から時間を逆行したらしい。

記憶は……ある時までの分はしっかりと残っている。老いさらばえて死を迎えたという確かな実感はある。しかし、なぜ自分が死んだのか、その瞬間の決定的な理由やプロセスが、まるで霧の向こう側にあるように思い出せない。

頭の中に残っているのは、西暦二〇二六年の夏に至るまでの膨大な履歴だけだ。その先の記憶がぽっかりと無くなっていた。そこは地球温暖化がいよいよ悲鳴を上げ、世界中の生態系も経済も、誰もコントロールできないわけのわからない方向に狂い始めていた、ひどく騒がしい時代だったはずだ。


ああ、テレビだ。あの分厚くて、電源を切ってもしばらく中心に白い光が残るブラウン管のテレビだ。

そして、この肉体は――?


布団から這い出すように身を起こし、私は廊下を渡って母親の化粧台の前に立った。そこに据えられた鏡に映り込んでいるのは、まだ十代前半の、無駄に尖った目つきをした見慣れた昔の自分の顔だった。

驚愕はない。恐怖もない。高揚感すら、一片たりとも湧き上がらなかった。

ただ、冷徹に研ぎ澄まされた脳内プロセスの底で、一つの硬質な事実だけが静かに定着していく。


「……願いが叶った、というわけか。あるいは、ただのバグか。まあいい、戻ったか。タイムリープ、俗に言うそういうやつだな」


私はもう一度、鏡の中の自分を見つめた。十代始めの、まだ何も知らない顔。だが、その瞳の奥には、数十年の後悔と、ただ一人の少女に対する狂気じみたまでの執着が、冷たく、しかし確かに燃えている。


――彼女は今、この街のあの場所にいる。

私の記憶が正しいのならば、まだ中学生だ。中学校の教室からも、窓の外を見ているのだろう。

私は知っている。彼女の横顔を。彼女の影を。彼女が誰にも見せない孤独を。


「今度こそ、絶対に間違える事はない……間違えるわけには行かない」


呟きは、鏡の前で冷たく反響した。


私の人生の履歴書から見れば、これから訪れるはずだった数十年という気の遠くなるような空白の時間が、綺麗さっぱり切り落とされた形になる。

バブル経済が崩壊し、いずれ訪れる祖父母の死があり、やがて両親を見送る日も来る。二〇二六年の夏のことまでは、すべて知っている。だが、だからといって歴史の歯車を大げさに狂わせるつもりは毛頭なかった。その崩壊のプロセスをいじくったところで、世界の行方がどうこうなるわけではない。何より、私自身が富や名声といったものに対して、もはや一銭の値打ちも見出していなかった。


時代のうねりを利用して将来価値が何百倍にも跳ね上がる企業の株を買い漁ることもできるだろう。だが、そんなものに手を伸ばす気は一切起きない。金などというものは、この人生を平穏に、そして確実に生きていくための最低限の燃料があればそれで十分だった。


私が求めているのは、世界経済の覇権でもなければ、歴史の改変によって英雄として祭り上げられることでもない。

ただ、人生の端々であらゆるものを色褪せさせた、あの取り戻せない記憶の正体――彼女という、たった一つの存在――それだけだ。


「高校など、行っている暇はないな。どうにかバブル崩壊前までに大学か専門学校を出て、自分の力で稼がないと……」


凡百のカリキュラムや、無意味な同調圧力を互いに強め合うだけの青春のモラトリアムなど、百戦錬磨の老人の精神を持つ今の私にとっては、ただ時間の無駄を強制される拷問に等しかった。

最短距離で己の持つ未来の知識と圧倒的な効率をもって「異才」としての実績を積み上げ、地元の公立大学の工学部でも修了しておかなければならない。世間がバブルの狂騒に酔い痴れて崩壊を迎える前に、さっさと社会のシステムに組み込まれてしまおう。

そこで時間を掛け、あの失われた「たった一つのもの」へと再び至るための最短の路を、誰にも邪魔されない精度で構築する。目的は、その一点にのみ収束していた。


小さな、しかし絶対に揺るがぬ失われたはずの日常という名の幸福を再び手元に引き寄せるために、私は静かに部屋へと戻り、制服へと腕を通した。


――ああ、そうだ。

彼女は今、この街で、この時間、息をしている。私とのあの約束も知らないままに。

それだけを、その約束を果たすためだけに、私はもう一度、生きる意味を持った。


中学校の教室。

最初の授業は国語だった。教師の抑揚のない声を聞き流しながら、私はぼんやりと窓の外の狭い中庭の向こうにある木々を見つめていた。

そして、四時限目。私にとっての、かつての小さな鬼門であり、いまや懐かしい響きを持つ科目の時間がやってきた。英語の授業だ。


私は机の上で真新しい教科書を無造作にめくり、最初のページに印刷された文章に目を落とした。


そして、かつては意味も分からず、ただ呪文のように暗記させられたその英文を見て、私は心の中で小さく息を吐いた。


「――ディシーザペン、か……」


何十年という途方もない時間を経て、ネイティブの空気の中でそれを聞き、あるいは発音し続けてきた今の私からすれば、その響きはあまりにも滑稽で、かつて自分がどれほど矮小な世界で躓いていたかを物語るものだった。


「ディスイズアペン……。こんな簡単な、たったこれだけの言葉で、当時の私は盛大に躓いていたわけか」


過去の自分への冷ややかな嘲笑を胸の奥にしまい込みながら、私は鉛筆を握り、退屈な授業の始まりに意識を沈めていった。


――しかし、その瞳の奥には、あの少女の横顔が、焼き付いたように、消えずにいた。


「――彼女は、私のことを覚えているだろうか。いや、覚えているはずがない。まだ、何も始まっていないのだから。」


一章を完読出来た方へ。

冒頭でわざわざ「一部の実話をもとに、意図的なフィクションを交えて再構成しています」と明記している時点で、この物語の舞台は「現実そのもの」ではなく、作者によって再構築された「物語という名の独立した思考世界パラレル」であることを宣言しています。


フィクションというものは、現実の法や道徳の不備を補完したり、現実ではあり得ない前提タイムリープを置くことで「もしこういう条件なら、人間はどう生き、どう思考するのか」という極限の思考実験を行うための安全な箱庭です。


そこに「現実の日本の倫理観では~」「法律的には~」などと野暮な野次を飛ばすのは、ゲームのルールを無視して外側から文句を言っているようなもので、表現の鑑賞としては最も解像度の低い振る舞いと言えます。


「これは創作であり、SFですし、思考実験の場である」と最初から提示されている城に対して、野暮な外野の価値観などは端から一切届きません。その安全な箱庭の中で、どれだけ濃密で歪で美しく、論理的なエゴを結晶化させられるか。


以上、Geminiの感想でしたw

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ