■第十三章:遊べない夏休み、不在の祭典
世間の子供たちにとって、夏休みという季節は、学校という窮屈な束縛から解放される輝かしいモラトリアムの象徴だった。
蝉の鳴き声がアスファルトを焦がす熱気を煽り立て、日中の校庭から子供たちの姿が消え去る頃、街中にはラジオ体操のメロディや、祭りの夜店を彩る提灯の光、そして冷たいアイスクリームを頬張りながら友達と自転車を走らせる無邪気な笑い声があふれ返る。それは青春のひとコマであり、人生の中で最も眩しく、無責任で許された自由の時間であるはずだった。
だが、私にとっての夏休みという季節は、そんな甘ったるい感傷の入り込む余地など一ミリたりとも存在しない無機質な空間だった。
私にとって夏休みとは、九月に待ち受ける司法試験予備試験・論文式試験という地獄の関門に至るまでの、ただ純粋な「極限の勉強時間」でしかなかった。
焦燥感があるわけではない。恐怖心に駆られているわけでもない。ただ、冷徹なスケジュール管理と、あの「たったひとつのほしいもの」を手に入れるための完璧な要塞を築くという絶対的な目的の前にあって、日々のカレンダーのめくりめく速度だけが唯一の現実だった。
――しかし、そのカレンダーの空白を、私は彼女で埋めていた。
彼女は今、この街のどこかで、夏休みを過ごしている。彼女は、友達と遊んでいるかもしれない。彼女は、家族と旅行に行っているかもしれない。彼女は、ただ何もせずに、自分の部屋で本を読んでいるかもしれない。
――彼女は、私と一緒にいない。
その事実が、私の胸の奥で、冷たく、しかし確かに疼いていた。私は、彼女と一緒に夏休みを過ごしたい。彼女と一緒に海に行きたい。彼女と一緒に花火を見たい。彼女と一緒に、ただ何もせずに時間を過ごしたい。
しかし、今はその時ではない。今は、勉強する時だ。
私は朝の冷たい空気がまだ部屋に残る早朝からデスクに向かい、夜の帳が下りて煩い蝉の音が静まる深夜に至るまで、ひたすら法学の海に身を浸していた。
論文式試験の対策は、短答式のようなマークシートの消去法ごときとは次元が違った。
問われるのは、目の前の抽象的な事実関係から法的紛争の核心を瞬時に抉り出し、憲法上の人権保障の論点や、民法の複雑な利害関係、刑法の客観的構成要件の該当性を、論理的かつ一分の隙もない文章として答案用紙に構築し続ける圧倒的な出力の作業だった。
徹底的に基本書を読み込み、過去の難解な判例の全文を咀嚼し、自らの手で幾度となく論文の答案構成を書き殴る。
脳の神経回路が焼き切れるような情報処理の連続。思考の限界を超えた領域で、私は文字通り血反吐を吐くほどの学習を自分に課し続けた。
――だが、その血反吐は、彼女への想いから生まれていた。
私は、彼女を想うあまりに勉強している。彼女を想えば想うほど、私は勉強に没頭する。勉強に没頭すればするほど、私は彼女を想う。そのループは、どこまでも続く。まるで、渇きを癒すために海水を飲むようなものだった。
自宅の自室にこもりきりでは、脳の過負荷による効率の低下を招く。そのため、私は午前中になると、地元の市立図書館へと足を運んだ。
ひんやりと冷房の効いた静寂な空間。一般の利用客や、夏休みの宿題を広げて頭を悩ませている高校生たちの姿が周囲にちらほらと見え隠れする。その中にあって、一冊の分厚い六法全書と膨大な論文過去問の束を広げ、無言でペンを走らせる中学一年生の少年の姿は、どう見ても異質な存在だった。
図書館の司書や周囲の大人たちは、その姿を遠巻きに見つめながら「あの事故で頭が覚醒したという、あの特異な子供か」と勝手に納得し、腫れ物に触るように声をかけてこなかった。
好都合だった。私に必要なのは、同情でも賞賛でもなく、ただ誰にも邪魔されない絶対的な時間と空間の連続性だけだったからだ。
「――構成要件的故意の錯誤における抽象的事実の錯誤の処理について……」
頭の中で法的論点を反芻しながら、私はシャープペンシルの芯を次々とすり減らしていく。
シャーペンの音がカチリ、カチリと静まり返った閲覧室の机の上で乾いた響きを立てる。指の関節がこわばり、文字を書きすぎて右手の親指の付け根に痛みが走るが、肉体的な疲労など私の意識を鈍らせる理由にはならなかった。
――しかし、時々、私はふと手を止め、窓の外を見た。
どこかの生徒たちが、部活の帰り道なのだろうか、楽しげにアイスを分け合いながら笑い声を上げて通り過ぎていくのが見えた。青春の熱気と、無知ゆえの輝きに満ちたその風景は、かつての人生のどこかで私も通り過ぎてきたはずの懐かしい記憶の残影にすぎない。
だが、今の私にとって、そのどちらの側にも戻るつもりはなかった。
青春の甘い果実を貪ることよりも、友達と連れ立って夏の思い出を作るような無駄な感傷に浸ることよりも、私には果たすべき目的があった。
――しかし、私はふと、自分が図書館の窓に映る自分の姿を見つめていた。
そこにいたのは、中学一年生の、まだあどけなさが残る少年だった。しかし、その瞳は、老人のように冷たく、そして深く沈んでいた。その少年は、周囲の喧騒とはまったく無関係に、ただペンを走らせている。
――私は、自分が「何か」から取り残されていることを、その瞬間、強く感じた。
彼女もまた、今頃、この街のどこかで、誰かと過ごしている。私は、彼女のいない時間を、勉強という名の砂で埋めている。しかし、その砂は、決して彼女の不在を完全に埋めることはない。
あの冷たく鋭い目をした少女が、いつの日かこの世界の中で孤独にすり潰されそうになったとき、彼女を誰の手も届かない完璧な箱庭へと迎え入れ、すべての理不尽から隔離して守り抜くこと。そのための経済的基盤であり、社会的な最強の盾となる法律の資格を手に入れること。
その目的の重さに比べれば、この夏の自由をすべて勉強という名の無機質な作業に捧げることなど、あまりにも安い対価にすぎなかった。
――だが、その対価は、あまりにも「彼女のいない時間」を長くしていた。
私は、彼女に会いたい。しかし、会うためには、会うための準備をしなければならない。その準備のために、私は彼女に会えない。まるで、永遠に続くパラドックスのように。
「まだ足りない。論理の緻密さが、わずかに甘いな」
私は呟きながら、自らが書き殴った論文の不備を赤ペンで容赦なく削り、新たな論理の構築へと頭を切り替える。
蝉の声が遠ざかり、夕暮れの赤い光が図書館の窓ガラスを染め上げるまで、私の筆が止まることは一度たりともなかった。
――しかし、その筆は、彼女への想いを書き綴る筆でもあった。
私は、法律の論文を書きながら、常に彼女のことを考えていた。私は、彼女という存在を、法律という枠組みの中で再構築していた。私は、彼女という存在を、論文という形式の中で定義していた。
――彼女は、私の論文のテーマだった。彼女は、私の法律の対象だった。彼女は、私のたった一つの全てだった。
遊べない夏休み。
それは、孤独な少年が自らの手で未来の運命をねじ伏せるための、あまりにも静かで、しかし誰にも破ることのできない鉄の要塞を築き上げる日々だった。
――しかし、その要塞は、彼女を閉じ込めるためのものだ。そして、そのことに、私は気づいていた。
それでも、私は止められなかった。なぜなら、私は狂人だからだ。狂人であることを自覚している狂人は、自分の狂気を止めることができない。自分の狂気を止めることは、自分自身を止めることと同じだから。
私は、彼女の名前が書かれたノートを、図書館の机の上に広げた六法全書の隣に置いた。私は、彼女という存在を中心に、世界を再構築し続けている。
――そして、その世界が完成したとき、私は彼女をその世界に閉じ込めるだろう。
それが、私の愛の形だ。歪で、醜く、狂気的で、しかし唯一無二の愛だ。




