7
静まり返った部屋。
残されたのは俺と黒崎さんだけだった。
「……。」
「……。」
なんとも言えない空気が流れる。
俺は黒崎さんを見る。
「黒崎さん。」
「はい。」
「まさか黒崎さんも、武道の達人でしたとか言いませんよね?」
「違います。」
即答だった。
「ですよね。」
「では……実は森に住む大きな猫の精霊の生まれ変わりとか。」
「違います。」
「じゃあ巨大なバスとか。」
「違います。」
「ですよねぇ。」
黒崎さんは少し困ったように笑う。
「私は本当に普通の人ですよ。」
「普通の人があんな事故でブレーキ二回踏めるかなぁ……。」
俺は首を傾げる。
そうだ。
一つ気になっていたことがある。
俺は水晶へ向き直った。
「質問。」
『許可します。』
「女神って誰?」
『回答権限がありません。』
「じゃあ何人いるの?」
『回答権限がありません。』
「何で俺たちを選んだ?」
『回答権限がありません。』
「……お前、便利な言葉覚えたな。」
『回答権限がありません。』
「それもかよ!」
黒崎さんが小さく吹き出した。
「少し面白いですね。」
「笑いました?」
「……少しだけ。」
その笑顔を見て、俺もつられて笑ってしまう。
「じゃあ黒崎さん、お願いします。」
黒崎さんは静かに頷き、水晶へ手を置いた。
『個体を確認しました。』
『生前情報を読み込みます。』
『対象者。』
『黒崎 一真。』
『今世の経歴を確認。』
『幼稚園バス運転手。』
『犯罪歴なし。』
『特筆すべき戦闘経歴なし。』
『極めて一般的な人生を確認。』
「ほら。」
黒崎さんが少し照れくさそうに笑う。
「私は普通なんです。」
「……ですよね。」
俺も納得した。
しかし。
水晶は続ける。
『前世情報を確認。』
「え?」
『対象者の前世。』
『守護型ゴーレム。』
「……はい?」
『村を守る目的で創造された守護個体。』
『住民及び子どもの保護を最優先行動として設定。』
「ゴーレム?」
俺も黒崎さんも固まる。
『今世において、守護本能の一部を継承。』
『死亡直前、能力の一部が覚醒。』
『即死相当の損傷を受けながらも行動可能となりました。』
「だから……。」
黒崎さんは自分の手を見つめる。
「最後まで動けたんですね。」
『補足。』
『同乗していた園児及び教諭は全員生存。』
その瞬間だった。
黒崎さんの肩から、ふっと力が抜ける。
「……そうですか。」
小さく笑う。
心の底から安心したような笑顔だった。
「よかった……。」
それだけだった。
自分が死んだことよりも。
子どもたちが助かったことの方が嬉しいらしい。
俺は思わず笑う。
「やっぱり黒崎さん、普通じゃないですよ。」
黒崎さんは首を横に振る。
「いいえ。」
「子どもを守ろうとする大人なら、誰でも同じです。」
その言葉を聞いて、俺は何も言い返せなかった。
『転移先への接続が完了しました。』
黒い扉がゆっくりと開く。
黒崎さんは俺に向き直る。
「葵さん。」
「はい。」
「短い間でしたが、お話しできて良かったです。」
「向こうでも、お元気で。」
そう言って深く一礼する。
「黒崎さんも。」
「ありがとうございました。」
黒崎さんは穏やかな笑顔のまま扉へ歩き、そのまま光の中へ消えていった。
ガチャリ。
静かに扉が閉まる。
広い白い部屋に残されたのは――
俺、一人だった。




