6
田中さんの足元にあった黒い扉が、ゆっくりと音を立てて開き始めた。
同時に水晶が淡く輝く。
『対象者への転移先の接続が完了しました。』
田中さんは苦笑いを浮かべる。
「いやぁ……喋りすぎましたね。」
そう言って俺たち三人を見渡した。
「こんな最後になるとは思っていませんでした。」
「皆さん、どうかお元気で。」
一度だけ小さく笑う。
「では、お先に。」
そう言うと、一度も振り返ることなく扉へ歩いていく。
黒い扉に吸い込まれるように姿が消えた。
ガチャリ。
扉は静かに閉じる。
部屋には三人だけが残された。
「……なんか、あっさりだったな。」
「別れってもっとこう……あるもんじゃないのか?」
俺が呟くと、源三さんが豪快に笑った。
「湿っぽいのは性に合わんのじゃろ。」
そう言って迷いなく水晶へ手を置く。
『個体を確認しました。』
『生前情報を読み込みます。』
水晶が淡く輝きを増していく。
『対象者。』
『源三。』
『特殊個体を確認。』
『転生記録を照合します。』
「特殊個体?」
俺が思わず声を漏らす。
『過去転生記録。』
『レオンハート。』
『宮本武蔵。』
「は?」
『源義経。』
『アレクサンドロス三世。』
『呂布。』
『その他、多数の転生記録を確認。』
「ちょっ、ちょっと待て!」
思わず叫んでしまう。
「宮本武蔵って……あの宮本武蔵!?」
『肯定。』
「えぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
頭が追いつかない。
教科書に載ってる人物ばかりじゃないか。
「レオンハートって……リチャード王?
アレクサンドロス三世って世界史の!?
呂布まで!?」
『肯定。』
「うそだろ……。」
『対象者は世界のイレギュラー対策を目的として、記憶を保持したまま転生を繰り返す特殊個体です。』
『女神の使徒に認定されています。』
「女神!?」
情報量が多すぎる。
俺の頭は完全に処理落ちしていた。
「つまり源三さんは……。」
「世界を守る便利屋みたいなもんじゃ。」
本人はケロッとしていた。
水晶はそのまま続ける。
『今回の死亡原因。』
『富士山地下に封印されていた八岐大蛇との戦闘。』
『首三本を討伐後、相打ちにより死亡。』
「……。」
「…………。」
「は?」
思考が止まる。
「八岐大蛇?」
『肯定。』
「神話のあれ?」
『肯定。』
「実在したの?」
『肯定。』
「マジかよ!」
思わず頭を抱えた。
「じゃあ地球のオカルトとか都市伝説って……。」
『実在する個体が存在します。』
「うわぁ……。」
鳥肌が立つ。
テレビで笑いながら見ていた怪談や都市伝説。
まさか本当に存在していたなんて。
その横で、源三さんは腕を組みながら満足そうに頷いた。
「三本はちゃんと持っていけたか。」
「よかった、よかった。」
「……そこ安心するとこ?」
「全部は倒せんかったが、封印もまだ残っとるじゃろ。」
源三さんは豪快に笑う。
「次の人生で続きをやればええ。」
その笑顔は、これから戦いに行く人間ではなく、遠足を楽しみにしている子どものようだった。
『転移先への接続が完了しました。』
黒い扉がゆっくりと開く。
源三さんは迷うことなく歩き出す。
「では、機会があればまた会おう。」
そう言って振り返る。
「次は酒でも飲みながら話したいもんじゃな。」
豪快に笑い、そのまま扉へ入っていく。
一瞬で姿は消えた。
ガチャリ。
再び扉は閉じる。
残されたのは俺と黒崎さんだけだった。
「……。」
「……。」
長い沈黙が続く。
俺はゆっくり黒崎さんを見る。
「黒崎さん。」
「はい。」
「今日はもう……ツッコミが追いつきません。」
黒崎さんは静かに頷いた。
「……私もです。」
真っ白な部屋には、俺たち二人のため息だけが静かに響いていた。




