40 もう一人の俺
「やぁ、葵。」
柔らかな声が響く。
気が付くと、俺は真っ白な空間に立っていた。
目の前には、一人の青年がいる。
穏やかな笑み。
どこか懐かしさを感じる、不思議な雰囲気だった。
「とりあえず、色々と片付いたよ。」
「ごめんね。」
「勝手に身体、使っちゃって。」
青年は頭を掻きながら笑う。
俺は首を傾げた。
「……誰?」
「俺?」
青年は困ったように笑う。
「あー、このままじゃ話しづらいか。」
そう言って軽く指を振る。
光が青年を包み込んだ。
次の瞬間。
そこに立っていたのは、白と黒を基調とした狩衣を纏う陰陽師。
どこか神秘的で、それでいて圧倒的な存在感を放っている。
「これなら分かるかな。」
「昔は安倍晴明って呼ばれてた。」
「その前もあるけどね。」
「……え?」
俺は言葉を失った。
「安倍……晴明?」
青年――晴明は苦笑した。
「そう。」
「この世界と地球。」
「その二つを、ずっと守ってきた。」
俺は何も言えず、その話を聞く。
「魔物や魔族は確かに危険な存在も多い。」
「でもね。」
「人も同じだった。」
「非道な人間は沢山いた。」
「そして逆に、優しい魔物や魔族もいた。」
「結局。」
「全部が全部、悪じゃない。」
「全部が全部、善でもない。」
晴明は少し寂しそうに笑う。
「僕は段々と、自分のやっていることに疑問を持つようになった。」
「人々からは英雄と呼ばれ。」
「その力を恐れられ。」
「妬まれ。」
「国を治める者たちは、僕を利用しようと近付いてきた。」
小さく息を吐く。
「だからかな。」
「一度くらい。」
「何も持たずに生きてみたかった。」
「全てを忘れて。」
「平穏に。」
晴明は俺を見つめる。
「ちゃんと見てたよ。」
「葵として生きた人生。」
「恋愛をして。」
「家族と笑って。」
「友達とバカやって。」
「すごく良かった。」
「羨ましかった。」
俺は少し照れくさくなる。
「僕にも家族はいた。」
「愛した人もいた。」
「だから、はなを含めて皆には心配を掛けちゃって申し訳なく思ってる。」
少しの沈黙。
俺は気になっていたことを聞いた。
「じゃあ……。」
「俺はどうなるの?」
晴明は笑った。
「安心して。」
「僕と葵は同じ存在だけど、もう違う存在なんだ。」
「僕が君を乗っ取ることはない。」
「これからも君は君。」
「葵として、好きなように生きればいい。」
「楽しくね。」
「それと。」
「白虎以外の子が来たら仲良くしてあげて。」
「皆、悪い子じゃないから。」
「あと。」
「僕の代わりに謝っておいて。」
「そして、ありがとうって。」
「皆には本当に感謝してる。」
俺は頷いた。
「分かった。」
「あっ。」
晴明が思い出したように口を開く。
「そうそう。」
「さっき使った解呪と回復だけど。」
「実はあれ。」
「今の葵には、かなり負荷が大きい魔法なんだ。」
「え?」
「胡蝶の方が凄そうに見えたでしょ?」
「うん。」
「実は逆。」
晴明は苦笑する。
「解呪。」
「回復。」
「特にこの二つは、術式がとても複雑なんだ。」
「昔は修行として、自分に限界以上の回復魔法を使って魔力回路を鍛える方法もあった。」
「筋肉の超回復みたいなものだね。」
「でも危険すぎて廃れた。」
「失敗すると魔力回路そのものが壊れるから。」
俺は思わず顔を引きつらせる。
「今回の反動で、しばらく魔法は使いづらくなると思う。」
「でも安心して。」
「回復すれば、魔力回路は今より強くなるはずだから。」
「それと。」
「白虎の封印を十番まで開けたのも、そのためなんだ。」
「君の身体じゃ耐えられなかったから。」
「少し反動が大きくなっちゃう。」
「ごめんね。」
俺は首を横に振った。
「いや。」
「助けられて良かった。」
「むしろ、ありがとう。」
晴明は嬉しそうに笑った。
「そう言ってもらえると助かるよ。」
そして。
何かを思い出したように指を鳴らした。
「あ。」
「一気に封印を開けたから。」
「多分、面倒くさいのに見つかったと思うけど。」
「まぁ、頑張って。」
「……え?」
「えぇぇぇぇぇ!?」
俺の叫び声が、真っ白な空間へ響き渡る。
晴明は楽しそうに笑っていた。




