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冒険者  作者: sai


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3

「……とりあえず、自己紹介でもしませんか?」


重苦しい空気を破ったのは、人の良さそうなおじさんだった。


「そうですね。このまま何も分からないままでは、不安になるだけですから。」


そう言って、おじさんは軽く頭を下げた。


「私は田中といいます。四十五歳です。営業の仕事をしております。」


優しそうな笑顔を浮かべながら話し始める。


「取引先で商談をしていたところまでは覚えているんですが……そこから先の記憶がありません。気が付いたら、この部屋にいました。」


「前後の記憶がないってことですか?」


「はい。財布もスマホもそのままでしたし、何が起きたのか本当に分からないんです。」


俺も同じだった。


事故に遭った記憶も、誰かに連れ去られた記憶もない。


あるのは、はなが俺を引っ張っていたことだけだ。


「三人目は、私ですね。」


そう言って、強面の男が軽く頭を下げた。


「黒崎と申します。三十八歳です。」


見た目は、やっぱりかなり怖い。


スーツ姿に短髪、がっしりした体格。


街で会ったら、間違いなくこちらが先に道を譲るタイプだ。


「お仕事は何を?」


「幼稚園バスの運転手をしております。」


「……え?」


思わず聞き返してしまった。


「幼稚園バス、ですか?」


「はい。」


その見た目で?


とは、さすがに口には出せなかった。


黒崎さんは表情を変えず、静かに話を続ける。


「事故に遭いました。」


「子どもたちを送り届ける途中、運転席側に大型トラックが突っ込んできまして。」


部屋の空気が少しだけ重くなる。


「衝撃で意識が遠のきましたが、ハンドルだけは離しませんでした。」


黒崎さんは、自分の手を見つめた。


「ブレーキを踏み込み、一度では止まり切らず……もう一度、踏み直しました。」


淡々とした口調だった。


だからこそ、その時の必死さが、かえって伝わってくる。


「子どもたちは……?」


田中さんが恐る恐る尋ねる。


黒崎さんは静かに首を横へ振った。


「分かりません。」


「そのあと意識を失いましたので……無事だったかどうかも、私は知りません。」


その言葉に、誰も返事ができなかった。


黒崎さんだけが、その事実を静かに受け入れようとしているように見えた。


重くなった空気を変えようとして、俺は思わず口を開く。


「黒崎さん。」


「はい。」


「正直に言います。」


「はい。」


「最初、絶対ヤクザだと思ってました。」


一瞬、沈黙が落ちる。


それから黒崎さんは、少し困ったように笑った。


「……よく言われます。」


「子どもたちは怖がりません?」


「最初だけです。」


「でも帰る頃には、『くろちゃん先生、またね!』と言って、手を振ってくれます。」


その笑顔を見た瞬間、俺は心の中で土下座した。


(すみませんでした……めちゃくちゃいい人でした。)


「最後はワシじゃな。」


老人が豪快に笑いながら前に出る。


「源三じゃ。七十歳。細かいことは気にせん。」


「おじいちゃん、何してた人?」


「山に入っとった。」


「山?」


「そうじゃ。そこで、やたらデカい獣と戦っとった。」


「……戦う?」


思わず聞き返す。


源三さんは袖をまくった。


腕には鋭い爪で引き裂かれたような傷跡がいくつも残っている。


「猟師ですか?」


「まぁ、似たようなもんじゃ。」


そう言って豪快に笑うだけで、それ以上は語らない。


「噛みつかれそうになった瞬間じゃな。


気が付いたら、この部屋におった。」


四人とも、ここへ来るまでの経緯はまったく違う。


商談中だった田中さん。


子どもたちを守ろうとした黒崎さん。


やたらデカい獣と戦っていた源三さん。


そして俺は、愛犬のはなに引っ張られ、何かに跳ね飛ばされた。


共通点なんて、一つもない。


「……結局さ。」


俺は白い天井を見上げる。


「俺たち、何でここに集められたんだ?」


誰も答えられない。


静寂だけが部屋を包む。


その時だった。


――カツン。


何かが床を叩くような音が響く。


四人が同時に音のした方へ振り向く。


さっきまで何もなかった真っ白な壁。


そこに、一枚の黒い扉が静かに現れていた。

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