26
葵はゆっくりと右手へ魔力を集める。
頭の中へ、小さな炎を思い描く。
暖炉で静かに揺れる炎。
優しい橙色。
心地よい熱。
静かな揺らぎ。
一つひとつ丁寧に積み重ねる。
(よし……。)
そっと右手を前へ突き出した。
その瞬間。
ボッ。
「……え?」
右手の先に、小さな火が灯った。
蝋燭ほどの小さな炎。
だが確かに、何もない空間から炎が生まれていた。
「で……。」
「出たぁぁぁぁぁ!!」
葵は思わず飛び跳ねる。
「魔法だ!」
「俺、魔法使ったぞ!」
嬉しさのあまり、その場で何度も右手を見つめる。
炎はすぐに消えてしまったが、それでも十分だった。
異世界へ来て初めて、自分の力で魔法を発動できたのだ。
「おめでとうございます、ご主人様。」
はなは嬉しそうに拍手する。
「とても綺麗な魔法でした。」
「やった!」
「俺、才能ある?」
「ありますよ。」
はなは笑顔で頷く。
(……やはり。)
(封印によって力の大半は眠っています。)
(それでも、ご主人様の本質までは失われていません。)
(できないわけがないのです。)
(本当に、安心しました。)
「では、この調子で他の属性も試してみましょう。」
「よし!」
葵は魔力を巡らせる。
水を思い描く。
小さな水球が生まれた。
「おっ!」
続いて風。
柔らかな風が手のひらから吹き抜ける。
「おぉ!」
最後は土。
足元から小さな土の塊がせり上がった。
「全部できた!」
「火も!」
「水も!」
「風も!」
「土も!」
「異世界最高ぉぉぉ!!」
子どものようにはしゃぐ葵を見て、はなも自然と笑みを浮かべる。
「基本四属性は問題ありませんね。」
「次は魔法ではなく、身体強化を覚えましょう。」
「身体強化?」
「はい。」
「今までは魔力を体外へ放出していました。」
「ですが身体強化は逆です。」
「体内を巡る魔力の密度を高め、身体能力そのものを引き上げます。」
「魔力が筋肉や骨、神経を補助することで、人が本来持つ限界を一時的に超えられるのです。」
「まずは全身強化。」
「全身へ均等に魔力を巡らせ、その流れを少しだけ強めてください。」
葵は目を閉じ、全身を巡る魔力をゆっくりと増やしていく。
すると――
「おぉ……。」
体が驚くほど軽い。
景色も、音も、今までより鮮明に感じられる。
「これが全身強化です。」
「では次は部分強化。」
「腕だけ。」
「脚だけ。」
「あるいは拳だけ。」
「魔力を一か所へ集中させます。」
「一点へ集中させるほど、その部位の強化率は高くなります。」
「ですが、その分ほかの部位へ巡る魔力は減ります。」
「状況に応じて全身強化と部分強化を使い分けること。」
「これが近接戦闘の基本になります。」
葵は右拳へ魔力を集中させる。
拳の内側から力が湧き上がるような感覚が広がった。
「なんか……。」
「強くなった気がする。」
「その感覚を忘れないでください。」
「身体強化は、ご主人様にとって最も基本となる技術の一つです。」
葵は何度も頷きながら、自分の拳をじっと見つめていた。




