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昨日は、はなの指導のもとで魔力を感じ取る練習を続けていた。
最初は何も分からなかった魔力も、今では意識を向ければうっすらと感じられるようになっている。
今日は、いよいよ魔法の練習だ。
「では、ご主人様。」
「昨日の復習から始めましょう。」
「まずは体内の魔力を感じ取り、全身へ循環させます。」
葵は静かに目を閉じる。
意識を体の奥へ向けると、温かな流れがゆっくりと浮かび上がる。
「見つけましたね。」
「はい。そのまま慌てず、全身へ巡らせてください。」
温かな流れが腕へ、足へ、胸へ。
昨日よりも滑らかに魔力が巡っていく。
「いい感じです。」
「次は、その魔力を一か所へ集めます。」
「基本は利き手です。」
葵は右手へ意識を集中させる。
全身を巡っていた魔力が、ゆっくりと右手へ集まり始めた。
「集まってる……。」
「はい。」
「ですが、ご主人様。」
「魔力は多ければ良いというものではありません。」
「魔力量。」
「魔力を通す回路。」
「そして制御。」
「この三つが揃って初めて魔法になります。」
「回路?」
「はい。」
「人の体には『魔力回路』があります。」
「筋肉と似たようなものですね。」
「使えば使うほど鍛えられ、より多くの魔力を安定して流せるようになります。」
「ですが、未熟な回路へ大量の魔力を流せば、制御できず暴発する危険があります。」
「最悪の場合、自分自身を傷つけ、命を落とすこともあります。」
「こわっ……。」
思わず右手を引っ込める葵。
すると、はなは優しく笑った。
「安心してください。」
「今のご主人様の魔力量では、回路を傷つけるほどの魔力はありません。」
「暴発しても魔法が失敗する程度です。」
「本当に危険なのは、魔力量だけが増え、制御を覚えないまま無理をした時です。」
「ですから今は、恐れず感覚を覚えてください。」
「……なら安心した。」
葵は胸を撫で下ろした。
(本当は……。)
はなは表情を変えないまま、心の中で呟く。
(ご主人様が感じ取れている魔力は、本来のものではありません。)
(あの日、封印を限定解除した影響で、本来封じられている魔力がほんの僅かに漏れ出しているだけ……。)
(私は、ご主人様を守るためとはいえ、封印を緩めてしまいました。)
(あれが正しかったのか……今でも分かりません。)
一瞬だけ後悔が胸をよぎる。
だが、それを悟られぬよう、すぐにいつもの笑顔へ戻った。
「では、その魔力を体の外へ放出してみましょう。」
葵は右手から魔力を流す。
淡く光る魔力は空気中へ溶け込み、静かに消えていった。
「……消えた。」
「はい。」
「放出しただけの魔力は、やがて霧散します。」
「魔法とは、ここから先の技術です。」
「ここから?」
「はい。」
「魔法とは、魔力を設計する技術です。」
「設計?」
「家を建てるには設計図が必要ですよね。」
「魔法も同じです。」
「何を生み出すのか。」
「どんな形にするのか。」
「どのような性質を持たせるのか。」
「その全てを頭の中で組み立て、魔力へ意味を与えます。」
「初心者が『火を出したい』と思うだけでは火は生まれません。」
「鮮明な設計図があって初めて、魔法になります。」
「じゃあ詠唱って?」
「設計を補助するためのものです。」
「人は複雑なイメージを維持し続けることが苦手です。」
「だから言葉にすることで設計図を整理し、魔力へ正確に伝えます。」
「人によって詠唱が違うのも、その人が最もイメージしやすい言葉を選んでいるからです。」
「熟練した魔法使いほど頭の中だけで設計を完成させられるため、詠唱は短くなり、やがて無詠唱でも魔法を扱えるようになります。」
「なるほど……。」
「魔法って超能力じゃなくて、技術なんだ。」
「その通りです。」
「知識。」
「経験。」
「そして鍛錬。」
「それら全てが、魔法使いを強くします。」
葵が炎のイメージを思い浮かべながら首を傾げていると、はなが小さく笑った。
「最初は難しく考えなくても大丈夫ですよ。」
「まずは、お手本をお見せします。」
「お願いします、先生。」
はなは一歩前へ出ると、静かに目を閉じた。
周囲の魔力が、吸い寄せられるようにはなの前へ集まっていく。
「巡る魔力よ。」
「我が意思に応え、その姿を炎へ。」
「優しく燃え。」
「静かに揺らぎ。」
「この手に宿れ。」
「――《ファイア》」
ボッ。
はなの前に、小さな火球が生まれる。
荒々しさはない。
まるで蝋燭の火が、そのまま空中へ浮かんだかのような穏やかな炎だった。
火球は静かに揺らめきながら空中に留まり、やがて音もなく霧のように消えていく。
「これが魔法です。」
はなは振り返り、優しく微笑んだ。
「……すげぇ。」
葵は思わず見入ってしまう。
派手さはない。
それでも、自分の目の前で何もない空間から炎が生まれた。
それだけで胸が高鳴るには十分だった。
「よし。」
「次は俺の番だ。」
葵はゆっくりと右手へ魔力を集める。
頭の中に、小さな炎を思い描く。
暖炉で静かに揺れる炎。
優しい橙色。
心地よい熱。
静かな揺らぎ。
一つひとつイメージを積み重ねながら、人生初めての魔法へ挑戦した。




