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壊れながら成長する組織 ― これは普通の会社の話じゃない!  作者: 御堂 仁


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5/28

熱狂の構造

入社初日。

午前八時前。


池袋駅東口は、既に人で溢れていた。

外国人観光客。

転売屋らしき若者。

ブランド袋を抱えた客。


巨大な広告ビジョンでは、

『高価買取』

『深夜査定受付中』

という文字が流れている。

市場そのものが、眠らなくなっていた。


私は雑居ビルへ入る。

エレベーターの扉が開いた瞬間、空気が変わった。

熱気。

段ボールの匂い。

エナジードリンク。

査定ブースには、既に客が座っている。

まだ朝八時だ。

だが店舗は完全に稼働していた。


バックヤードへ視線を向ける。

積み上がった段ボール。

開封済みの商品。

床に転がる台車。


ホワイトボードには、深夜帯の売上速報。

『札幌 深夜帯売上更新』

赤字で囲われている。

その横で、社員たちが慌ただしく動いていた。

昨日会った顔が見える。


東堂。

同じシャツのまま。

目だけが異様に冴えている。


だが昨日と違い、現場の指揮官として影響力を発揮していた。

バックヤード中央。

複数のスタッフに囲まれながら、絶え間なく判断を飛ばしている。

「それ新宿へ回して」

「高額品だけ先に撮影」

「札幌、夜帯の利益率確認して」

「秋葉原、在庫偏ってるから池袋寄せる」


現場全体を、無理やり回していた。

本来なら店舗から離れ、

複数エリアを統括している役職のはずだった。

だが現実には、

現場から抜けられていない。


「おはようございます」

私が声をかけると、東堂は振り向いて笑った。

「あ、おはようございます」

自然すぎる。

まるで今が普通の昼間みたいだった。

「……帰ってないんですか?」

「あー、一回仮眠だけですね」

軽い。


その時、奥から佐伯が走ってくる。

「東堂さん、深夜帯の発送まだ残ってます」

「あと池袋、査定三件詰まってます」

「分かった。査定は新宿ヘルプ回して」

東堂は即答する。

迷いがない。

佐伯はすぐに走り去った。


私はその背中を見る。

昨日、案内してくれた男だった。

今日は完全に別人に見える。


フロア全体を見ながら、

査定。

シフト。

待機列。

発送。

クレーム。

全部を同時に処理していた。


東堂が小さく笑う。

「佐伯、今池袋の現場責任者なんですよ」

その視線には期待が混ざっていた。

「最近かなり伸びてきてて」

だが同時に、

その“伸びている人間”へ、

仕事が集中しているのも見えた。

強い人間へ、

さらに負荷が集まる。

この会社の構造そのものだった。


私は周囲を見回す。

床で寝ている社員。

深夜帯から残っている査定担当。

今から出勤してくる日勤スタッフ。

全員が混ざっていた。

時間感覚が壊れている。


「最近、夜の方が動くんですよ」

東堂がモニターを見る。


全国店舗ランキング。

売上。

粗利。

高額査定件数。

数字がリアルタイムで更新されていく。


「SNSで相場飛ぶんで」

「深夜一時にカード価格変わって、朝には在庫消えてるとか普通です」

苦笑する。

「だから最初、池袋だけだったんですよ。24時間査定」

「でも数字出ちゃったんで」

その言葉だけで十分だった。

数字が出る。

すると他店舗が真似をする。


新宿。

札幌。

福岡。

“夜を取った店舗が勝つ”


そんな空気が、

現場側で自然に生まれていったのだ。


誰かが命令したわけではない。


市場に追いつこうとした結果、

店が眠らなくなっていった。


「最初は本部も半信半疑だったんですけどね」

東堂が笑う。

「今じゃ、深夜帯だけで月の数字変わるんですよ」

その顔には疲労があった。

だが、それ以上に高揚が勝っていた。


市場の中心にいる感覚。

それが、この会社の人間を動かしている。


そして同時に、

東堂自身が、

本来やるべき仕事から剥がせなくなっていることも分かった。

異常だ


だが、

強い人間ほど現場から抜けられない。

抜けた瞬間、回らなくなるからだ。


午前九時。

朝礼が始まる。


夜通し動き続けていた店舗で、

ようやく“朝”という区切りだけが訪れる。


仮眠明けの社員。

深夜帯から残っている査定担当。

今から出勤してきた日勤メンバー。

全員、時間感覚が噛み合っていない。


だが大型モニターに全国ランキングが映し出された瞬間、空気だけが揃う。


『池袋 達成率128%』


拍手。歓声。

「札幌強すぎるだろ」

「池袋まだ負けてねえよ」

「深夜帯で戻せる」

スポーツチームみたいだった。


疲労が、一瞬だけ熱狂へ変わる。

私はその光景を見ながら思う。

前職も、最初はこうだった。

疲弊そのものが成功体験に変わっていく。


その時。

朝礼スペースの空気が変わる。

御堂だった。


静かに入ってくる。

だが、その瞬間だけ社員たちの熱量が一段上がる。


御堂は何も言わない。

ランキングを見る。

売上を見る。

査定件数を見る。

数秒。

そして、小さく笑った。


「いいですね」


それだけだった。

だが東堂たちの表情が変わる。


「札幌、今日まだ伸びます」

「新宿もかなり来てます」

「池袋、今月一位取れます」

誰も指示を待っていない。

自分から燃えている。


御堂は頷く。

「市場、完全に動いてますね」

静かな一言。

それだけで十分だった。

空気がさらに熱を帯びる。


私は理解する。

この男は、

具体的な命令をしない。

24時間査定も。

ランキング文化も。

月次表彰も。

全部、現場側が勝手に作った。


御堂は、

そこに熱を与えるだけだ。


熱を持った人間を見抜き、

任せ、さらに燃やす。


だから、

この会社では現場責任者ほど狂っていく。


御堂がこちらを見る。

「紹介しておきます」

空気が静まる。

「今日から黒沢さんに入ってもらいます」

短い。

だが次の一言で、

東堂たちの表情がわずかに変わる。


「社長直轄です」


沈黙。

東堂が、一瞬だけ私を見る。

意味を測っていた。

店舗責任者でもない。

エリア統括でもない。

“社長直轄”。

これまで社内にはない言葉だった。


御堂はそれ以上説明しない。

期待も語らない。

理念も言わない。

ただ、一度だけこちらを見る。

――分かるだろ。

そう言われた気がした。


御堂は再びモニターへ視線を戻す。

全国ランキング。

眠らない店舗。

膨張し続ける市場。

そして、小さく笑った。

「まだ伸びますね」


東堂たちの空気が再び熱を帯びる。

歓声と熱狂。


この会社は、どこかで必ず壊れる。

だが今はまだ、

誰もアクセルから足を離そうとしていなかった。

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