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壊れながら成長する組織 ― これは普通の会社の話じゃない!  作者: 御堂 仁


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支配者

通話が切れた。

駅前の喧騒が、急に輪郭を失ったように感じる。


私はスマホを握りしめたまま、立ち尽くした。

今、この雑踏のどこかで、あの男が私を見ている。

白く清潔に死んでいく前職の風景と、目の前の混沌とした池袋。

その境目に、御堂の声だけが鋭く突き刺さっていた。


「黒沢さん」


すぐ真後ろから、低い磁気を含んだ声がした。

心臓が跳ねる。

振り返ると、そこには一人の男が立っていた。


スーツではない。

質の良い黒のタートルネックに、目立たないハーフコート。

経営者というよりは、思索にふける哲学者か、あるいは獲物を待つ猟師のような、静かな佇まい。


だが、一目で理解した。

“人の流れの外側にいる人間”だ。

周囲の人間が、無意識に彼を避けて流れていく。

彼を中心に、雑踏の中にぽっかりと空白の地帯が生まれていた。


「……御堂、社長。いつからそこに」

「電話をかける前からですよ」

御堂は小さく頷く。謝罪の色など微塵もない。

「もう一度、話をしましょう。……ああ、駅構内ここでは情報の解像度が低すぎる」


御堂は迷いのない足取りで、出口へと歩き出した。

拒否するという選択肢は、初めから提示されていないようだった。

私は、あの渋谷という男を壊した「秩序」とは正反対の、暴力的なまでの「個」の力に当てられ、

磁石に吸い寄せられるように彼の後を追った。


駅前の雑踏を逆流するように歩く。

先ほどまで歩いてきた道を、再び戻っていく。

「面接という形式は、あまり好きではありません」

前を歩く御堂が、振り返らずに言った。

「あれは情報の交換ではなく、誤解の量産装置ですから。言葉を飾るほど、本質から遠ざかる」

「では、あの面接は何だったのですか」

「フィルターですよ。本質の見極めは私が必ず行います」


御堂が立ち止まる。

視界の先に、あのビルが見えた。

つい三十分前に出たばかりの、あの戦場のような拠点。


しかし、夜の帳が下り始めたビルは、昼間とは全く別の顔をしていた。

ガラス越しに見えるスタッフたちの動きはさらに加速し、怒鳴り声こそ聞こえないが、

外壁を伝って空気が振動しているような錯覚を覚える。


「ここです」


御堂は、入り口の脇にある薄暗い路地に視線を向けた。

案内ではない。これは、ある種の「踏み絵」だ。


「黒沢さん。前の会社は『フォントの正しさ』を求めた。だが、うちは『血の巡り』しか見ていない」

御堂の瞳が、街灯の光を吸い込んで冷たく光る。

「ここに戻ると決めたら、二度とあっち側(白く清潔な世界)には戻れません。システムに守られるのではなく、あなたがシステムそのものになる。その覚悟はありますか」


風が吹き抜け、池袋の湿った匂いが鼻を突く。

ネオンが揺れ、視界が歪む。

私は、飲み込まれるような感覚でそのビルを見上げた。


御堂がポケットから一枚の紙を取り出し、ビルの壁に押し当てた。

「入社手続きは、ここで行います。」


差し出されたのは、あまりに簡素な契約書だった。

それは契約という名の、深淵への招待状に見えた。

第4話をご覧いただきありがとうございます。

これまでは「急成長する企業の光と影」を描いてきましたが、この回ではついに、その光と影の源流である御堂という男の「異常性」が姿を現しました。


社会が求める「正しさ」や「清潔さ」は、時に人間から「生」の躍動を奪います。

前職の部下が壊れていくニュースに触れた黒沢にとって、御堂が突きつけた「血の巡り」という言葉は、法的・道義的な危うさを孕みながらも、抗いがたい引力として響いたはずです。


社外のルールを一切受け付けないこの組織が、今後どのように社会と衝突し、あるいは飲み込んでいくのか。そして「絶対者」御堂が描く設計図の先に何があるのか。


物語はいよいよ、黒沢の新たな「日常」という名の戦場へと移ります。

第5話も、どうぞご期待ください。

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